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インド太平洋地域では相互の安全保障上の利益が一致し、共有の安全保障能力が形成されつつあり、拡大を続けている。
防衛アナリストによれば、この地域は、国防の約束で国々を結びつける一連の精巧な条約や協定を結ぶ準備ができていないものの、複数の国が共通の安全保障上の脅威をめぐって非公式に結束を強め、軍事協力や相互運用性を向上させているという。
多国間軍事演習の増加は、この傾向を最も顕著に表している。1982年にタイと米国の二国間訓練として始まった「コブラ・ゴールド(Cobra Gold)」は、インドネシア、日本、マレーシア、シンガポール、韓国などインド太平洋の20か国が参加する世界最大級の多国間演習に発展している。「ガルーダ・シールド(Garuda Shield)」は2022年に従来の二国間演習から多国間演習となり、当初のパートナーであったインドネシアと米国に加え、12か国が参加するようになった。同様に、インドと米国の間で始まった「マラバール(Malabar)」には、現在ではオーストラリアや日本も定期的に参加している。ハワイ諸島と南カリフォルニア周辺で行われた大規模な「環太平洋(Rim of Pacific)」演習は、2022年にオーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、コロンビア、デンマーク、エクアドル、フランス、ドイツ、インド、インドネシア、イスラエル、日本、マレーシア、メキシコ、オランダ、ニュージーランド、ペルー、フィリピン、シンガポール、韓国、スリランカ、タイ、トンガ、英国、米国の26か国が参加し、多国間連携への動きを象徴するものとなった。
岸田文雄首相は、2022年6月にシンガポールで開催されたシャングリラ会合の基調講演で、この安全保障の動向について述べた。国際戦略研究所(International Institute for Strategic Studies)が主催し、今年で19回目を迎えるこのフォーラムで、岸田首相は「世界を見渡せば、オーストラリア、欧州連合(EU)、フランス、ドイツ、インド、イタリア、オランダ、米国、英国などさまざまなアクターが、インド太平洋へのビジョンを打ち出しており、共通の壮大なビジョンを掲げている」とした上で、「志を同じくする国々が、誰かの押しつけではなく、自らの意思で、それぞれの取り組みを進める。それこそが、包摂性、インクルーシブネス、を基本とする、『自由で開かれたインド太平洋』の概念だ」と述べた。
インド太平洋地域における多国間プレゼンスと共同演習の増加は、平和と安定を求める国々の結束を示すものでもある。オーストラリア、フランス、ドイツ、日本、英国、米国はいずれも、昨年こうした作戦に参加している。

二国間主義の拡大
このような集団安全保障の結集の中核として、インド太平洋諸国は、軍事演習、訓練、その他の交流を行い、地上レベルでのさまざまな二国間関係を強化している。例えば、日本とシンガポールは寄航訪問を行った。また、日本と韓国の関係も強化しており、コリア・ヘラルド紙によると、2022年6月、韓国の朴振(Park Jin)外相が日本との安全保障協力の正常化に動いたという。一方、共同通信によると、オーストラリアと日本は、2022年6月に発表した共同演習や活動の「高度化」を図る計画で、実践的な防衛関係を深めている。
シャングリラ会合の数日後、岸信夫防衛相(当時)はリチャード・マールズ(Richard Marles)新オーストラリア国防相と東京で会談した。AP通信によると、マールス国防相は合同記者会見で「第二次世界大戦終結以来、最も複雑な戦略的状況に直面していることは明らかであり、この地域として何をするかが重要だ」とし、「両国間の協力によってこそ、ルールに基づく国際秩序を維持し、軍事力の効果的なバランスに貢献し、地域が安定、平和、繁栄を維持することができる」と述べた。
両閣僚は、ロシアのウクライナ侵攻に対する懸念について話し合ったほか、東シナ海と南シナ海におけるいかなる一方的な現状変更にも反対し、「自由で開かれた」海洋の国際秩序という共通のビジョンに引き続きコミットしていることを再確認した。「自由で開かれたインド太平洋地域を維持・強化するために、地域パートナー、特にASEANや太平洋諸島との協力を強化することが重要だ」と岸防衛相は述べた。
その後、2022年6月にマールズ国防相はニューデリーでインドのラジナート・シン(Rajnath Singh)国防相と両国初の二国間国防相会談を行い、安全保障協力の強化を図った。「インド太平洋に何十年にもわたって平和と繁栄をもたらしてきた法治に基づく国際秩序は、地政学的秩序の変化に直面し、圧力を受けている。オーストラリアは、開かれた、包括的で回復力のあるインド太平洋を支援するために、インドとより緊密に協力する用意がある」とマールズ国防相は述べた。
インド国防省の指導者らは、同時期に日本や米国の指導者とも同様の会談を行った。この1年間で、オーストラリア・インドネシア、オーストラリア・韓国、インド・韓国、インドネシア・韓国の首脳の間で同様の行動が取られ、二国間関係の強化を目指すインド太平洋諸国が増えていることを証明している。
また、ASEAN地域フォーラムや拡大ASEAN国防相会議など、ASEAN主導の防衛・安全保障イニシアチブへの関与も強まっている。AP通信によると、2022年6月中旬、インドとASEANの外相は、ロシアのウクライナ侵攻や米中間の緊張によって食糧やエネルギーの安全保障、価格、サプライチェーンへのストレスが高まる中、関係強化のための特別会議を開催した。
「インド太平洋における中心的存在であることが十分に認識されている、強力かつ統一的で繁栄するASEANを、インドは全面的に支持する」とインドのスブラマニヤム・ジャイシャンカル(Subrahmanyam Jaishankar)外務大臣は述べている。インドとASEANは、30年以上にわたる対話パートナーだ。AP通信によると、ジャイシャンカル外務相は、ASEAN加盟国間の陸海空の接続性を強化することを推進し、「ASEAN – インド連結性(ASEAN-India Connectivity)」イニシアチブには、インド、ミャンマー、タイを結ぶ高速道路の整備が含まれている。
三国間関係もまた、集団安全保障の構築に極めて重要であることが証明されている。例えば、日米豪の安全保障担当者は10年以上にわたって毎年会談を行い、「サザン・ジャッカルー(Southern Jackaroo)」や「コープ・ノース(Cope North)」などの合同演習を定期的に行っている。「朝鮮半島の安定に関して、米国、オーストラリア、日本は、韓国に対して積極的に軍事的コミットメントを行ってきたという共通の歴史があり、オーストラリアは昨年、非武装地帯の国連軍司令部に平和維持軍を派遣している。半島で軍事衝突が起きれば、日米豪の軍隊が直ちに発動し、それらの国々に直接的な影響を与えるだろう」とオーストラリアに本拠を置く独立系外交シンクタンク、パース米国アジアセンター(Perth USAsia Centre)のヘイリー・チャナー上級政策研究員は、2022年6月にオンライン雑誌「ザ・ディプロマット」に記述している。
また、最近、オーストラリア、英国、米国の3か国による安全保障同盟「AUKUS」が発足するなど、インド太平洋を越えた連携も具体化している。

ビジョンの共有
2022年2月に米国のジョー・バイデン(Joe Biden)大統領が発表した最新の米国インド太平洋戦略(U.S. Indo – Pacific Strategy)も、集団行動がその基礎となっている。この戦略の下、米国は公式・非公式の幅広い関係や組織を通じて、地域諸国と5つの条約締結国の集団能力を活用し、集団能力を構築していくことになる。ニューデリーにある空軍研究センター(Centre for Air Power Studies)の研究員、ジョシー・M・ポール博士(Dr. Joshy M. Paul)は、同シンクタンクのホームページに掲載された論文の中でこう述べている。「自由で開かれたインド太平洋を確保するために、米国の唯一の物的能力に頼るのではなく、地域諸国の物的能力を求め、地域の安全保障に貢献するものだ。また、米国の一方的なビジョンの地域諸国への強制ではなく、インドの戦略的自立、日本の安全保障に対する経済性優先、アジア多国間主義におけるASEANの中心性、米中間でバランスを取ろうとしているオーストラリアの立場など、地域諸国の選択を米国がかなり重要視していることが分かる」
カート・キャンベル(Kurt Campbell)米国務次官補兼国家安全保障会議インド太平洋調整官によると、地域の安全保障を強化するために、米国は太平洋島嶼国(PICs)との関与も深めているという。2022年6月にワシントンDCで開催された戦略国際問題研究所(CSIS)の太平洋パートナーズ・イニシアティブのイベントで同氏は「我々はこの絆を軽視することはない」と参加者に語った。また同調整官は「主権を守ることも大切だと考えている。太平洋全体をどう見るかという観点からも、主権は極めて重要だ。その主権を損なう、あるいは疑問視したりするような構想には、我々は懸念を抱くだろう」と述べていることが、「21世紀のブルー・パシフィック・アジェンダの構築」と題されたイベントの記録に記載されている。
さらに、「我々の信条は、太平洋のないところに太平洋はない。つまり、太平洋地域のパートナーとの緊密な連携なくして、決定や関与を行うことはない」とした上で、「我々は最もオープンで透明性の高い方法でこれを行っていく。そして、我々の焦点は、やはり太平洋諸島の人々が暮らす地域の問題に取り組むことであり、新型コロナからの復興、観光や貿易の強化など、21世紀を動かすと思われる重要な問題に取り組むことになるだろう」と語った。
フィジーのサティエンドラ・プラサド(Satyendra Prasad)国連大使は参加者に対し、「太平洋島嶼国の国民とその政府は、長期にわたる米国との永続的なパートナーシップを歓迎するだろう」と述べ、「米国と太平洋地域の関係を高度に強化し、より広範にする」ことを呼びかけた。さらに「我々が深く関わっている分野には、大きな予測可能性がある」と述べた。
フトゥマナバ・オ・ウポル・III・パオレレイ・ルテル(Fatumanava-o-Upolu III Pa’olelei Luteru)サモア国連大使は、戦略国際問題研究所(CSIS)主催のイベントで、米国に島嶼国の譲許的資金調達の支援を求め、マグロ漁獲に関する米国と太平洋島嶼国の条約の拡大を促した。
ロイター通信によると、中国がこの地域との経済、軍事、警察のつながりを強化しようとする中、オーストラリア、日本、ニュージーランド、英国も2022年に太平洋諸国との絆を強化する意向を示しているという。
ルテル氏は、中国を名指しすることなく、「太平洋島嶼国の状況において、我々は何を相手にしているのかを十分に理解している」と指摘した。
2022年9月末、米国はワシントンDCで開催された第1回米国・太平洋島嶼国サミットを通じ、太平洋島嶼国へのコミットメントを強化した。ジョー・バイデン米大統領は、約1,115億円(8億1千万ドル)以上の拡張プログラムを発表している。米国は過去10年間で、太平洋島嶼国に約2,066億円(15億ドル)以上の資金を提供してきた。

グローバルな連携
同じ志を持つインド太平洋諸国は、新たな安全保障上の脅威に対抗するために、国際的なフォーラムにますます注目するようにもなっている。例えば、2022年6月末にマドリードで開催された北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に岸田首相と韓国の尹錫烈(Yoon Suk Yeol)大統領が出席し、大西洋グループとの協力関係を拡大する意向を示した。「ロシアの侵略は世界の平和と秩序に違反しており、決して容認することはできない」と、岸田首相がNATO首脳会談への出席を発表した際に述べたと、ブルームバーグは報じている。一方、韓国側は、NATOとの情報共有、合同演習、研究協力を強化することを望んでいると述べた。
2022年6月のNATOのニュースリリースによると、NATOは、オーストラリア、日本、ニュージーランド、韓国との関係強化が優先事項であり、インド太平洋地域のパートナーとのサイバー空間、テクノロジー、海洋安全保障などの課題に関する協力も強化しており、「今日の複雑な環境では、横断的な安全保障問題やグローバルな課題に対処し、ルールに基づく国際秩序を守るために、志を同じくする世界中のパートナーとの関係がますます重要になっている」という。
「ヨーロッパとアジアの安全保障は密接に絡み合っており、特に国際社会が深刻な課題に直面している現在ではなおさらだ」と岸防衛相(当時)は語っている。
経済安全保障
安全保障関係の強化は、経済分野とますます連動している。シンガポールのリー・シェンロン(Lee Hsien Loong)首相は、2022年5月末に東京で開催された「第27回 国際交流会議 アジアの未来」の基調講演で、安全保障と経済の分野でより包括的な協力を行い、各国が互いの経済的成功に関与することで敵対行為のリスクを軽減するよう促した。
ストレート・タイムズ紙(The Straits Times)によると、リー首相は「安全保障は個々の国だけ(の話)ではなく、我々が安全であろうとすることをそれぞれが行うからだ」とした上で、「集団的には、他人を危険にさらすかもしれない、そしてその結果、全員がより悪い状況に陥る可能性もある。だからこそ、集団安全保障を確保するために他の国々と協力することも必要だ」と述べた。
このため、シンガポールは2022年5月に発足した米国のインド太平洋経済枠組み(IPEF)と、一帯一路(OBOR)などの中国の開発イニシアチブの両方に参加しているとリー首相は説明した。インド太平洋経済枠組みは、参加国が関係を強化し、地域にとって重要な経済・貿易問題に関与することを支援するものだ。「この二つが互いに排他的であるとは思わないし、一方が協力を深めているからといって、他方にとって悪いことであるとは思わない」とリー首相は記者団に語った。
多くの国は、世界中で一帯一路プロジェクトに見られるような財政的、安全保障的な落とし穴があるにもかかわらず、中国のインフラ計画に賭け続けている。しかし、中国の略奪的な融資方法に屈した国や、新型コロナウィルスの世界的流行時に経済的に脆弱だった国から得た教訓を活かして行動する国も存在する。同盟国やパートナー国は、中国共産党と密接に関係している中国の投資に代わる手段を提供し続けている。2019年、オーストラリア、日本、米国は、インフラ整備を推進する「ブルードット・ネットワーク(Blue Dot Network)」を立ち上げた。同ネットワークは、インドなどの国々と協力し、食糧安全保障、健康、自然災害を考慮したインフラづくりを支援する「ブルー・ドット・マーケットプレイス(Blue Dot Marketplace)」を計画するなど、持続可能なプロジェクトを推進している。また、日米豪印戦略対話(クアッド)は、重要な技術や材料の開発、信頼できるサプライチェーンの構築、サイバーセキュリティへの対応などの分野での協力を推進し、インド太平洋地域全体の繁栄を確保することに重点を置いている。
サプライチェーンの協力は、志を同じくする国同士の集団安全保障活動における重要な要素となっている。韓国の王允鍾(Wang Yunjong)経済安保秘書官は、戦略国際問題研究所が主催した2022年6月初旬の「第7回韓米戦略フォーラム」での基調講演で「サプライチェーンの安定性と弾力性は、一国だけで達成できるものではない」と述べた。さらに、「海外の生産拠点を自国に移すリショアリングに加え、戦略物資や技術をめぐって志を同じくする国同士の需給協力を強化するフレンドショアリングの重要性が増している」とした上で、「大切なのは信頼だ。相互信頼を促進することで、サプライチェーンの安全性を高めることができる」と語った。
快適な協力関係
インド太平洋地域では、このように安全保障力の結集が、共通の価値観の上に、ほとんど成文化されることなく築かれているため、参加国にとって心地よいペースで進んでいると、アナリストは指摘する。同時に、この地域の既存の相互防衛条約が前進のための枠組みとしての機能を果たしている。安全保障協力の全体的な構造は柔軟であり、当面はそのままの状態が続く可能性が高いとアナリストは述べている。インド太平洋地域では、正式な集団安全保障機関の創設を提唱する政策立案者もいるが、この動きがすぐに国連型の組織に具体化することはないとみられる。
米国国務省によると、1954年にオーストラリア、フランス、ニュージーランド、パキスタン、フィリピン、タイ、英国、米国が、主にこの地域での共産主義の蔓延を食い止めることを目的に東南アジア条約機構(SEATO)を結成した。しかしながら、NATOとは異なり、SEATOの集団安全保障の行動力は限定的であった上、この組織には情報を得る仕組みや軍事力を展開する仕組みもなく、ベトナム戦争が終結した2年後の1977年に正式に解散した。
今日、インド太平洋諸国は、個々の国益に沿うだけでなく、相互の安全保障上の課題や脅威に集団で対抗するために、防衛を推進している。その結果、安全保障力の結集が進み、地域の繁栄と安定の見通しに前向きな変化が見られるとアナリストは述べている。
各国は、地域の安定という点だけでなく、情報や技術の共有から人権や自由の保護に至るまで、安全保障・防衛関係の質とその取り決めがもたらす利益について常に考慮しなければならない。このような省察と戦略的計算は、志を同じくする国々が自由で開かれたインド太平洋の構築を意図している、伝統的な主権の定義に沿うものである。