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2022 年 8 月の演習で、中国共産党の人民解放軍海軍(PLAN)が民間フェリーを使用して台湾への模擬侵攻を行うデモンストレーションを実施した。米国海軍研究所の日刊ニュースサービス「USNIニュース」によると、中国人民解放軍海軍は特注のランプを使い、民間のロールオンロールオフフェリー(ローロー船)を使用して、台湾海峡近くの中国の海岸に水陸両用攻撃機を投入したという。
中国共産党の軍隊は、何年も前から水陸両用フェリーを使う練習を重ねてきた。
しかし、今回の訓練はより大規模なものであり、
海上においてローロー船から高家機器を発射することになるため、「攻撃される可能性が高まる」と、
元米国海軍大佐の防衛アナリスト、トム・シュガート(Tom Shugart)氏はUSNIニュースに語っている。
この訓練では、中国人民解放軍海軍の旅団重装備の80%以上と1万人以上の要員を投入できた可能性があると、シュガート氏は戦略、防衛、外交に関する分析・討論サイト「ウォー・オン・ザ・ロックス」の2022年10月の記事で述べている。2022年、
中国人民解放軍海軍には台湾海峡の中間線を越えた軍艦の派遣や、台湾が統治する島々の上空で無人機を飛ばすなどの行為も見られ、こうした演習を行う攻撃性もエスカレートしていると、元潜水艦戦将校で新アメリカ安全保障センター非常勤上級研究員のシュガート氏は説明した。
中国が台湾に侵攻した場合、「必要な海上輸送能力の大部分を提供しないまでも、民間の増強が不可欠になる」と、中国の軍事演習を長年監視してきたシュガート氏はUSNIニュースに語っている。
「このことは、中国が多くの人が考えているよりも早く、侵略を成功させる能力を持つ可能性があることを意味する。これに対し、台湾とその提携国は、数百隻の護衛艦や おとり船で取り囲まれたとしても、あらゆる種類の上陸用艦船を阻止できるよう、必要な数の高性能対艦ミサイルと機雷を、大規模かつ残存可能な方法で配備するための緊急行動を取るべきだ」とシュガート氏は「ウォー・オン・ザ・ロックス」のエッセイで指摘している。
「台湾政府と米国政府の計画担当者は、表向きは民間人であるターゲットに対して、どの時点で射撃を開始するか、あらかじめ決めておく必要もある。中国軍は、侵略開始のかなり前に指揮統制を混乱させるという明確な目標を持っているため、その時点では交戦規則について細かい議論をするのには不向きである。中国の民間船舶のローロー船団は、台湾が直面する侵略の脅威の緊急性と複雑性を高めている。米国政府はそれに対抗するために今から準備を始めるべきだ」とシュガート氏は述べている。
民間フェリーを使った侵略は、中国人民解放軍の近代化を推進するための中国共産党の軍民融合(MCF)戦略を象徴している。軍民融合は、中国共産党の習近平総書記が推進する、2049年までに軍隊を世界で最も技術的に進んだ存在にする計画の一環だ。習主席は中国共産党の中央軍事委員会および2017年に創設された軍民融合発展中央委員会の委員長として、一見無害な民間活動に軍事要素を結びつける一連のアプローチなどの戦略の実行を監督している。科学的な情報よりも監視や諜報のデータを提供する「遠望5号」の航海のような両用目的の「研究」探査から、不当な領有権主張を支える中国共産党の軍事部門として機能する漁船団まで、その範囲は広い。習主席の戦略には、中国共産党の第5世代戦闘機開発で報道されたような、産業スパイや外国の軍事技術の盗用も含まれている。J-20ステルス戦闘機は、
米国のF-22ラプター・統合打撃戦闘機計画から技術をそっくりコピーしたと、専門家は主張している。
しかし、習主席と中国共産党は、このような攻撃的な戦略を進めることで、中国国民を危険にさらすことになりかねないと、軍事アナリストは指摘する。国際法や規範では、非戦闘員とされるべき民間人が、戦闘地域や一般敵対地域にいたり、軍民融合で中国人民解放軍を支援したりすると戦闘員と見なされる可能性があると、法律アナリストは説明している。米国国防総省の「戦争法マニュアル」によれば、敵対行為に従事することで、民間人は「非特権交戦者」とみなされ、戦闘員としての責任を負うが、捕虜の地位など戦闘員の特権を受けることはできない。
中国人民解放軍は、侵略時に兵員や装備を運ぶためにローロー船を使用する意図を示すことで、軍艦と非軍艦、民間人と戦闘員、民間物と軍事物の間の重要な境界線を不明瞭にし、武力紛争法(LOAC)の区別原則を弱めていると、アナリストは述べている。武力敵対行為の遂行を規制する国際法である武力紛争法は、慣習法および条約に由来している。
インド太平洋地域の同盟国や提携国は、紛争や戦争、その他の軍事作戦において、非戦闘員が保護されることを望んでいる。民間人の被害を軽減するためにも、武力紛争法の区別の原則を守ることが重要だ。
中国人民解放軍が水陸両用の侵攻訓練にローロー船を使用することは、紛争における民間人保護のために確立された法的原則を犯す危険な先例となる。
おそらく失敗
こうした軍民融合の追求は、公共用フェリーやその他の民間システムが銃撃された場合に生き残る可能性が低いことを考えると、愚策になりかねないとアナリストは予測する。米国海軍戦争大学(ロードアイランド州)の中国海事研究所の研究員コナー・ケネディ(Conor Kennedy)氏は、ジェームズタウン財団のチャイナ・ブリーフの2021年の分析で、「海峡横断上陸の成功に必要な数多くの決定的要素の中で、最初の攻撃で後続軍の上陸地点を確保できなければ、すべての努力が水の泡となり、侵略者側に大きな損失を与えて撤退となる可能性もある」と述べている。
さらに、戦略国際問題研究所の2023年1月の分析によれば、中国人民解放軍海軍が台湾海峡を越えて侵攻した場合、たとえそれが主に軍事資産を使用するものであっても、失敗し、中国、日本、台湾、米国に大きな損失と不利な結果をもたらす可能性が高いと見られている。ワシントンD.C.に拠点を置く独立系シンクタンクである同研究所は、水陸両用攻撃を含む中国の台湾侵攻を想定したウォーゲーム・シミュレーションを開発し、24回実行した。
「次の戦争の最初の戦い:中国の台湾侵攻を想定したウォーゲーム(The First Battle of the Next War: Wargaming a Chinese Invasion of Taiwan)」と題された戦略国際問題研究所の報告書は、「ほとんどのシナリオで、米国/台湾/日本が中国による通常の水陸両用侵攻を打ち破り、台湾の自治を維持した」と述べている。
しかし、すべての当事者が高い代償を払うこととなり、「米国とその同盟国は、数十隻の艦船、数百機の航空機、そして数万人の軍人を失い、台湾の経済は壊滅的な打撃を受けた。さらに、この大きな損失は、長年にわたって米国の世界的な地位を損なうことになった。中国も大敗した。台湾占領に失敗すれば、中国共産党の支配が不安定化する恐れもある」と分析した。
この報告書では、中国人民解放軍が1万人の兵員、155機の戦闘機、138隻の主要艦船を失うと推定している。海・水陸両軍は混乱し、数万人の中国人民解放軍が捕虜になると見られる。
一方、台湾の民間人は即座に危険にさらされることになる。戦略国際問題研究所の上級顧問でシミュレーション・プロジェクトのリーダーを務めるマーク・カンシアン(Mark Cancian)氏は、ニュース専門放送局CNNに対し、「戦争が始まれば、台湾に軍隊や物資を送ることは不可能だ。2022年2月のロシアの侵攻以来、米国とその同盟国がウクライナに継続的に物資を送
ることができているウクライナとは、全く状況が異なる」と指摘する。さらに、台湾の人たちがどんな方法で戦争をするにしても、「戦争開始時にはその方法を持たなければならない」と述べた。
民間人の法的保護
数十年前、世界各国は戦時中に民間人を標的にすることを違法行為と定めた。ジュネーブ条約は、1864年 から1949年にかけて締結された4つの条約と、それに続く3つの議定書で構成され、非戦闘員に与えられる権利や保護を含む、戦争における人道的処置に関する国際的な法的基準を定めたものだ。条約に署名・批准した国は196か国にのぼり、ジュネーブ条約に同意した国は、他のどの国際条約に同意した国よりも多くなっている。また、ほとんどの国がそれぞれ国際・非国際武力紛争の被害者の保護を強化する第1・第2議定書を批准している。民間人を保護する国際法は、1970年代
からほとんど変わっていない。第1追加議定書第51条は、「個々の文民と同様に、そのような文民集団も攻撃の対象としてはならない。民間人の間に恐怖を拡散させることを主たる目的とする暴力行為または脅迫は禁止されている」と規定している。
一部の国や組織では、このような保護を強化している。例えば、米国国防総省は最近、軍事作戦の影響から民間人を守る対策を拡充するため、新たに「民間人被害軽減・対応行動計画」を発表した。( 21ページのサイドバーを参照)赤十字国際委員会は、敵対行為に直接参加する民間人の概念について独自の研究を行い、「国際人道法上の敵対行為への直接参加の概念に関する解釈ガイダンス」と題し、2009年に発表している。6年にわたるこの研究では、敵対行為を行う上で誰が民間人とみなされるのか、どのような行為が敵対行為への
直接参加にあたるのか、敵対行為に直接参加した民間人が直接攻撃からの保護資格を喪失する具体的な形態を明らかにしようとした。しかし、赤十字が民間人保護に関して示した広義の定義と結論を多くの国が受け入れていないため、報告書の提言はほとんど支持されていない。
敵対国への攻撃に従事する民間人は、現在の法律では敵対行為に直接参加していることになる、というのが各国の一般的な見解だ。さらに、米国国防総省の
「武力紛争法」と同様に、第1追加議定書第52条で定義されているように、一定の状況下で民間人が軍事対象になることもあると、法律アナリストは説明する。
攻撃を行う国は、戦闘員と一般市民を区別しなければならない。しかし、民間人をマークしたり、識別したりする明確な義務はない。実際には、病院、文化財、民間防衛構造物などの保護対象建築物を示すマーキングは存在するが、攻撃者はこのようなマークを無視することがよくある。例えばロシアは、ウクライナに対する無差別攻撃で非難されている。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は「深い懸念」を表明し、ロシア政府に対し、非戦闘員を標的とすることは戦争犯罪と見なされかねないとの注意喚起を行った。国連人権高等弁務官事務所のリズ・スロッセル(Liz Throssell)報道官は2022年2月、(Mark Cancian)「ロシア軍が人口密集地やその付近で広域効果を持つ爆発性兵器を使用しており、無差別攻撃と思
われる攻撃で民間人が死亡したり負傷したりしている。これにはミサイル、重砲弾、ロケット弾のほか、空爆も含まれる」と述べている。ロシアの砲撃は、クラスター爆弾の可能性もあり、戦争が始まってわずか15日で学校、病院、保育園を直撃したという。民間人の死傷は戦争中ずっと続いているが、ロシアは民間人を標的にしていることを否定している。国際刑事裁判所(ICC)は、2022年3月にウクライナにおける戦争犯罪の可能性について調査を開始し、その後2023年3月に
2件のロシアに対する告訴を進めると発表したとBBCが報じている。2023年3月中旬、国際刑事裁判所は、ロシアのウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領がウクライナからの子どもの拉致に関与した疑いがあるとして、戦争犯罪の容疑で逮捕状を発行したとAP通信が報じた。
中国人民解放軍は、ローロー船の使用に関して、中国人民解放軍船をグレーに塗装したり、軍事マークを付けたりするなどの、民間のフェリーとの差別化を図っていない。さらに、中国共産党は1995年から、民間輸送を規定する一連の法律と規則を制定し、ローロー船の役割を本質的に曖昧にすることを中国人民解放軍に認めている。しかし、このようなルールは、国際法と矛盾する活動を正当化するものではない。
中国人民解放軍は、部隊の輸送から機雷の設置、偵察、偽装に至るまで、ローロー船にさまざまな軍事的機能を持たせることを想定している模様だと、元米国防情報将校のロニー・D・ヘンリー(Lonnie D. Henley)氏は、米国海軍戦争大学が発行する「中国海事報告(China Maritime Report)」の2022年5月号で詳述している。また、中国人民解放軍は、民間船であるローロー船を隠れ蓑に国家の正当性をアピールし、紛争時にローロー船が攻撃された場合に非難する口実として利用する狙いもある。さらに、ローロー船は、敵対する勢力が民間船舶(たとえ交戦関係にある船舶であっても)を攻撃するのを躊躇するのを利用する目的で利用される可能性があるとアナリストは述べている。
中国を含む多くの国が黙認しているように、軍事行動から民間人を保護することは、ジュネーブ条約第57条(1)、第1追加議定書の下で国家の主要関心事であるべきだ。軍民融和を進めることで、中国政府は政府の方針として国民を危険にさらしているように思われる。軍事演習でローロー船を使用することは、国際的な民間人保護を後退させることになる、とアナリストは主張する。
融合、覇権の高い代償
多くの国が、便宜上、あるいは強制的に、民間人や 民間物を軍事行動の増強に利用している。第一次世界大戦中、フランスはパリのエッフェル塔の上に軍事通信用の中継塔を置き、重要なメッセージの送受信を行った。また、第二次世界大戦中、ドイツ軍の進攻に伴い、イギリスは漁船やプレジャーボートを使ってダンケルクから部隊を撤退させた。オーストラリアは、中央アジアや中東の平和維持活動で、民間のコントラクターを使った部隊の支援を行っている。米国も同様に、数十年にわたり、民間のコントラクターや商業サプライチェーンを利用して、世界各地の軍事作戦を支援してきた。
しかし、中国共産党は覇権を追求するために、民生と軍事の区別をなくし、しばしば中国の民間人を使って強制的な技術移転、情報収集、窃盗などの非透明で不正な活動を行い、重要な技術を手に入れようとしてきた。「軍民融合は、国際的な科学技術協力や公正なグローバルビジネスの実践を支える信頼、透明性、互恵性、共有価値を脅かす要素となる」と、米国国防総省は2020年の報告書で述べている。
中国共産党が技術や資産(軍事施設、基地、インフラなど)を獲得するために採用してきた手段は、紛争時にそうした事業に従事する中国の民間非戦闘員に対する疑念を招く可能性もあるとアナリストは指摘する。
「軍民融合は、2022年以降に戦闘態勢を整えるという、中国共産党が1949年に中国本土で政権を取った直後から発してきたスローガンであると解釈されている。2049 年までに中国人民解放軍を世界的な軍隊に発展させることは、依然として主要な目標となっている」と、日本国際問題研究所(東京)のモニカ・チャンソリア(Monika Chansoria)上級研究員は、英文ニュースサイト「ジャパン・フォワード(JAPAN Forward)」の2021年の論文で書いている。
チャンソリア氏はさらに、「その目的に向かって」、「ヒマラヤ国境地帯、南シナ海、東シナ海における中国の活動および加害行為の発展的な地上現実は、軍事ステルス、経済、政治の軍事・市民融合によってますます決定づけられていくだろう」と予測した。
この洞察は、2023年に入っても通用している様子だ。
中国共産党の侵略と野心の度合いを踏まえ、インド太平洋地域の同盟国や提携国は、紛争が発生した場合に民間人が国際法の下で受けるべき保護を享受できるように、平時から武力紛争法を守ることの重要性を確認しなければならない。さもなければ、中国人民解放軍は法の区別と尊重の原則を利用して有利な立場に立とうとするだろう。中国や台湾などの一般市民が最も高い代償を払うことになる可能性がある。
作戦中の民間人保護の強化
2022年8月に発表された米国国防総省の「民間人被害軽減・対応行動計画」は、戦略的成果の向上、軍事作戦の最適化、作戦中の民間人被害を軽減する軍の能力強化のための制度とプロセスを構築するものだ。米国国防総省は、次のように取り組んでいる:
民間人被害軽減および対応(CHMR)に関連する分析、学習、トレーニングのハブおよび促進機関として、卓越したセンターを設立する。
司令官や作戦担当者に、民間環境をよりよく理解するための情報を提供する。武力紛争のあらゆる範囲において、民間人の被害に対処するためのガイダンスで原則および作戦計画を更新し、部隊が被害軽減と対応に備えられるようにする。
米国国防総省が民間人の被害に関連するデータを収集、共有、学習する方法を改善するために、全組織的なプラットフォームを含む標準化された作戦報告およびデータ管理プロセスを開発する。
軍事作戦に起因する民間人の被害に対する評価と対応を改善する。
合同軍全体の演習、訓練、教育、そして同盟国や提携国との安全保障協力や作戦に民間人被害軽減および対応を取り入れる。
軍幹部が共同議長を務める運営委員会を設置し、計画の適時かつ効果的な実施を監督・指導する。
米国国防総省のCHMRの共同推進者に陸軍長官を任命する。