特集

歯止めが効かない 中国

攻撃的なローフェアでインドを攻撃

サロシュ・バナ(Sarosh Bana)

中国の新陸地国境法は、インドに対する軍事的脅威と立法上の最後通告を織り交ぜている。 

国境の「保護と利用」に関する中国初の法律は、中国の主権と領土保全が「神聖かつ侵すことのできないもの」であると定めている。同法は2021年10月の第13回全国人民代表大会で可決され、2022年初頭から施行された。この法律は、中国のローフェア(法律を武器とした戦争)における別の例であり、政権が攻撃的な外交や軍事政策を正当化するために国内法を整備するものである。

この法律は、アフガニスタン、ブータン、カザフスタン、キルギス、ラオス、モンゴル、ミャンマー、ネパール、北朝鮮、パキスタン、ロシア、タジキスタン、ベトナムを含む14ヵ国、中国の22,457キロメートルの国境に適用されるが、インドには選択的に影響を与える。これは、中国がこのうちの12ヵ国と国境を画定したと主張するもので、インド、中国とドクラム高原で三叉路を共有するヒマラヤの仏教国ブータンとの画定を進めているからである。 

この陸地国境法は、核武装した2つの大国間の敵対関係を激化させ、3,488キロメートルに及ぶヒマラヤ山脈の境界線、いわゆる「実効支配線(LAC)」に沿ってインドに迫り威嚇的な中国が一触即発の事態に舵を切った。 

インドと中国の国境にあるラダックのパンゴン・ツォ地区で掩体壕を解体する中国軍。 AP通信

中国共産党の人民解放軍に国境を越えたと認識される行為に対して武力報復を行う権限を与え、地方行政機関に国境開発プロジェクトの増加を許可する法律だとしてインドは懸念を表明している。インドの懸念に対して中国外務省の汪文斌副報道局長は、「中国政府は関係国が国際関係の規範を守り、中国の一般的な国内法に対する不当な憶測を控えることを望む」と述べた。 

中国政府は1993年、1996年、2013年の3回の国境合意にもかかわらず、インドとのほとんどの国境画定を争っている。2017年に中国はドクラムでインドと73日間に渡り対立し、これは、2020年5月に中国人民解放軍が北西部LACにあるインド連邦領ラダック東部の広大な土地を侵攻し占領するまでの数十年間で最も危機的な状況だった。また、両国間の本格的な戦争は1962年の1ヵ月間だけで、インドがラダックの一部と主張するアクサイチンという37,244平方キロメートルにわたる高地砂漠を中国人民解放軍が占拠した。2017年のドクラムでの小競り合いの後、中国人民解放軍は軍事インフラを建設し軍隊を恒久的に配備した。

中国は、陸地国境法を制定する数日前にブータンと「3段階のロードマップ」に合意し、477キロメートルの境界線をめぐり長期化した紛争を解決するための交渉を加速させることにした。中国はブータンの一部を領有しており、1951年に中国が併合したチベットとの国境を公式に認めておらず、境界を画定したことさえない。

2020年11月、中国はドクラムのインドと膠着状態にある場所からわずか9キロメートル、ブータン国内から2キロメートルの場所に村を建設した。1949年以来、インドと永久平和友好条約を結んでいるブータンが、2007年に更新した協定に基づきブータンが主張する地域に中国が道路を延長しようとしたことが対立の引き金となった。ブータンには約6万人のインド人が住み、さらに8千から1万人が毎日国境の町から約78万人が住むこの国に訪れて就労している。 

中国がインドとブータンの領土に侵入し、中国政府が実効支配線(LAC)を塗り替えようとする「サラミ・スライス戦略」の兆候であるとインドは懸念している。

南シナ海の陰影

陸地国境法は、中国が南シナ海での海洋権益を区分するいわゆる九段線の下で実施したのと同様の戦略で領土を支配するものである。フィリピンは、国連海洋法条約(UNCLOS)に基づきこの地域における中国の主張に対して異議を唱えた。2016年、オランダのハーグにある常設仲裁裁判所の法廷は中国の国境画定には法的根拠がなく、フィリピン政府の主権を侵害するとの判決を下した。その他、同様の被害を受けた東南アジアの数ヵ国は国連海洋法条約の裁定に胸をなでおろした。この仲裁は最終的な法的拘束力を持つと考えられていたが、中国側はその裁定をはねつけている。

米国や世界の多数の国は、2022年1月の米国国務省の『Limits in the Seas No.150』と題された研究に記載されているように、南シナ海や世界中の規則に基づく国際海洋秩序を支持し、中国の主張を拒否している。報告書は、「これらの海洋上の主張の全体的な効果は、中国が南シナ海の大部分の主権または何らかの形式の排他的管轄権を不法に主張することであり、これらの主張は、海洋における法の支配と条約に反映された普遍的に認められた多くの国際法の規定を著しく損なうものである」と結論付けている。

実効支配線における欺瞞戦争の一環として、民間人の居住地を軍用飛行場に、民間飛行場を中国人民解放軍基地に改装する「両用」国境村と施設を建設している。衛星画像は、実効支配線沿いの中国人民解放軍の部隊動員とともに、こうした動きを捉えている。中国はインドのウッタラーカンド州、アルナーチャル・プラデーシュ州、シッキム州との国境沿いに追加の戦線を広げている。

2020年5月にパンゴン・ツォ地区でインド兵と激しく衝突して以来、5万人の人民解放軍部隊が依然としてラダック東部の一部を占領しているため、インドも厳しい状況に置かれている。全長135キロメートルのパンゴンツォ湖北岸にあるチャンチェンモ川の突端に中国人民解放軍が陣取り、アクサイチンに隣接するガルワン渓谷全域を占領したことは、この地域に残る部隊を想定して考案された戦術であることを露呈している。

中国政府が国境侵犯に2020年夏を選んだのは、インドが新型コロナウイルス感染症のパンデミックによる経済的、政治的課題に取り組んでいた時期である。中国は、軍事的な弱点も見抜いていた可能性がある。 

2021年10月に第13回司令官級協議が決裂し、ラダック東部の懸案事項を解決できなかったことで、隣国間の緊張が再び高まった。中国人民解放軍西部戦線司令部の声明は、9時間弱の会談でインドが「不合理で非現実的」な要求をしていると非難した。インド軍は「会談の間、インド側は他の分野の問題解決に前向きな提案をしたが、中国側はそれらに同意していないようで今後の方針について何の提案もできなかった」と反論した。さらに、中国政府は、実効支配線の現状を変えるための「一方的な試み」は、地域の平和を回復するための講じざるを得なかった適切な措置だと付け加えている。

会談の前日、インド陸軍のナラヴァネ参謀長は、ラダック東部で大規模な軍拡を続ける中国人民解放軍に懸念を表明し、「彼らは留まるところを知らない」と述べた。「我々はこれらすべての動向を注視しているが、もし彼らがそこに留まるのであれば我々もそこに留まることになる」。

2021年末時点でも膠着状態が続き、荒涼としたヒマラヤの砂漠に戦略的な部隊が互いに対峙していた。

ラダック地方レーの山脈上空を飛行するインド戦闘機。 ロイター

高まる緊張

中国人民解放軍が2つの摩擦点である実効支配線沿いのホットスプリングスのパトロールポイント(PP) 15とラダックのゴーグラ・ポスト(Gogra Post)付近のPP17Aを占拠し続けている間にも、中国は国境を越えて大砲、防空壕、戦闘用ドローン、大型車両で武装した追加部隊を派遣している。その中には、2021年7月に実効支配線を横断し、2021年2月の非軍事化合意後に明け渡したカイラシュ山脈の陣地を再占領しようとする者もいれば、ガルワン川とパンゴンツォ付近の地点に移動する者もいるとされる。 

インドは、この問題に関するすべての軍事レベルの協議と外交交渉において、完全な離脱が行われる場合にのみ緊張緩和が可能であるという立場をとっている中国側は、インドが実効支配線を侵害することによって国境紛争を引き起こしていると非難することでその立場を貫いている。

中国には、実効支配線沿いのさまざまな摩擦点を強化することでインドを引きずり出そうとする意図があるようだ 。インドにはこの対立が戦争にエスカレートしないよう、慎重に行動する以外の選択肢はほとんどないように思われる。 

さらに中国政府は、2020年6月15日に中国人民解放軍がラダック東部で20人のインド兵を殺害し、1962年の中印戦争以来の致命的な小競り合いを起こした後のインドの反応に触発された。インド政府はその後、2020 年に「地図を変えるなら、アプリを規制する」と、中国発の267 個のアプリを禁止することで報復し、インドのソーシャルメディアにトレンドの自粛を促した。

中国側は、実効支配線での軍事インフラを精力的に整備しているが、インド国防省がレ・ロマ(Leh-Loma)道路に最近開通した「銃、戦車、その他の特殊装備を含む重火器システムの移動を妨げない」とする50メートルの橋になど、インドからの報復活動に対して反発している。 

中国の冒険主義は、2019年に標高4,000から5,000メートルを走る255キロメートルのダルブク・ショク・DBO道路を完成させ、ラダック東部1,147キロメートルの実効支配線沿いの接続性を向上させたインドに対する軽蔑が発端とも言える。この車道は、ラダックと中国新疆ウイグル自治区の境界にある標高5,540メートルの戦略的なカラコルム峠から南12キロメートルに位置するダウラト・ベグ・オルディーの世界最高頂における滑走路と軍事基地(インド)に通じている。7キロメートルほど北上すると、中国で最も過酷な人民解放軍駐屯地といわれる神仙湾がある。

インド国防省の国境道路公団は、中国との国境沿いに作戦上重要な道路を70本建設するほか、既存の道路の拡幅や強化、前線着陸地点、トンネル、橋の建設などを進めているとされる。

一方で中国は、1963年にパキスタンから不法割譲されたシャクスガム渓谷の5,163平方キロメートルの土地に、36キロメートルの道路を建設したが、この領土はインドが領土圏権を主張している。

インドと中国の国境沿いにあるラダックのパンゴン・ツォ湖から撤退する戦車。AP通信

ラダックでの争い 

中国は、インドが2019年に第370条と第35A条を破棄し、当時ラダックが属していた辺境のジャンムー・カシミール州を再編成したことに憤慨し、この問題を国連安保理に提議した。特に、中国はこの地域を戦略的に重要視しているため、ラダックの自治権の変更について特に強い憤りを示している。インドは、ラダックの新たな自治権は「内政問題」であり「インドの対外境界や中国との実効支配線には何の影響もない」と中国をはねつけた。しかし、中国外務省は声明を発表し、「最近のインド側の一方的な国内法改正は、中国の領土主権を損ない続けており、容認できないし、効果を持たない」と主張した。

また、アミット・シャー(Amit Shah)内務大臣がインド議会で次のように主張したことに中国政府は立腹している。「カシミール地方はインドの一部である。我々が言うジャンムー・カシミールは、ギルギット・バルティスタンを含むパキスタン占領下のカシミール(PoK)とアクサイチンが含まれていることを明確にしたい。疑いの余地は全くない。ジャンムー・カシミール全域はインド連邦にとって不可欠な領土である」  

ギルギット・バルティスタンは、中国からの600億ドル(約7兆円)に及ぶ融資で賄われている中国・パキスタン経済回廊(CPEC)に関連しており、中国の「一帯一路」の構想の旗艦となっている”→”重点地域だ。中国政府の立場からすれば、インドがPoKやギルギット・バルティスタンを占領しようとすれば、習近平氏が個人的な威信をかけるパキスタンのグワダル港を通じてインド洋へのアクセスを可能にする中パ経済回廊(CPEC)が弱体化することになる。インドは、中パ経済回廊がギルギット・バルティスタンを通過することで自国の領土主権を侵害すると主張している。

2021年10月中旬、シャー氏はインドの敵対勢力に対してインドの国境に「言い掛かり」をつけるなという厳しい警告を発し、そのような行為には、「インドによる相応の報復措置」で対応すると断言した。 

中国政府はこれを明らかに挑発的な発言だとした。全体として、インドに対する軍事攻勢は単なる戦術的なものではなく、長期的な目標の実現を目指す戦略的な意図がある。結局のところ、習近平氏が委員長を務める中国共産党の中央軍事委員会の最高指導部がPLAの動きを指示している。

新たな外交

米国のベテラン外交官であるニコラス・バーンズ(Nicholas Burns)氏は2021年10月に、インド太平洋における米国とインドの利害の一致は、中国がもたらす課題に関しての「大きな進歩となる」と指摘した。バーンス氏は、ジョー・バイデン米国大統領が指名した駐中国大使の承認公聴会で「ご存知のとおり、クリントン大統領以来すべての政権が取り組んできたことだが、インドという新たな安全保障上のパートナーができた」と述べた。「インドとアメリカの利害が一致していることは、インド太平洋の戦略上で大きな進歩を生む」

現アメリカインド太平洋軍司令官のジョン・C・アキリーノ(John C. Aquilino)氏は、米印の軍事関係が新たな頂点を迎える中、中国とインドの間の不信感は高まっていると、2021年3月に上院軍事委員会で行われた承認公聴会の中で述べた。CNBCが報じたところによると、彼は中国とのにらみ合いの中、北部の国境を守ろうとするインドの努力を称賛したとコメントした。

「中国とインドの間の不信感は最高潮に達している。実効支配線(LAC)の小競り合いによる二国間関係の断絶に加え、インドは『一帯一路』構想の一環 である中国の活動に深い疑念を持っている」 とアキリーノ氏は述べている。

「パキスタンのグワダルとスリランカのハンバントタ両方での中国の姿勢もインドの懸念材料だ。インド太平洋地域全体がそうであるように、インド洋地域における中国の透明性の欠如と不誠実な行動は、同地域の安定と安全を脅かしている」と、上院議員による承認公聴会の質問に対して用意した回答の中に記している。

最近の中国の活動はすべての国に脅威を与えており、インドと米国の協力関係を強化する必要性を強調していると述べた。CNBCの報道によると、「過去数年間にわたる有効協定の締結を機に、我々はより緊密に連携することができ、自由で開かれたインド太平洋を確保するためにこれまで以上に協力していきたい」と述べた上で、インドとの二国間および多国間関与の継続的拡大、注目される共同作戦、
上級レベルの取り組みの増加などを挙げた。

 中国からの軍事的脅威はインドにとって決定的なものとなっている。そこからどう抜け出すかが、最終的に国際社会における国家の立ち位置、安全保障に関する国際連合における国家の立ち位置を決めることになる。

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