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高まる 連携

インド太平洋の同盟・パートナーシップ新時代を理解する

アルフレッド・エイラーズ博士
ダニエル・K・イノウエ アジア太平洋安全保障研究センター

この 1年間メディアは、インド太平洋地域の新たな戦略的パートナーシップについて数多くのニュースを取り上げてきた。日米豪印戦略対話「クアッド(Quad)」が引き続き注目を集め、2021年9月にワシントンD.C.で開催された第1回クアッド・リーダーズ・サミット(Quad Leaders’ Summit)では、このフォーラムのさらに充実した様子が見られた。そして安全保障体制における革新的な動きを明確にしたのは、同月初めに発表された、「AUKUS(オーカス)」として知られるオーストラリア、イギリス、および米国から成る安全保障パートナーシップである。アナリストたちは、AUKUSは パートナー国間で防衛に関する科学、技術、産業の統合を深めてゆき、今後多くの類似する三国間または国同士のミニ協定が生まれてくることの予兆であると形容している。評論家や解説者もすぐにこれを取り上げて、インド太平洋地域の同盟とパートナーシップの新しい時代の幕開けとして、安全保障体制が上昇気運に乗っていることを強調した。ただ、それが現実のものとなるかどうかはもう少し観察する必要がある。現時点では、米国と地域の志を同じくするパートナーたちによる戦略的関係の再構成に向けた動きを駆り立てているものは何か、より深く理解することが有益だと思われる。

第二次世界大戦終結以降インド太平洋地域には、米国とその友好国によって築かれた同盟、パートナーシップ、結び付きがタペストリーのように織り込まれていて、それが豊かな素地となっている。この包括的なアーキテクチャが、地政学的および安全保障上の課題を次々に解決し、国際規則に基づく秩序を確立して、インド太平洋の多くの地域に何十年にもわたる安定、安全、繁栄をもたらしてきた。米国とオーストラリア、日本、フィリピン、韓国、タイとの同盟は、このアーキテクチャの土台であると広く受けとめられている。しかも、これらの同盟関係がインド太平洋地域のほぼすべての国々を網羅しており、より広範で緻密な二国間安全保障関係が入れ子のようになったネットワークが形成されているのだ。揺るぎのない民間外交と軍事外交、そして広範な安全保障援助と協力プログラムに支えられ、このようなネットワークが長年にわたって広がったことで、主要な地域多国間組織とメカニズムを包含するまでに至っている。そのなかでもASEAN(東南アジア諸国連合)と拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)は、太平洋諸島フォーラム(PIF)およびその他多くのインド太平洋地域における政治的安全保障の取り決め(多くの場合、専門的なサービスまたは機能に焦点を当てたもの)と同様に注目に値する例である。

これらの体制や取り決めがこれまで首尾よく機能してきたのなら、なぜ再構成する動きがあるのだろうか?それは、極めてシンプルな言い方をするのならば、「時代が変わったから」だ。第二次世界大戦後の安全保障体制は、さまざまな条件と状況に対処しながら、現在とは異なるコンテキストで構築されてきた。この安全保障体制が形作られた理由は、そもそも冷戦とソ連との対決という課題に対する解決策を得るためだった。最終的にソビエト連邦は崩壊。冷戦が終わると、米国は短期間「漂流」した。ししかし間もなく、対テロ戦争、安全保障能力、そして国家の安定を脅かす過激派の問題に対処するための諸制度に焦点が当てられるようになる。たどってきた道をこうして振り返ると、安全保障体制への取り組みと構築に関する考え方の多くは最近まで、過激主義対策とテロ対策、安全保障または防衛能力の開発と制度的強化、あるいはさらに野心的な国家建設など、これらに関連する複数のテーマを組み合わせたものだと分かる。

2021年9 月、日米豪印戦略対話(クアッド)のリーダーたちが、ワシントンD.C.のホワイトハウスで開催されたクアッド初の対面サミットで地域協力の進め方について話し合った。AP通信

見せかけの比較

現在のコンテキストは、この過去からの劇的な脱却であり、中華人民共和国の急速な台頭によって定義される。中国は、米国にとってはペースを測りながら共に歩まざるを得ない競争相手であると同時に、インド太平洋地域の国際的なルールに基づくシステムを損ない、パートナー国の主権を侵そうとする勢力でもある。表面的には、中国が投げかける課題をソ連時代と比較したくなるかもしれないが、これは目をあざむく見せかけとも言える。中国はソビエト連邦とは異なる存在であり、対処するための方策はずっと複雑である。自立しているとはとても言い難く、世界の政治・経済システムのなかに自らを埋没させながら、そうした状態を自国の利益にすり替えてきた国だ。「一帯一路」インフラ整備構想など、中国主導のプログラムで国家権力のあらゆる要素を活用し、資力に乏しい国々を翻弄して、丸め込み、抑圧してきた。一方で戦争を引き起こしかねないような、あらゆる種類の狡猾なグレーゾーン戦術を駆使することで、通常の安全保障による報復を受けることなく、高くつく懲罰を回避しながら、自らの支配力を強化してきた。このような問題は、冷戦時の対立と比較できるものではないし、同盟諸国がテロリズムに対抗するためにパートナー同士の安全保障能力を高めたときと同じ方法で解決できるものでもない。そのためには、我々が同盟とパートナーシップを構成してきた方法について再検討すると同時に、現下の問題に上手く対応できる新しい構成を模索する必要がある。

否応もなく進歩するテクノロジーは、この再構成の課題をより死活的で重要なものにしている。サイバーや宇宙などのテクノロジーを活用した領域は、今や国家安全保障と戦略的競争の要衝である。人工知能、量子コンピューティング、5Gや6G通信における最先端機能を融合することで、複数領域(マルチドメイン)での非常に精緻な運用がいよいよ実現可能になっている。しかし、20世紀後半のインド太平洋において、同盟とパートナーシップが多くの場所でその基盤を進化させていた頃、このようなテクノロジーと能力は想像の域にも達していなかった。だから、我々の安全保障パートナーシップおよび体制が十分であるかどうか、その妥当性を再評価することが不可欠だ。それによって、志を同じくするパートナーがテクノロジーと能力に簡単にアクセスして集団的安全保障と防衛力の強化に活かせるよう、その能力を育成する。それと同時に、悪意ある行動主体がテクノロジーと能力を開発し、利用することでもたらされる脅威を遮断するのだ。これまで継承されてきた体制を更新することでも、ある程度この取り組みを前進させることができるかもしれない。しかし、おそらくは、これらのテクノロジー分野と全領域における運用の要件に特化した新たなパートナーシップモデルが必要になるだろう。

グレーゾーン

今日インド太平洋地域では、脅威のスペクトルがその範囲を拡げて、同盟とパートナーシップの妥当性および有効性に挑んでいる。国家権力のさまざまな要素を関与させ、さらに民間セクター、非政府組織や犯罪集団まで強圧的に取り込み、これらを利用することで、中国のグレーゾーン戦術と多次元的脅威は、多くの場合、どのような重大な事案に対しても軍事力以上の影響を及ぼしている。以前にも増して、純粋に安全保障上または防衛上の問題である事例は稀になっている。とりわけ政治、外交、法律、経済、金融、テクノロジー、情報が考慮すべき対象として追加され、それらが混在し複雑性を増す場合ではなおさらである。しかし我々は依然として、歴史的にみて純粋かつ狭義の概念である安全保障や防衛に基礎を置いた同盟とパートナーシップに固執したままである。このパートナーシップの構造がどんなに精妙であっても、相互防衛または安全保障上の義務を引き起こすほど明確な「火煙を吹く銃」の存在を特定できない曖昧な状況では、麻痺状態に陥る危険がある。海上民兵が何回領海を侵犯したら、戦争に持ち込むべきだろうか?何人の政府高官や代議士が汚職によって操作されたときに、国家安全保障上の脅威として認識し、条約の規定を発動すべきだろうか?こうした麻痺状態が見込まれるならば、それに対処するためにパートナーシップの性質と適用範囲を見直す時期に来ている。1 発の弾丸も撃たずに事の勝敗が決するような現在進行中の戦略的競争について、その細かな点をパートナーシップに織り込むのだ。古い取り決めを変えて、パートナーにとって新しい、より効果的な構成を見つけることは不可欠である。

2021年9月、ニューヨークで国連総会に合わせて開かれた ASEAN 外相会議に参加するアントニー・ブリンケン(Antony Blinken)米国務長官(左)とルトノ・マルスディ(Retno Marsudi)インドネシア共和国外務大臣。AP通信

戦略的競争の問題はさておき、21世紀に入り、過酷さ、重大さ、複雑さが脅威となり、それによって特徴づけられるような未来がすでに姿を現している。しかも、それは既存の多国間協力メカニズムの能力を上回る。長く続く新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミック、および気候変動によって突き付けられる課題が、その典型的な例である。どちらもインド太平洋地域で不安を増大させていて、今後何年も続くことになるものだ。また、これらの事案は国際協力のメカニズムを過酷なまでに試してきた。その結果、優先順位に対応するためのオプションを揃えるよう、緊急の取り組みが求められている。たとえば新型コロナウイルス感染症では、個人用保護具の不足、ワクチンの研究、開発、配布などの問題に対処するために、さまざまな規模と範囲の準備・手配が要求された。気候変動に関しては、人道支援および災害救援における緊急の優先事項に役立つ、革新的なパートナーシップが続々と生まれている。これらのパートナーシップは今後もおそらく、各パートナーのレジリエンスを強化し、科学的、技術的、組織的なソリューションを模索しながら拡大していくであろう。同盟やパートナーシップの成熟とともに、前述された危機やその他の危機それぞれに特有の協力的な取り決めが広がる可能性がある。それは、ときに特定の目標や優先順位、期限に沿った臨機応変な取り決めとなるだろう。

2021年10月にホワイトハウスで開催された米国と ASEANの バーチャルサミットに出席するジョー・バイデン米大統領。AP通信

これまで以上にパートナーシップが重要

パートナーシップは、いつでも重要だった。ただし、現在そして将来にわたる安全保障のソリューションが必要とされることにより、今後はパートナーシップを締結する過程で、より厳しい要件や期待が盛り込まれるだろ面もあるだろう。AUKUSの例が示唆するように、アジリティ、スピード、インパクトを以て課題に毅然と対処するためにも、質的に深いレベルのコミットメントと統合が求められている。今後、当然ながら、パートナーシップによっては、相手の選別が厳しくなり、状況に応じてその内容が調整されるため、互いの利害に沿った、補完し合えるような、もう少し狭い範囲でのパートナーを集めることになる可能性があるが、これは懸念を引き起こすこともあり得る。たとえば、地域的および準地域的な多国間協調主義の支持者たちは、互いのコミットメントが希薄化することを恐れるかも知れない。だが、そのような懸念は見当違いだ。包括的かつ典型的な汎地域・準地域の協定を取り決める場は常にあり、これらへのコミットメントが低下する可能性は低い。とはいえ、緊急の課題やニーズを解決しようとして、まとまった国々がグループとしてスピードと敏捷性を持って行動できるようにするために、小さな協定の範囲が拡大することも間違いない。別次元の事柄を取り込むような少数国間の協定は、必ずしも同盟やパートナーシップ体制の価値を減じたり、棄損したりするものではない。実際、こうした協定は体制全体を強化しながら、地域の平和、安全、繁栄に対する願望をうまく実現する潜在的な力がある。

2021年12月、オーストラリアのメリッサ・プライス(Melissa Price)国防産業大臣(当時)はDefense NewsのAUKUSに関する解説で、オーストラリアの急速に悪化する戦略的環境こそ、この条約を後押しする大きな要因であるとした。インド太平洋のほとんどの国々は、戦略についてこのような悲観的見方を共有しているのかもしれない。同盟国、パートナー国、志を同じくする国々が、この厄介な状況に立ち向かうために、自らの即応態勢を再調査しないのであれば、それは怠慢とも言える。同盟とパートナーシップの取り決めの妥当性について、しっかりと再評価することを最優先事項にすべきである。戦略的競争を考えるとき、この質問をしてほしい。「同盟やパートナーシップに現在備わっているもので十分だろうか?」おそらく、次のような答えが返ってくるはずだ。「我々がすべきことはもっとある」

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