インド陸軍少将(退役)S・B・アスタナ(S B Asthana)
ジョー・バイデン(Joe Biden)米大統領との会談の間、習近平(Xi Jinping)中国共産党中央委員会総書記は、あたかも二極化した世界秩序が存在しているかのような印象を与えようとしていた。2021年11月に行われたこのオンライン首脳会談における習総書記の威勢のよい態度は、中国共産党第19期中央委員会第6回全体会議で、彼の信任に異議を唱える者がいなかったことによって活力を取り戻したからだろう。その一方で、世界の国々は引き続き、それぞれの多様な捉え方に基づいて 1 極、2 極、多極の世界秩序との間でバランスを取り直そうとしている。
国際社会が陸上、海上、空中、宇宙、サイバー空間の領域すべてにおいて現実的な対応方法を編み出さない限り、中国は、倫理的であれ非倫理的であれ、新型コロナウイルス感染症のパンデミックに付け込んだ措置を含む、あらゆる権力的手段を利用して世界の舞台で唯一の超大国となり、中国を中心としたインド太平洋地域を確立するだろう。
中国による多次元的脅威の定義
中国は、他国の主権下にある領土を段階的に侵略する戦略を採用している。この中国共産党の「積極的防衛」戦略は、中国沿岸から遠く離れた場所への中国海軍の進出を呼びかけた 2015年のホワイトペーパーで発表されている。その延長上に、インド太平洋で軍事拠点に転用された海洋人工構造物の建造がある。これは、他の国々が実施した「航行の自由」作戦や海軍による行動が、中国共産党による「ルールに基づく秩序の阻害」を十分に抑止できなかったことを証明している。中国は、歴史の一方的な解釈に基づいて、南シナ海と東シナ海、台湾などで領有権の主張を段階的に拡大してきた。インド北部ラダック地方における同様の侵略は、中国共産党が求めるのであれば、中国政府は他国と署名した合意や条約を破棄することを証明した。
フィリピンとの南シナ海での領有権紛争において、九段線に基づく中国の海洋権益主張には法的根拠がないと常設仲裁裁判所が判断したときも、中国共産党はこの判決を無視した。どのような国際機関がいかなる判決を下しても、中国共産党の戦略的利益に適わなければ、これを反故にすることが示されたのだ。いわゆる総合国力の拡大に伴い、中国共産党は戦闘のあらゆる領域で軍事力の強化を開始し、海軍を拡張してきた結果、すでに艦隊規模は世界最大となっている。また、2018年には中国中心の海警法が可決され、2016年には海上交通安全法が改正されるなど、国際秩序に挑戦するための措置を講じている。そのために、主張が重なる国々のグローバル・コモンズや排他的経済水域の利用と、インド太平洋地域で最も賑わう国際的な海上交通網(SLOC)へのアクセスが脅かされている。
マルチドメインでの戦闘能力を開発する過程で、中国共産党は設備と破壊的技術の両面において、宇宙戦においても急速な進歩を遂げた。また、中国共産党は従来型の戦闘能力を強化するとともに、2030 年までに核弾頭を約 1,000 個まで増やして核兵器を拡充する計画である。人工知能、量子コンピューティング、長距離軌道、超音速システム、サイバー能力を応用することで、その戦力倍増能力は脅威となるほど危険なものになっている。中国共産党の軍事ハードウェアの品質についてはこれまでも疑義が呈されてきたが、主に海賊版テクノロジーの利用やリバースエンジニアリングの結果によって実現したものとはいえ、潜在的な敵対者を抑えて、党の長期目標である「戦わずして勝利する」を達成するには十分である。
中国の戦闘能力構築で最も懸念される側面は、ノンキネティック(非動力学的)な戦争遂行能力の分野であり、これには兵力の物理的接触を最小限に留めながら、統率力のある方法で軍事力を行使することが含まれる。中国の経済、技術、デジタルの各分野での攻勢により、他の国々は中国への依存を一層深めるなか、その独立性が損なわれ、中国共産党の非倫理的な干渉に対しても反応を差し控えるようになっている。西側からの投資により、中国は世界的な製造拠点兼サプライヤーとなり、他の国々は中国にサプライチェーンを依存するようになった。そのため、中国に替わる融通の利くサプライチェーンと製造拠点が他に確保されない限り、個々の国は黙ったままで干渉に反応しないであろう。中国による経済的浸食がある一方で、中国共産党に歩調を合わせない国々に対しては経済的攻撃があり、これらは混在している。たとえば、オーストラリアがそうだ。中国共産党のデジタル技術を利用した攻撃は、以前よりターゲットが絞られており、細菌兵器を使った戦争遂行能力はすでに世界を震撼させている。
中国共産党が「3つの戦争」、つまり輿論戦(メディア / 世論戦)、心理戦、法律戦を戦略的に使用していることは、軍用ハードウェア、テクノロジー、演習、および意見の買収を通じて新たに獲得した戦闘能力にも見て取れる。この「3つの戦争」方針は、政治活動の盛んな民主主義国の選挙志向の強い層で足場を築きつつある。
中国の弱点
中国が投げかけている挑戦は相当に厳しいものだが、打ち勝つことができない訳でもない。それは中国も大きな弱みを抱えているからだ。その弱点のひとつが、インド太平洋のさまざまな難所を通過する長い海上交通網(SLOC)だ。中国は、さまざまな接続プロジェクトによってそのリスクを緩和しようとしてきた。たとえば、中国・パキスタン経済回廊、中国・ミャンマー経済回廊のほかに、中国の軍事施設や商業施設のネットワークを拡張するための全体的な戦略がある。これには、中国本土から東南アジアを横切り、アフリカの角にかけて広がる港湾や飛行場が含まれる。さらに、エネルギー供給を確保するために現地国との外交関係を発展させることを目指してきた。こうした経路の各結節点で、南シナ海、マラッカ海峡、インド洋を経由して中国本土とアラビア海、ペルシャ湾が結ばれている。近年、中国は経路をアフリカと中央アジアまで延ばそうとしているようだ。しかし、これらすべての結節点が逆に弱みとなる可能性がある。
一帯一路(OBOR)インフラ投資プロジェクトの多くが失敗に終わった後、中国経済には亀裂が生じている。不動産の経済バブルがはじけ、中国共産党の浄化政策「共同富裕」によって富の再分配が進み、資本家や投資家を震撼させた。新疆ウイグル自治区、チベット、香港などの地域で反対意見を潰そうとしたことで、中国共産党は統制を失うことを恐れていることが明らかになった。これは、国内の監視に予算を配分し、プロファイリングなどの手法を利用していることでもわかる。反対意見を抑えつけるために、中国共産党は国防よりも国内の治安維持により多くの金を費やしているのだ。中国によって突き付けられた課題に取り組む際に中心となるのが、中国の経済と海上交通網(SLOC)である。中国が経済的な成果を上げ続ける限り、中国人民は習近平独裁政権を容認し続けるからだ。しかし、経済的成功がなければ、中国の内にも外にも友人がほとんどいなくなる。人権侵害を取り上げることで中国共産党指導部に不快感を与えることができるかもしれないが、少なくとも今のところ、この問題は中国の戦略的脆弱性とまでなっていない。
民主主義国が結集することの必要性
中国は、自分達のガバナンス体制の方が民主主義より優れているという論説を広めようとしてきた。これは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックにおいて公衆衛生上の成果と経済回復の点で他より健闘したという主張に基づいている。中国の一帯一路構想は、世界的に中国の戦略的影響力を拡大したが、そのプロジェクトには多くの問題があり、多くの貧困国を持続不可能な債務構造に追い込み、より良い資金調達の代替手段がない状況下で、そうした主権国家の選択肢を狭めている。中国共産党の「無制限戦争」の概念を押し付けるために、中国は不動産を没収し、レアアース鉱物などの現地国の重要な鉱物資源を搾取して、将来の軍事利用が可能な軍民両用基地を世界中に建設し、国際金融システムを操作している。中国共産党はまた、多くの問題に関して民主主義国が結集できないことにますます自信を深めている。なぜなら民主主義国には、中国共産党にとって利用しやすい反対意見があり、反対するグループが存在するからだ。中国が投げかける課題は、意見を同じくする民主主義国が集団で対応するのに十分な大きさとなっている。
多国間・多次元の対応
最大の市場、最も繁忙な海上交通路のいくつか、そして膨大な潜在的天然資源を擁するインド太平洋地域は、将来の経済、貿易、および人口のハブである。世界の大国はすべて、この地域に向かっているように見える。と同時に、この地域は朝鮮半島、南シナ海、東シナ海、台湾などで、極めて危険な一触即発の状況が存在する。また、中国の影響力が最も大きくなりつつある場所でもある。中国の課題に対処するために、同様の考えを持つ民主主義諸国と地域のパートナーたちは互いの行動を相乗的に高める必要がある。習主席がASEAN加盟国に九段線を強制しようとし、中国共産党が世界のバランスを変えようとますます大胆になっているからだ。中国が保持する国連安保理常任理事国としての拒否権と、他の国連組織で拡大しつつあるその影響力を考えると、国連が中国の企てを阻止することはまず無理である。それ以外の多国間で課題ごとに運営されている組織は、中国共産党のキネティックおよびノンキネティックな戦闘機能も含めて、彼らの多次元的な脅威に対してセグメントごとに取り組まなければならない。
安全保障パートナーシップの拡がり
中国の脅威がどうであっても、世界の主要な大国が保有する潜在的な破壊力を考えると、直接的な軍事対決はどの国にとってもコストがかかり過ぎる。そのため、二国間および多国間でのグループ化が一層、その重要性を増している。クアッド(Quad)と呼ばれる日米豪印戦略対話、AUKUS(オーカス)として知られる豪英米間の新たな安全保障同盟、ファイブアイズ(FVEY)と呼ばれる豪加英米・ニュージーランドの各情報機関による同盟、およびNATOがそうしたグループに該当する。
中国の海上脅威に対抗するには、同じ考えを持つ民主主義国、戦略的パートナーおよび同盟国による多面的なアプローチを創造する必要がある。それにより、さまざまな海の難所で中国のSLOCを脅かし、中国人民解放軍海軍(PLAN)を中国東岸からできるだけ遠く離れた場所まで引き出すことができる。そうすればSLOCを防御しようとするPLANの守備範囲が伸びてしまい、東南アジア全体で中国の軍事施設や商業施設のネットワークに脆弱な箇所が生じるため、これを封鎖できる可能性が出てくる。
2021年3月の声明で日米豪印クアッドは、「民主主義の価値観に支えられ、強制的な制約のない」、自由で開かれた、包括的で健全なインド太平洋を唱えて、この地域の中心になろうとする中国共産党の野望に根本から挑んだ。クアッドが強調した航行の自由と飛行の自由が見過ごされることはなかった。中国共産党は、自国が自由で開かれたインド太平洋への脅威であると見なされていることをよくわかっている。
軍事的な集団ではないものの、クアッドはサイバー、宇宙、重要な技術、テロ対策、インフラストラクチャー、保健衛生など、対処すべき安全保障上の課題を共有している。たとえば、クアッド各国は、世界中で10億本の新型コロナ用ワクチンを提供するために協力し合っている。
インドの地理的位置は、大陸と海洋における中国の挑戦に世界的な対応を取るうえで非常に重要である。インドは国境線をめぐって中国と長期にわたって対立しているが、インド洋では中国の SLOC の最も脆弱な部分で優位に立ってもいる。インドの軍事力強化は、すべての領域で中国に力強く対応するために重要である。それゆえ、インドの軍備拡充に戦略的パートナーの協力が必要になっている。
オーストラリアはAUKUSを通じて、いずれ原子力潜水艦を入手する。そして、これがインド太平洋地域における中国拡張主義の鈍化に役立つ。同様に、米国とクアッド・プラス参加国が、中国の抑圧に苦慮するASEAN加盟国など、世界中で利害を共にする国々との協力に取り組むことで、良い方向へ一歩前進するだろう。中国が、このメッセージを聞き逃すわけはない。中国がその攻撃性を増長させ、世界の忍耐もここまでとなった場合、志を同じくする諸国間の軍事的相互運用性こそ、強力な抑止力となることが証明されるだろう。
それに加えて、クアッド始動による種々のイニシアチブに見られるような、中国から分離独立した代替可能なサプライチェーンと、貿易および技術のエコシステムを確立する必要がある。これらの仕組みは、他の経済的なパートナーシップによって補完することができる。たとえば、G7(7か国首脳会議)加盟の産業先進国で構成される「Build Back Better World(より良い世界再建)」、中国の一帯一路構想に対抗するための協力的取り組みとして豪日米によって設立された「Blue Dot Network(ブルー・ドット・ネットワーク)」と欧州連合(EU)の「Global Gateway(グローバル・ゲートウェイ)」プログラムがあり、これらは3,400憶米ドル(約45兆円)に相当する。
サイバー、宇宙、人工知能、超音速兵器、量子技術、海底開発、生物学的脅威、核拡大には、技術開発とその共有による世界規模の協調的対応が求められている。クアッドには、中国の冒険主義に対抗するための最も効果的ツールの 1 つとなる潜在的な力がある。一方で、しっかりとした組織構造を持つクアッド・プラスを拡大することは、強引な中国が突き付ける課題に対処する上で非常に重要である。