COL. (RET.)アーサー・N・トゥラック(ARTHUR N. TULAK)退役大佐/米国陸軍
2014年、ロシアがウクライナからクリミア半島を奪取するために「ハイブリッド戦争」と呼ばれるようになった手段に出たことで、武力紛争レベルを下回る、一見新しい戦争を世界は目撃した。しかし実はそれと似た手法は、クリミアの2年前、中国がフィリピンからスカボロー礁を強制的に奪取した際にも取られていた。世界最大級の海洋浚渫船隊(かいようしゅんせつせんたい)を使って南シナ海に人工的地形を作り、埋め立てられた海域に建設した一連の軍事拠点という形で「青い主権の土」を提供するという、複数年にわたる領土征服運動だ。これらの成果を有意義な反対すらなく固めた共産主義中国は、致命的な武力を行使する意欲と覚悟を示すことで、隣国に領土拡大運動を黙認するよう強制している。こうした活動は、領土主権運営の積極的な実行、法執行機関、準軍事勢力および軍事勢力による強制運営、および「超限戦(Unrestricted Warfare)」や「三戦(Three Warfares)」のドクトリンと戦略の要素の使用を通じて行われている。過去2年間、中国共産党中央軍事委員会委員長である習近平中国共産党総書記の下で、中国は実際の軍事力のレベルおよび脅威を高め、南側および東側の周辺全体に沿って、特にインド軍、日本の自衛隊および台湾軍に対して致命的な軍事力の使用を辞さない姿勢を見せている。
2014年、ロシアはウクライナ・ロシア戦争の第一段階として、ウクライナのルハンスク州とドネツク州の東部地区を分割するためにハイブリッド戦争を採用した。最近では、ロシアがウクライナとの国境に軍事力を配置し、1年を費やしてウクライナの西側への移行に関して譲歩を強要した。この姿勢は、2022年2月下旬に主権国家に対する従来の軍事侵攻を開始する前段階であったことが証明された。中国とロシアにとって、武力行使の意思を示すことは、米国の同盟国と提携国を威嚇するという共通の目標の一環だ。両国の侵略は、相互防衛条約と合意を遵守する米国の能力と国家意志に対する同盟国と提携国の信頼を失わせることを意図している。このような武力の脅威には、米国や他の国々が中国の侵略や圧力を黙認させようとする狙いがある。
中国の領土征服軍事活動には、最終的には自治権を持つ台湾島が含まれるが、ロシアの目標はウクライナをはじめ、かつてソビエト連邦の一部であった他の国家やワルシャワ条約機構加盟国も含まれる可能性がある。こうした侵略の増幅を通じて、両国は自国の領土的利益を維持し、作戦・情報環境で攻勢を継続する機会を生み出す抑止および強制効果を狙っている。
中国とロシアが軍事的、準軍事的、法執行機関的、商業的手段を採用して、武力紛争手前のグレーゾーン戦術により、隣国に対する軍事的強要をほぼ10年にわたり展開してきた今、そのような課題に対する戦略的アプローチと、それらをより効果的に抑止する方法を再考する時が来た。従来型の抑止力は、ソ連との冷戦時代に軍、政府、学会で保持されていた水準を確実に取り戻している。しかし、過去2年間で、敵対勢力のグレーゾーン的搾取によって抑止の問題が複雑化しており、米国の従来型抑止の有効性を疑問視させるような状況を世界中が直接目の当たりにしてきた。敵対国は、戦略的な目標を達成するために紛争の閾値を下回る行動をとっており、米国とその同盟国が対応する前に、攻撃的行動に出て、利益を固める可能性がある。
米国の経済力、軍事力、および国家意志の実際または認識的低下によって、抑止力が弱まっているという声もある。米国のジム・インホーフェ(Jim Inhofe)上院議員とジャック・リード(Jack Reed)上院議員は、2020年5月にウェブサイト「ウォー・オン・ザ・ロックス(War on the Rocks)」の解説で、「現在、インド太平洋地域では、ますます侵略的な中国が包括的な軍事近代化を続けており、その抑止力の基盤が崩壊しつつある」と警告している。米国元国防次官で政策担当のミシェル・フルノイ(Michele Flournoy)氏はその1か月後、こうした懸念に同調して、フォーリン・アフェアーズ誌に「中国の主張と軍事力の増大と米国の抑止力の喪失という独特の危険な組み合わせ」のために、戦争のリスクは「数十年も前よりも高くなっている」と記している。
侵略を通じたメッセージング
中国とロシアはグレーゾーン戦争を通じて、平時に従来の軍事目標を達成している。これに似た状況であった冷戦では、実際に軍事力の使用も含まれた。両独裁政権は、グレーゾーン的な行動と圧力を支えるべく、軍事力を使用する準備ができていることを示してきた。こうしたアプローチは、さらなる暴力と強制を恐れて、自己検証し、行動を自己検閲することを意図したターゲットに強制する、好戦的かつ傲慢な侵略を通じたメッセージングと言える。中国とロシアは、領土主張を受け入れさせ、対立を避けるよう敵対国や関係国に働きかけるため、武力行使に出る意志の優位性を示そうとしている。
強制的手段には、秘密諜報活動、サイバー作戦、経済制裁、選挙干渉、海上民兵隊の採用、反対派への軍事援助、プロパガンダ、懲罰的な政治的措置、資源の搾取、国内の政治的反対派への支援、貿易収縮、阻止(禁輸措置)または操作などが含まれる。
中国人民解放軍(PLA)は、中国の近隣諸国の空域、陸地、海域への容赦ない強制侵攻を行うことで、敵を消耗させ、そうした挑発行為の新たな「常態」を生み出そうとする一方、軍事的奇襲や、より攻撃的な行動のための近接発射地点を実現する条件の改善を目指している。
台湾の場合、人民解放軍の侵入は島の独立を台湾政府が正式に宣言することを阻止すると同時に、台湾の軍人や民間人の鈍感化や士気低下を招き、戦闘要員や戦闘システムに披露やストレスを引き起こすことを狙っている。中国は武力による威嚇で、対象国が政治的行動に出る意志を低下させようとしている。
こうした姿勢は恐怖、疑念、不安を植え付け、台湾の決意を弱めることを目的としている。2021年と2022年前半には、台湾の防空識別圏への中国人民解放軍の侵入頻度と一回あたりの航空機数が飛躍的に増加し、2021年の侵入回数はほぼ毎日に達した。
米国の抑止構造が脆く効果がないと見なされる中、彼らは、敵のグレーゾーン戦術の勝利は抑止力を削り取り、従来の戦争でさらに大きな賭けを達成できるという自信を着実に深めている。元米国国務次官補で国家安全保障顧問のエリオット・エイブラムス(Elliott Abrams)氏が、2022年3月にナショナル・レビュー誌の記事「新たな冷戦(The New Cold War)」で述べているように、グレーゾーン戦術による侵略に対する説得力のない対応は、将来的に侵略を招く可能性がある。
さらに、軍事・政策アナリストのデビッド・サントロ(David Santoro)氏とブラッド・グロッサーマン(Brad Glosserman)氏が指摘するように、グレーゾーン作戦が継続され、対応がなされないままであれば、米国の同盟国を不安にさせ、抑止力が失われているとの認識を与える恐れがある。これは、2020年に中国人民解放軍部隊が中印国境沿いで起こした戦闘で63人の死者と40人以上の負傷者を出したことや、2019年に中国人民解放軍海上民兵隊の一員であると思われる中国漁船がフィリピン漁船に衝突し、沈没させたことで、22人のフィリピン人乗組員が海上に取り残され、ベトナム漁船に救助されたことなど、人命の損失を引き起こしたり、脅かしたりする場合に特に言えることだ。
では、どうすれば敵対国によるグレーゾーン作戦や圧力を抑止できるのか。
ジェームズ・デュビック(James Dubik)米国退役陸軍中将は、2022年1月の米国陸軍協会に寄稿した記事で、「アメリカの民間人および軍事戦略家はこれまで、抑止力を従来型戦争または核戦争の抑止という2つの形で捉えてきた」と述べている。しかし、デュビック氏は、「我々の敵が従来の戦争の閾値を下回る戦略目標を達成するのを阻止する」第三の抑止力が存在すると指摘している。
2019年の報告書『戦略的競争の時代における抑止力の再検討』も、この第3の抑止力を組み入れる必要性を認識している。サントロ氏、ブレンダン・トーマス=ノーン(Brendan Thomas-Noone)氏、アシュリー・タウンシェンド(Ashley Townshend)氏は、オーストラリア・シドニーの米国研究センター(United States Studies Centre)のために同報告書を執筆。インド太平洋における戦略的競争の性質は、「米国、オーストラリア、およびその同盟国やパートナーによる抑止への新たなアプローチを必要とする」と主張した。具体的にはグレーゾーン的圧力を抑止するために「統合された方法で圧力に抵抗、拒否、または処罰」するという、より積極的な戦略を求めた。
明敏な抑止アプローチ
2022年2月に米国のジョー・バイデン政権が発表した米国のインド太平洋戦略は、2021年に米国のロイド・オースティン国防長官が発表した統合抑止の概念を詳述するものだ。この戦略には、グレーゾーンの行動と圧力を抑止するという概念が含まれており、2019年版の戦略よりもこの領域に重点を置いている。2019年の戦略では、中国のグレーゾーン活動について安全保障の姿勢を段階的に変化させているとの認識を示しながらも、それらを抑止することは求めなかった。新戦略は、抑止および戦闘の観点から、同盟国と提携国の存在が戦力増強につながると強調している。この増幅効果は、同盟国および提携国が米軍とシームレスに連携する能力に根差しており、戦術、通信および武器システムにおける相互運用性を確立・維持するための努力と投資の結果である。
オースティン国防長官は新戦略における同盟国や提携国の重要性に言及し、「統合抑止とは、いわゆるグレーゾーンを含む紛争範囲全体における圧力や攻撃を抑止するための提携国との協力も意味する」と説明した。2022年の米国のインド太平洋戦略では、「領土境界線の変更の企みや海洋における国家主権の弱体化の企みに対抗するなど、抑止力を強化し、威圧行為に対抗できるイニシアチブ」を展開することを求めている。また、2024年初頭までに達成されるべき行動計画も含まれており、タスクの緊急性と即時性を高めている。
統合抑止の大きな推進力となっているのは、米国政府全体および同盟国・提携国の間でまだ十分に統合されていない抑止行動による予期せぬ影響および結果のリスクを管理する必要性だ。「米国の抑止努力において1つの潜在的な敵のみに焦点を当てることは、他の敵に焦点を当てた我が国の保証、制止、抑止努力に望ましくない、予期せぬ第2次および第3次の影響を及ぼす可能性がある」と米国国防総省は2006年の『Deterrence Operations:Joint Operating Concept(抑止作戦:共同作戦構想)』で述べている。米国軍における各地域の戦闘軍司令部は、それぞれの担当区域内の同盟諸国や提携諸国と相互に抑止力を統合しなければならない。例えば、言うまでもなく、米国インド太平洋軍(USINDOPACOM)は、米国欧州軍および米戦略軍の中核的な焦点であるロシアに対して共通の脅威を抱えている。一方、中国のプレゼンスが世界的に拡大する中、すべての戦闘軍司令部は米国インド太平洋軍主導の統合抑止努力に貢献することを求められている。
グレーゾーンの行動と圧力に焦点を当てた統合抑止力を展開するには、中国とロシアの行動を対象とした明確な戦域レベルの概念と目標を策定する必要がある。2006年の米国共同作戦構想は、抑止目標と効果的な抑止運用を開発するためのガイダンスとフレームワークを示した。具体的には、グレーゾーン作戦の脅威を挙げ、抑止構造は「敵が自分たちの行動を米国の決意と対応の『レーダースコープ』を下回っていると誤って認識する可能性に対する」防衛策として機能できる柔軟性を持つ必要があると説明した。
こうした認識を変更するには、メッセージングと作戦を明確にすることで、グレーゾーン行動に対抗し、切り込むことが求められる。抑止構想の実行に関して、戦略、計画および能力担当のマーラ・カーリン(Mara Karlin)米国国防次官補は、抑止活動は「米国国防総省が抑止関連の決断がもたらす影響を定期的に検討できるよう、日常的に行われなければならない」と主張している。さらに、第二に、「たとえ同意しなくとも、関係各国が自分たちの調査結果を尊重するよう厳格なものでなければならず、最後に、明敏なものでなければならない」とした。2022年4月に開催された「米海軍協会シンポジウム(Navy League Sea, Air, and Space Symposium)」で、米国太平洋艦隊司令官サム・パパロ(Sam Paparo)大将が発言したように、米国の抑止メッセージを効果的に伝えることは、国家、同盟、連合の意志や能力に関する敵対国の認識を変えるという点において、あらゆる抑止努力を「すべて網羅」する作戦だ。
共同作戦構想はこれを強化したもので、抑止は日々の作戦に織り込まれなければならないとしている。つまり、作戦の計画および命令、危機対応計画、および紛争計画の全段階に反映されなければならない。同文書では、平時のキャンペーン活動が抑止活動の基盤となるべきであり、平時の抑止活動は「危機、武力紛争、緊張の激化/緩和、戦争終結、および戦後の活動を通じて広がることが可能なものでなければならない」と明記されている。
複数の課題を敵に同時的に提示するためには、他の国力要素との統合と同盟国との統合が必要だ。軍事力の要素がより広範囲の統合抑止の一部とならない場合、「武力の示威行動、航行の自由作戦および多国間演習といった作戦や、中国の指導者との軍事関係で、中国の行動を変えられる可能性は低い」と米国退役空軍大佐のトーマス・A・ドロハン(Thomas A. Drohan)氏は述べている。同様に、軍事力の明確で認識可能で関連性のある要素によって強化されていない非軍事的手段に基づいて構築された抑止行動では、失敗する可能性が高い。例えば、オーストラリアのニューサウスウェールズ大学の日本政治および北東アジアの安全保障問題の専門家であるオーレリア・ジョージ・マルガン(Aurelia George Mulgan)氏は、ザ・ディプロマット誌の記事で、中国の法的戦争(ローフェア)に対して国際規範や法律を引用した対応策では、領土拡大の抑止に失敗している、と述べている。
同様に、ジュネーブに拠点を置く国際組織犯罪対策会議(Global Initiative against Transnational Organized Crime)によると世界最悪の犯罪者である、中国の大規模な漁船団による違法・無報告・無規制の漁業などのグレーゾーン活動に対抗するには、統合的なアプローチが必要だ。こうした形態の経済戦争に対抗するため、米国は米国海軍の軍事力と米国沿岸警備隊の法執行機関を組み合わせた適応型パッケージを採用しており、目に見える抑止活動と能力を提供している。
軍事力の要素は、あらゆる抑止戦略に不可欠だ。米国国防総省は、中国を米国にとって「安全保障政策を規定する第一の脅威(No. 1 pacing challenge)」であると認識し、2020年にこの地域における抑止に必要な力の姿勢と能力を特定・実施するための「太平洋抑止イニシアチブ(Pacific Deterrence Initiative)」を発表した。敵対国は戦力態勢の変化および能力向上の有効性を評価すると見られるが、抑止力の軍事的要素は明確に示されなければならない。これには、現地勢力、二国間および多国間演習(およびそれに伴う相互運用性の向上)、実験および演習における関連能力の実証、および重要な戦闘能力への財政投資という形が考えられる。中でも、最後の要素は、米国政府が太平洋抑止イニシアチブの戦力態勢、マルチドメイン訓練、実験、および戦域ミサイル防衛を強化するための優先事項に資金を出したことからも明らかだ。
パートナーシップの枠組み
同じ志を持つ国々との協力的なパートナーシップは、国家、地域、および世界の安全保障にとって重要だ。2019年の「インド太平洋戦略」では、同盟国および提携国の貢献を集団安全保障に統合する必要性が強調された。この戦略を通じて、米国は、集団安全保障を強化するために互恵的な協力枠組みを開発することを目指しながら、確立された同盟とパートナーシップを強化することを約束した。同年の米国研究センターの報告書の中で、サントロ氏、トーマス=ヌーン氏およびタウンシェンド氏は、同盟国および提携国と調整および統合された抑止努力および作戦が、「中国による行動の犠牲を散らし、個々の国の抑止戦略の影響を増大させる」ことができると指摘した。
2020年、当時のマーク・エスパー(Mark Esper)国防長官は、「同盟とパートナーシップの開発に関するガイダンス」を発表し、同盟とパートナーシップを開発するための取り組みの計画と監督を強化した。統合参謀本部によると、このガイダンスは、「同盟・提携諸国と協調した戦略的アプローチを達成するための基本的な方向性と優先順位」を示すものだ。その目的は、米国国防総省が本来有する同盟・提携諸国との関係の強みを生かし、より協調的で競争力のある取り組みを通じて、長期的な戦略的優位性を維持することだ。ガイダンスの優先順位には、「将来的な能力強化に向けた同盟国および提携国の軍事力開発の調整を支援するための」より調整された戦力計画方法が含まれる。
2018年に米国国家安全保障会議によって策定され、2021年に(米国の意図を明示的に伝え、中国の台湾侵攻を阻止するために)機密解除された米国の「インド太平洋戦略的枠組み」は、侵略を阻止し、戦闘状態を防ぐために強力な同盟が不可欠であることを指摘している。また、圧力や有害な影響という脅威に対する対策として、自国の領土に対する中国の諜報、スパイ、秘密工作、影響工作に対応するための支援を行うことを明記している。2022年の米国の「インド太平洋戦略」は、この枠組みとその他の以前の枠組み、およびガイダンスに基づいて、同盟国・提携国の集団的能力による抑止を頼りにしている。
統合抑止は、各国の集団的能力構築への投資と同時に、連合の支援を可能にする投資が必要だ。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究科の国際問題教授で、戦略計画担当の米国国防長官元特別補佐であるハル・ブランズ(Hal Brands)氏は2022年3月にナショナル・レビュー誌で、中国の影響力拡大への取り組みに対抗するには、「アジアの緊張化・軍事化という犠牲を払っても、中国の権力に対するより大きな多角的な抵抗を結集する必要がある」と指摘している。米国平和研究所のアジアプログラムのシニアアドバイザーであるヴィクラム・J・シン(Vikram J. Singh)氏は、2022年3月に同研究所のウェブサイトの解説で、2022年の米国インド太平洋戦略は、関連する同盟国とパートナーの範囲を拡大し、「台湾の将来のような中国との意見の相違が最も懸念される分野においてさえ、欧州のパートナーに対する期待の高まりを認めた」と述べている。抑止力の取り組みが完全に統合されるには、同盟国と提携国がより大きな役割を果たす必要があり、米国はそのような取り組みを促進する用意が必要だ。
相互運用性もまた、集団的能力の重要な構成要素であり、抑止力を直接支える。「地域全体で、米国は同盟・提携諸国と協力して相互運用性を深め、国民や国益の擁護を支援する中で、高度な戦闘能力を開発・展開する」と2022年の米国インド太平洋戦略は述べている。前述のとおり、同盟国と提携国の存在は戦力増強につながる。「このような協力と統合の抑止力への影響は、政治的および軍事的なものである」と国防総省の共同運営構想は指摘し、政治的影響は「主に、敵対国の意思決定者の米国および同盟国の政治的意志に対する認識に対して、連合に基づく対応がもたらす影響に由来する」としている。
主要な同盟国間の統合された危機管理計画は、中国による潜在的な台湾侵攻に対して統合的な反対を示す上で推奨されるアプローチの1つだ。中国の圧力およびグレーゾーン行動に対する抑止力は、「実効支配線」として知られている、中国とインドのヒマラヤ国境沿いのインド軍に対する中国の攻撃の再開の可能性を含む、他の脅威に対する従来の抑止力とバランスを取る必要がある。同盟国と提携国の相互運用性が向上するにつれて、戦争を引き起こすかどうかについての中国共産党の意思決定に影響を及ぼすことになる。
意思決定を変更させる
これを上手く行うことがいかに重要かについては、ランド研究所のアナリストであるマイク・マザール(Mike Mazarr)氏が2018年に述べている。戦争の不在は必ずしも抑止力が働いていることを意味するわけではなく、抑止力の失敗は抑止力の成功よりも特定しやすい。しかし、戦争が勃発した場合、どこで抑止戦略が間違ってしまったかを分析することは当然のことだ。ウクライナとの国境にロシアが強制的に軍を配備した1年間の「ジッツクリーグ(座り込み戦争・まやかし戦争)」は、ロシアの侵攻を防ぐために効果的な抑止作戦と努力を開始するための十分な時間を提供したにもかかわらず、ロシアが抑止されることはなかった。米国下院軍事委員会での証言で、米国欧州軍司令部の司令官であるトッド・ウォルターズ大将は、ロシアによるウクライナ侵攻を阻止するための米国の戦略が失敗したことを認めた。マイク・ギャラガー(Mike Gallagher)米上院議員も同委員会およびウォール・ストリート・ジャーナル紙の意見記事で同様の主張をしている。
米国は、信頼性の高い軍事力と意志を基盤とした抑止作戦に加えて、同盟国や提携諸国にも安全確保のための支援を提供することを保証する必要がある。米国が敵対国のグレーゾーン行動や圧力に反対の意思を示さない場合、同盟国や提携国は自信を失い、軍事的脅威に断固と立ち向かう代わりに、複数の選択肢に賭けようとする可能性がある。例えば、2012年6月、フィリピンは米国との交渉による相互撤退により、中国がスカボロー礁を保有する結果となり、フィリピン政府は自国領土である同礁の領有権を失った。その2か月前に始まった膠着状態の結果、ワシントンD.C.で米国政府とフィリピン政府の間で協議が行われたが、米国とフィリピンの相互防衛条約が南シナ海でフィリピンが支配する諸島を対象としているかどうかについて米国は明確な姿勢を示さず、必要な場合に米国が直接介入するかどうかについて曖昧さが生じることとなった。フィリピンは米国からより多くの支援を期待し、危機解決に向けて米国による最大限の関与を求めていたが、アジア海洋透明性イニシアチブ(Asia Maritime Transparency Initiative)によると、中国がフィリピンの船舶を退去させるためにより大規模な軍を派遣し、同礁の支配権を奪取した。2014年、中国国防部は、同礁を「中国固有の領土」の一部であると公言した。こうした保証の失敗は、将来的な抑止努力に対する信用を傷つける。
同盟国と提携国が他国の経験から安全保障パートナーとしての米国の信頼性について結論を出すことを認識したバイデン政権は、米国のコミットメントを保証してきた。例えば、2022年8月にロイター通信が報じたところによると、アントニー・ブリンケン(Antony Blinken)国務長官は、フィリピンが南シナ海で攻撃された場合、米国が防衛にあたるとフィリピン政府に対して断言した。ブリンケン氏は「両国の相互防衛条約は盤石だ」とした上で、「フィリピンの軍、公用船舶および航空機に対する武力攻撃は、米比相互防衛条約に基づき、米国がその防衛義務を果たすことになる」と語り、さらに「フィリピンは米国にとってかけがえのない友人であり、パートナーであり、同盟国だ」と述べた。
統合抑止を成功するためには、同盟諸国や提携諸国と協調し、侵略に関する中国の計算や意思決定をますます困難にするように集団的に評価・改良された複数年にわたる作戦が必要だ。敵対国に対して、犠牲を与えうる場所に配置され、有能かつ訓練された軍によって運用され、明確な国家の意志とコミットメントに裏打ちされた実効的な能力を示す必要
がある。2022年3月に放映されたFOXビジネスの番組で、退役陸軍大将のジャック・キーン氏は「我々は真に効果的な軍事的抑止力を確立しなければならない。大規模な軍事力を計画しても、脅威のある場所に展開していなければ不十分だ」と発言している。
2006年の米国国防総省の共同作戦構想で記されているように、「抑止は真空中で『遂行』されるものではない。抑止行動の概念と明確な抑止目標に支えられた戦略が必要だ」。パパロ大将は2022年4月の発言でこれを強調し、「抑止力は(それ自体が)活動ではなく、結果である」とし、「自由で開か
れたインド太平洋」を維持するために必要だと述べた。