SENTRYスタッフ
韓国の退役大佐ハム・ヒョンピル(Hyeongpil Ham)博士は、韓国の国防部、外交部、韓国国防研究院(Korea Institute for Defense Analyses)での30年以上の勤務経験がある。 同氏は、北朝鮮の核の脅威に対処し、韓国の抑止力と防衛戦略を策定する韓国政府のタスクフォースを率いた。 マサチューセッツ工科大学で原子力・代替エネルギーシステムと政策の博士号を取得している。 2024年の8月にネブラスカ州オマハで開催された「米国戦略軍抑止シンポジウム(United States Strategic Command Deterrence Symposium)」に出席した同氏は、重要な同盟関係や北朝鮮の脅威への対抗に関してSENTRYスタッフの質問に応じた。
SENTRYスタッフ: 戦略的抑止をどのように定義するか。また、大韓民国とその戦略的抑止政策という視点から、戦略的抑止とはどのようなものなのか?
ハム博士: 私の見解では、戦略的抑止力とは、外交、情報、軍事、経済的手段を含む国家能力の協調的な使用を通じて、核または戦略的脅威を阻止し、思い留まらせるための包括的な一連の努力を意味する。 私は、核兵器が戦略的抑止を達成する唯一の手段だとは思わない。 戦略的効果をもたらす高度な通常戦力は、効果的な戦略的抑止を達成する上で同様に極めて重要な存在だ。 したがって、韓国の視点からは、北朝鮮の核と戦略的脅威に対する総合的な抑止戦略ということになる。 これを達成するには、米国の拡大抑止力と韓国の高度な通常軍事力を統合する必要がある。
SENTRYスタッフ:韓国にとって最も重要な戦略的同盟国はどこか。また、戦略的抑止力に関して関与し始めている新たな同盟国はどこか?
ハム博士 ほとんどの韓国人は、唯一の同盟国である米国を最も重要な戦略的同盟国と考えている。 加えて、韓国の地政学的位置を考慮すると、最も近い友好国である日本は、戦略的抑止協力を強化すべき提携国と見なされている。 このような現実は、韓国、米国、日本の三国間の軍事協力を強化しようとする現在進行中の取り組みによく反映されている。
SENTRYスタッフ:抑止の失敗、核拡散、核事故、核軍縮など、核抑止の利点と代償は何か?
ハム博士:核抑止の利点には、核拡散の防止、核軍縮を支援する環境の醸成、そして米国の観点から言えば、核の脅威を効果的に抑止することで世界的なリーダーシップを維持し、同時に同盟のネットワークを強化することなどがある。 逆に、核抑止が失敗すれば、想像を絶するような人命の損失やインフラへの深刻な損害につながり、その代償は破滅的なものとなり得る。
SENTRYスタッフ:近代化、多様化、小型化、極超音速兵器など、核兵器や運搬システムの開発にはどのような傾向が見られるか?
ハム博士:米国、中国、ロシアといった核保有国は、冷戦後に一時停止していた軍拡競争に再び参入したと私は考えている。 これらの国々は、核弾頭と運搬システムの近代化と多様化を積極的に推し進めており、その焦点は、迅速な攻撃と敵の防御を回避する能力の向上にある。 また、極超音速兵器や、海中や宇宙を拠点とする兵器システムの開発も進め、浸透能力を高めている。 こうした取り組みは、敵の奇襲に対しても生存可能な戦力を維持し、敵対国に対する核戦力の優位性を確立することを目的としている。
SENTRYスタッフ:米国、中国、ロシア、北朝鮮、韓国、日本など、北東アジアにおける核のバランスと力学を形成する主なアクターと要素は何か?
ハム博士:戦略レベルでは、米国、中国、ロシアなどの核保有国間の戦略能力のバランスを維持することが極めて重要だ。 朝鮮半島では、北朝鮮と米韓同盟の間で核戦力のバランスを取ることに最も大きな力が注がれている。 北東アジアの地域紛争が朝鮮半島と密接に絡む可能性は否定できない。こうした紛争は敵対勢力にチャンスを提供する可能性があるからだ。 現在、こうした力学の中心となっているのは北朝鮮であり、いわゆる新冷戦の枠組みの下で、一方に韓国、米国、日本、もう一方に北朝鮮、中国、ロシアという3:3の対立構造を築こうとしている。 北朝鮮は、対米同盟が最も有利な戦略的姿勢だと考えている。
SENTRYスタッフ:北朝鮮の脅威をどのように定義するか。またそうした脅威に対する懸念が国際社会において取り組まれていると思うか?
ハム博士:北朝鮮の脅威は、米国を威嚇し、朝鮮半島で限定的な核攻撃を実行できるかどうかにかかっている。 韓国が特に懸念しているのは、北朝鮮が生存可能な第二撃能力を獲得した場合、本格的な核のエスカレーションをちらつかせることで、半島で有利な戦略的立場を確立する可能性があるということだ。 最も差し迫った懸念は、エスカレーションの脅威による限定的な核紛争の可能性だ。 国際社会はこうした脅威を認識しているが、それを抑止するための努力は不十分だと思う。
SENTRYスタッフ:北東アジアにおける核の信頼醸成と協力にとって、主な課題と機会は何か?
ハム博士:私が考える最大の課題は、十分な情報共有における透明性の欠如にある。 これは、互いの戦略的意図を誇張する傾向につながる。 したがって、敵対する国同士の戦略的対話を通じて、誤解や誤算を防ぐ努力をもっとすべきだ。
SENTRYスタッフ:北東アジアにおける戦略的抑止と核兵器に関与するアクターやステークホルダーの意思決定や政策決定に影響を与える主な国内および内的要素や力学(政治体制、世論、利益団体など)は何か?
ハム博士:戦略的抑止力と核兵器の領域において、意思決定と政策決定に影響を与えている最も重要な内的要素は、政治体制だ。 韓国では、固有の核兵器開発に対する国民の強い支持があるものの、政府は同盟国と協力して戦略的抑止力を強化することを優先している。
SENTRYスタッフ:中国およびロシアによる影響力拡大の試み、新たなテクノロジーの出現など、北東アジアにおける戦略的抑止と核兵器に関わるアクターとステークホルダーの機会と課題に影響を与える主なグローバルおよびトランスナショナルな要素と動向にはどのようなものがあるのか?
ハム博士:世界的に見て、北東アジア情勢の形成に最も影響を与える要素は、中国とロシアの拡張主義的野心だ。 新技術の出現もまた戦略的抑止力に大きな影響を与えるが、私は地政学的要因がより重要であると考えている。
SENTRYスタッフ:今、これほどまでに分裂しているように思える世界で、どのように統合を進めていくのか?
ハム博士:米国は、共通の価値観と目標を明確にし強調することで、指導力を発揮しなければならない。 民主主義的価値の実現を通して、強力な同盟関係を築くことが可能となる。 米国の指導力と負担は、この取り組みにおいて極めて重要だ。
SENTRYスタッフ:韓国が非常に誇りに思っている戦略的抑止力や防衛力は何か。また国防軍が改善に取り組んでいる分野は何か?
ハム博士:韓国は、通常戦力を基盤とした戦略的抑止力、特に従来の三軸防衛システム(キルチェーン(Kill Chain)、韓国型ミサイル防衛(Korea Air and Missile Defense)、韓国大規模懲罰と報復(Korea Massive Punishment and Retaliation))を強化している。 さらに、韓国は来る10月に、戦略的抑止を統括する通常戦略軍を発足させる予定だ。 韓国戦略軍は、先進通常戦力、高出力弾道・巡航ミサイル、戦略無人機、特殊作戦旅団を含む様々な戦略部隊の作戦統制権を行使することで、米国との統合抑止力を強化することが期待されている。
SENTRYスタッフ:戦略的防衛計画の策定においてソフトパワーはどのような役割を果たすのか。またソフトパワーを適用した場合どのようなものとなるのか?
ハム博士:外交と情報の領域で同盟国の能力を統合する努力は、ハードパワーと同じくらい重要だ。 権威主義体制とは異なり、米国やその同盟国のような民主主義国家は、強固なネットワークを構築し、相互に有益な結果を得るためにも、シームレスな情報共有を優先しなければならない。 この分野では、米国の戦略的思考と戦略的抑止力において、将来を見据えたアプローチが求められる。 今の時代には、同盟国との戦略的曖昧さよりも、透明性に基づいた協力が必要だと私は考えている。
SENTRYスタッフ: これまで質問した以外で、ご自身が話したいと思うこと、共有したいと思うことは?
ハム博士:現在、韓国は、世界的に最も挑戦的で危険な体制のひとつである北朝鮮からの核攻撃という脅威に日々さらされている。 朝鮮半島での危機や紛争は、権威主義諸国が連帯することによって、世界的な核対立へとエスカレートする可能性を秘めている。 したがって米国は、朝鮮半島における米韓の通常・核兵器統合(CNI)の理想的なモデルを構築するためにあらゆる努力を払うことが不可欠であり、それは米国の国益と世界平和の双方にとって極めて重要だ。 米国と韓国の通常・核兵器統合の進化は依然として未解明な分野であり、互いの視点を深く理解し、さまざまな違いを埋めることが求められている。 米韓同盟は、こうした課題を克服するのに十分な弾力性を備えている。
Sentry誌は米国戦略軍が発行している。