FORUMスタッフ
中華人民共和国は北極圏の国ではない。北の国境は北極圏から約1,500キロメートル離れており、北極海からはさらに遠い。しかし、中国は、その膨大な資源を支配し、経済的、潜在的には軍事目的でその戦略的立地を利用するために、凍土地域に侵入している。
中国は2018年に自国を「近北極」国家であると恣意的に宣言した。このレッテルは、すぐに広範囲にわたる批判を招いた。「(世界には)北極圏諸国と非北極圏諸国があるだけだ」と当時の米国務長官であるマイク・ポンペオ(Mike Pompeo)氏は語った。「第3のカテゴリーは存在せず、中国がそれを主張しても何の権利もない」
カナダ、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、ロシア、スウェーデン、米国の8か国が北極圏を取り囲み、いずれも北極圏内の領土と領海を主張している。
中国共産党の習近平総書記率いる中国は、遠距離にもかかわらず、北極圏の大規模な調査を実施し、石油、ガス、鉱物、魚など、この地域の豊富な資源を切望し、アジアとヨーロッパの頂上を横断する多段階的な北極海航路(NSR)の可能性を宣伝してきた。北極海航路において、無氷期には、商業船やおそらく軍用船にとって、より短距離の東西を結ぶ海上航路となる。
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの国際史教授であるクリスティーナ・シュポア(Dr. Kristina Spohr)博士は2023年12月、ザ・ディプロマット誌に対し、中国は北極海航路を一帯一路(OBOR)インフラ投資計画の延長線上にあると宣言している、と語った。
中国がこの地域で足場を築くことができたのは、さまざまな要因によるものである:
• 温暖化による海氷の融解。北極の気温は世界平均より最大4倍もの速さで上昇しており、これは極増幅と呼ばれる現象であると、ボイス・オブ・アメリカの報道機関が2023年11月に報じた。
• 砕氷船、全天候型滑走路、浮体式原子力発電所、リモートセンシング機器、ドローンなどの技術の向上。
• 北極圏の巨大国ロシアがウクライナへの不当な戦争によって軍事的、財政的に苦境に立たされていること。 ロシアは北極海岸線の53%を保有し、戦争を遂行する中、地域のインフラ維持と開発における中国の投資を黙認していると、タンパにあるサウスフロリダ大学のグローバル&ナショナル・セキュリティー・インスティテュート(GNSI)が2023年12月に報告した。
カナダのバンクーバーに拠点を置く北極研究所のトリム・エイテルヨルド(Trym Eiterjord)研究員は FORUMに対し、2021年3月に採択された中国の第14次5か年計画には、北極圏における国家目標が概説されていると語った。この計画は、中国がこの地域に侵入する計画を初めて明確に示すものとなった。中国は地上、海上、宇宙ベースの技術を駆使し、北極圏のインテリジェンスを向上させている。
中国は、増大する知識を活用して北極圏諸国に影響を与えようとしている。当初は、遠く離れた中国が大きな関心を示したことを、受け入れる国もあった。しかし、この地域に対する中国の意図について、疑問は高まる一方である。「中国が北極圏で存在感を強めることの意味を、人々は疑問に思い始めている」とエイテルヨルド氏は語った。「今は懐疑的な見方が増えている」
その行動の一部は明らかになるかもしれない。例えば、中国とロシアの海軍は2023年8月にアラスカ沖の国際水域で軍事演習を実施した。これに先立ち、デンマークとスウェーデンの研究者と協力していた中国の研究者らが中国人民解放軍と関係があったことを非公開にしていたとの報道を受け、安全保障上の懸念から規制強化を求める声が高まったと、ザ・ディプロマットが2022年6月に報じた。
「この地域に対する中国の意図は不透明なままだ」と北大西洋条約機構の軍事委員会議長を務めるオランダ海軍ロブ・バウアー(Rob Bauer)大将は、2023年10月にアイスランドのレイキャビクで開かれた北極圏年次総会で述べた。同月末、バウアー大将はブルームバーグニュースにこう語った:「北極圏に軍事的に行くことはないと中国は言っていない」
海氷の融解により、北極圏は貿易や資源開発の場として開放されつつある。これにより、この地域の地政学的重要性が増しており、十数年前まではまったく無視されていた状態との違いは歴然である。
歴史的に、船舶が北極海航路を航行するには砕氷船の随行が必要だった。氷床の融解によって状況は変わりつつあり、バブ・エル・マンデブ海峡やマラッカ海峡、スエズ運河などの混雑した海路や難所を回避できる貿易の近道が生まれつつある。
2010年にデンマークの商船ノルディック・バレンツ号が、ロシア以外のばら積み貨物船として初めて北極海航路を通過した。さらに多くの商船がそれに続いた。2022年2月のウクライナ侵攻後にロシアが発動した国際石油制裁を回避するため安く販売されたロシア産石油に対する中国の需要で、2023年には北極海航路の通過が過去最高の75回記録したと、ノルウェーのハイノースニュース紙が報じている。同紙によると、2023年に北極海航路で輸送された貨物の総量は210万トンで、2021年の過去最高を上回った。
北極圏は「根本的な変化」を迎えていると、米国立雪氷データセンター(U.S. National Snow and Ice Data Center)の科学者ウォルト・マイヤー(Walt Meier)氏はAP通信に語った。モデルによっては今世紀半ばまでに、あるいはそれより早く、北極海の夏には氷がなくなると予測している。
環境保護論者や政府関係者は、氷解を利用しようと急ぐあまり、大惨事につながるのではないかと懸念している。実際、ウクライナ関連の制裁による圧力を受けたロシアは、2023年9月に無補強の石油タンカー2隻が北極海航路を通って中国に向かうことを許可した、とフィナンシャル・タイムズ紙が報じた。
環境保護団体グリーンピースは、地球上で最も保護が行き届かない海である北極海を保護区ネットワークの一部として制限する国際海洋条約の制定を求めている。
北極圏の統治
北極評議会は、北極圏内に領土を持つ8か国で構成されている。ロシアを除く全ての国が北大西洋条約機構の加盟国である。非北極圏オブザーバー国には中国をはじめ、13の政府間組織、12の非政府組織がある。オブザーバーは、招待された場合に会議やワーキンググループに参加できるが、決定権はない。
1996年のオタワ宣言によって設立された同評議会は、持続可能な開発と環境保護を重視しながら、北極圏諸国と先住民コミュニティ間の協力、調整、交流を促進している。評議会には管轄権はない。規制責任は、北極圏各国と国連などの国際機関が負う。
GNSIの報告によると、北極海航路の定期航路の可能性は、時間と輸送コストの大幅な節約と、豊富な資源への参入を約束しており、この地域への国際的な関心が集まっている。北極圏には、世界の石油埋蔵量の13%、天然ガスの30%、アルミニウム、銅、金、黒鉛、石膏、鉄、ニッケル、プラチナ、銀、錫、ウランなどの鉱物資源が埋蔵されているという。また、スマートフォン、ノートパソコン、電気自動車、クリーンエネルギー、軍事技術の製造に必要な希土類元素もある。
習近平主席は軍民両用技術と軍民融合を重視しているため、中国による北極圏への進出は軍事目的の可能性もあると、戦略国際問題研究所(CSIS)は2023年4月に報告した。中国共産党は北極圏への軍事的関心を否定しているが、北大西洋条約機構の首脳らは中国を潜在的な脅威とみなしている。中国共産党は、南シナ海の人工島などでも、軍事化の推進を実施しないとの確約後にもかかわらず、軍事化を進めている。32か国からなる安全保障同盟と個々の北極諸国は、この地域における軍事力の態勢を強化している。例えば、米国海兵隊は2024年3月のアークティック・エッジ演習で寒冷地戦術を訓練した。
戦略国際問題研究所の報告によると、中国が北極圏に研究センターを設立しようとする試みは、国家安全保障上の理由からデンマーク、フィンランド、グリーンランド、スウェーデンから反発を受けており、米国は他の北極圏諸国に警戒を呼びかけている。
ランド研究所の政治学者で北極圏の安全保障専門家のステファニー・ペザード(Stephanie Pezard)氏は「脅威を誇張すべきではない」と、米国を拠点とする研究グループが2022年12月に発表した論文で述べているが、「しかし同時に、中国は、北極圏がよりアクセスしやすくなるにつれて、北極圏の開発から排除されたくないという明確な意思を持っている」と続けている。
ロシアがウクライナを攻撃する数日前に中国がロシアとの「無制限の」友好関係を宣言したことで、北極評議会内に分裂が生じた。評議会内の7か国のNATO加盟国のいくつかは、中国とその北極圏の代理国であるロシアの動機に疑問を呈している。「選択肢の少ない中国は、北極圏における戦略的パートナーとしてロシアを優先し、投資を強化している」と戦略国際問題研究所は報告した。
「利便性を基準に」
表面的には、中国とロシアの北極圏パートナーシップは相互に利益をもたらすように見える。ロシアは、ウクライナとの多額の費用がかかる長期戦争に気をとられており、石油の購入、科学研究の実施、インフラの構築、航路としての北極海航路の推進などを中国に依存している。一方、中国は、地域の利害関係者として認められることを望んでおり、北極に関する専門知識を高めている。
ロシアのウクライナ戦争は中国にとって「絶好の機会」だと、米国に拠点を置く戦略情報会社ストライダー・テクノロジーズ(Strider Technologies)が2024年2月に報じた。「我々の調査結果は、ロシアによる戦略的な軸足を明らかにするものであり、政府支出の減少や、中国を含む北極圏の支配を維持するための民間投資への顕著な政策転換を示すものである」と、同社の共同設立者であるエリック・レベスク(Eric Levesque)氏は述べた。
ストライダーの報告によると、2022年1月から2023年6月までにロシアの北極圏で事業を行う登録をした中国企業は230社を超え、2020年と2021年を合わせた数と比べて87%増加した。
それでも、関係には亀裂が残っている。ロシアは、中国がロシアをないがしろにして北極圏に大きな影響力を持つことを警戒している。一方、中国は、北極圏諸国が中国とロシアの関係をどう捉えているかに敏感であり、「親密ではあるが、近すぎない関係」を求めていると、トロムソにあるノルウェー北極大学の教授で北極研究者のマーク・ランテーン(Marc Lanteigne)氏はFORUMに語った。同氏は、中国はロシアの北極圏における大きな存在感を認識しているものの、衰退しつつある国であり、完全に信頼することはできないと見ている、と述べている。「中国は一線を画そうとしてきた。だが、それができないと気づきつつあると思う」とランテーン氏は語った。
中国はロシアのウクライナ侵攻を非難しておらず、ロシアの石油輸入に対する世界的な制裁にも加わっていない。しかし、ウクライナを支持し、制裁を遵守している北極評議会加盟7か国を激怒させたくはない。
「中国とロシアの関係は、ほとんどが利便性に基づいている」とランテーン氏は語った。「非常に壊れやすいものだ」
不完全な連合
中国とロシアは世界最大の独裁国家の1つである。両国は4,184キロの国境を共有し、経済関係を深め、合同軍事演習を行い、拒否権を持つ国連安全保障理事会の常任理事国5か国のうちの1つとなっている。両国の最大の共通点は、西側諸国に対する軽蔑かもしれない。
表向きは好意的な姿勢も、時には困難な歴史を背負っている。ニューヨークのシンクタンク、外交問題評議会(Council on Foreign Relations – CFR)が2024年3月に発表したところによると、現在でも中国とロシアは自然なパートナーでも正式な同盟国でもなく、専門家たちは両国関係の強さを疑問視している。外交問題評議会によると、中国とロシアの多くの政府関係者、ビジネスリーダー、国民の間には、歴史的な亀裂や人種差別に起因する不信感がある。
1969年から1989年にかけての中ソ分裂として知られる期間、中国共産党と当時のソ連間での国境紛争には、1969年3月に両国を隔てるウスリー川の珍宝島付近で発生した大規模な小競り合いが起きるなど、
7か月間にわたる軍事衝突があった。外交問題評議会は、共産主義のイデオロギー、ロシアのインド支援、西側諸国と協力するかどうかについても両国には意見の相違があったと報告した。
その後、両国の関係は徐々に安定し、ソ連崩壊から約10年後の2001年に中国共産党とロシアは善隣友好協力条約を締結した。2014年に中国共産党がロシアのクリミア占領を非難しなかったとき、またロシアのウクライナ侵攻後に糾弾の声を上げなかったときにも両国の関係は強化された。
両国の貿易関係は不均等であり、石油産業の経験が最も豊富なのはロシアだが、中国は圧倒的に経済力が高い。ランテーン氏は、北極圏における中露の経済協力は限定的であり、化石燃料貿易が主な基盤となっている、と述べた。両軍は共に訓練を行っているものの、相互運用性のレベルについては懐疑的な見方があり、双方が一緒に戦ったことはないと外交問題評議会は報告した。両国は国連安全保障理事会の問題に関しては概ね同意しているが、時には国際平和と安全を推進する努力を妨害している。
ウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領の指揮下、ロシアは従来通り、北極圏から他国を締め出そうとしてきた。それこそが、ロシアが最近中国からの申し出を受け入れた驚くべき理由である、とシュポア博士はザ・ディプロマットに語った。
ロシアが戦争で脇道に逸れたため、中国は単一の国家として北極圏で前進できていないと、トロムソにある北極研究所のエイテルヨルド氏は語った。同氏は、2021年の5か年計画に続き、中国の各省政府、企業、省庁、その他の関係者が中国の広範なビジョンに沿って独自の北極圏プロジェクトを開始した、と述べた。
ロシアと中国共産党は多くの利益と見解を共有しているが、重要な点においては相違がある。ロシアは依然として閉鎖的な姿勢を保っているが、中国共産党は一帯一路構想や世界安全保障構想などの取り組みを通じ、公然と世界の覇権を狙っている。しかし、中国共産党が北極圏に対する攻撃的な姿勢を明らかにした場合、北極圏の将来がかかっている北極圏諸国の好意を失いかねない。
「ロシアははるかに挑発的である一方、中国は西側諸国との世界的な競争に関してはより慎重で長期的な取り組みを進めている」と、中国とロシアの比較権威主義を研究するジョージア州立大学のマリア・レプニコワ(Maria Repnikova)准教授は外交問題評議会に語った。
ランテーン氏は北極圏における中国の役割について、「中国は責任ある大国として認識されることを望んでいる」と語った。「ロシアとつながりがあることは、そうした認識を支援するものではない」