ボイス連載記事

中国の困惑の種

初の日米豪印戦略対話首脳会談で中国に明確な姿勢を示す加盟 4 ヵ国

S・B・アスタナ(S B Asthana)退役少将/インド陸軍

通称「Quad(クアッド)」として知られる日米豪印戦略対話(4ヵ国戦略対話)加盟国が 2021 年 3 月に仮想形式で開催した首脳会談では、中華人民共和国(中国)が名指しされることはなかったものの、中国政府は困惑を隠し切れなかったようだ。中国共産党機関紙である人民日報傘下の「環球時報」の英語版 「グローバル・タイムズ(Global Times)」が報じたところでは、加盟国のオーストラリア、インド、日本、米国は同会議が開催される以前から 「中国の脅威」を過剰に批判してきたと中国は主張している。どうやら中国は「民主主義の価値観に支えられ、強制による制約のない」包摂的で健全かつ自由で開かれた地域を追求する日米豪印戦略対話の構想が、中国中心のインド太平洋を築くという大望な足枷になると考えたようだ。希望的観測として日米豪印戦略対話加盟国の結束力がまだ固まっていないとする見解を中国は再考すべきかもしれない。2021 年 9 月にホワイトハウス で初の対面首脳会議を開催した同加盟 4 ヵ国は、焦点を絞った 3 つの作業部会(WG)を設立 することで重要な目的達成に向けて協力 することで合意している。

一見無害の協議に潜む明確な意思表明

安全と繁栄の推進およびインド太平洋や他地域に対する脅威の打倒に向けて、国際法の下で法治に基づく自由で開かれた地域を確立する取り組 みについて、日米豪印戦略対話加盟国は全会一致 で合意したと表明した。しかし、世界的な注目を集めた議題は、相乗効果を狙ったワクチン製造 の共同パンデミック対策計画であった。加盟諸国 は日米豪の協力の下、インドを製造拠点として 2022 年までに新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)ワクチン10 億回分を製造すると 発表している。他2つの作業部会は重要な新興技術 と気候変動に焦点を当てている。

会議での協議は当たり障りのない内容に見 えるが、初の対面首脳会議が開催された背景には、 航行の自由と領空通過権に関連する問題や日米豪印 に対する中国の「攻撃」と「抑圧」に関する懸念があることに中国政府は感付いている。首脳会談中
に中国を名指しで批判した国はなかったものの、南シナ海の広大な海域の領有権を訴える中国の 主張を2016年に違法と判断した常設仲裁裁判所の裁定を無視して法治に基づく国際秩序を乱し、引き続きインド太平洋の島嶼諸国に対して強制力を行使していることは中国自体が心中密かに認識している事実である。同首脳会議を「選択的多国間主義」および「ワクチン政治」と批判した中国の反応には、世界的なワクチン協力体制が出現 したことで、中国が一方的に利益を貪るために 構想していた同様の計画が頓挫したことに対 する鬱憤が表れている。

首脳会議で日米豪印が協議した課題には、 サイバー空間、テロ対策、高品質なインフラ投資、 人道支援・災害救援(HADR)が含まれる。サイバー 攻撃や世界保健機関(WHO)の透明性の欠如 など、中には中国の関与が疑われる課題も存在 する。 

法治、航行の自由と領空通過権、民主主義の価値観、領土保全を支持する日米豪印の主張に対して不満を募らせた中国政府は、BRICs4 ヵ国 (ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)や上海協力機構にとってインドは「否定的な資産」で中国の善意を理解しない国として非難するなど、グローバル・タイムズ紙の記事を通じて宣伝の一斉攻撃を開始した。

2021 年 3 月、ニューデリーで新型コロナウイルス感染症ワクチンの接種を受けるナレンドラ・モディ(Narendra Modi)印首相 AP 通信社

問題と相違

中国が国際社会に訴えたいのは、団結した日米豪印の民主主義4ヵ国の間には大きな隔たりがあるということだ。しかし、戦略的同盟の発展に伴い、日米豪印はこうした相違の一部を克服したように見受けられる。インド太平洋内の多様な定義と重点分野に関しては合意できる面が増えている。インドはアフリカや湾岸諸国に達するインド洋だけなく、インド太平洋の他地域にも焦点を当てており、これは他の加盟国の日米豪すべてが引き続き注意を集中させている地域である。 

「通信互換性保護協定(COMCASA)」や 「基礎的な交換・協力協定(BECA)」など、米印が締結した重要な協定および合同海軍演習の実施により、北大西洋条約機構(NATO)軍事同盟の枠組内で活動する日米豪とインドの相互運用性が向上した。

日米豪印戦略対話加盟国の中で、数十年にもわたり緊張の根源となっている中国と国境を接しているのはインドのみである。中国は緊張と調和の間で中印関係を継続的に揺さぶるという手段で、躍起になって日米豪印戦略対話加盟国間の不安を煽ってきた。ドクラム高地とラダック地域という国境での軍事的対立が発生した後は、インドにとって中国が信頼できない相手であることが非常に明白となったことで、インドが自国の立場を比較的明確化するに至った。日米豪印の加盟4ヵ国と中国との経済的なもつれを解消するには、中国への依存を最小限に抑えた回復力あるサプライチェーン、デジタル、技術の生態系が必要となる。

同地域における ASEAN(東南アジア諸国連合)の求心性の推進に関する意見は日米豪印でほぼ一致してはいるものの、ASEANに対する中国の影響力を考えれば、これを 4 ヵ国戦略対話の考慮に含めるかどうかはまだ議論の余地がある。過去には世界大国が中国の無謀な主義に目を向けることを念頭に、中国の攻撃的行動に僅かながらも異議を訴えてきたASEAN 加盟国(フィリピン、ベトナム)も存在するが、これはほんの一部である。小国が中国の実力に一国で立ち向かうのは至難を極める。こうした時勢の流れにより、中国はますます大胆に南シナ海と地域への侵略を繰り返すようになった。中国は常に自国の勢力を有利に利用して、狙った相手を二国間取引に引き摺り込もうとする。中国はこのようにオーストラリア、インド、日本、米国にも個別に関与することで二国間での駆け引きを巧みに利用し、継続的に日米豪印戦略対話を弱体化させること狙っている。

日米豪印戦略対話発展の可能性

インド洋沿岸部を壊滅的な津波が襲った 「2004年スマトラ島沖地震」に関連する優れた人道支援・災害救援により日米豪印の結束が強化されたことが日米豪印戦略対話の設立に繋がった。年次合同海軍演習 「マラバール(Malabar)」により、海賊対策
や人道支援・災害救援などの海事任務における4ヵ国の相互運用性に対する感覚も高まっている。日米豪印は「人間、物資、資本、知識が自由に流れる」透明な開けた同盟関係構築に取り組んでいると自負している。 

加盟 4 ヵ国はこの同盟がインド太平洋における中国の冒険主義を抑制する役割を負っていること、また合同軍事力として機能する可能性については公式に認めていない。実際、日米豪印戦略対話は特定国を標的としないという観点から外交関係の姿勢を貫いている。

南シナ海と東シナ海に向けて強化されている中国の侵略戦略およびラダック地域における中印国境紛争は、排他的経済水域 (EEZ)の重複や紛争が続く国境から直接的な影響を受ける諸国だけでなく、世界諸国にとっても深刻な懸念事項である。中国は継続的に礁を埋め立てて建設した複数の人工島を軍事化し、それを島として認めることを他諸国に強制するだけでなく 「国連海洋法条約(海洋法に関する国際連合条約/UNCLOS)」を曲解して人工島の基線から 200 海里内を自国の排他的経済水域と主張するという策略を通して、長年をかけて南シナ海を 「中国の湖」に変えてきた。 

中国のこうした侵略行動により、世界の海上交通路に沿った航行の自由と領空通過権が脅かされ延いては南シナ海に防空識別圏(ADIZ)が設定される危険性がある。航行の自由と領空通過権の制限や法治に反する行動が発生した場合は、それがいかなる国によるものであったとしても、日米豪印戦略対話の支持の下で国際連合安全保障理事会(国連安保理)が検討の対象とすべきである。

「自由で開かれたインド太平洋」構想を規則に基づく法的枠組として実装する必要がある。加盟国の中で米国を除く他 3 ヵ国が国連海洋法条約を批准している。道徳的な意義を高めるためには、米国も同条約を批准する必要がある。中国は米国などの 他国が軍事力を行使して南シナ海の中国 インフラを解体するような真似 はしないとほぼ確信している。 

中国はまた、前例のないペースで 海軍能力も増強している。この観点から、日米豪印はマラバール演習以外にも 4 ヵ国の力を強化する措置を講じて海洋統制力の構築、さらなる相互運用性の改善、中国に関して注意を要する重要な海洋水路で 優位性を維持する能力の向上という 形態で関与を続けていく必要がある。 日米豪印戦略対話は軍事同盟 ではないことから、これを発展 させるには正式な組織と事務局が必要となる。

インド・ラダック地方の中印国境の峠を通過するインド陸軍護衛隊。日米豪印戦略対話加盟国の中で、中国と国境を接しているのはインドのみである。AFP/GETTY IMAGES

日米豪印戦略対話の推進に向けて

新型コロナウイルス感染症ワクチン政策に関しては、インドを製造拠点としてオーストラリアの兵站支援により、日本と米国が資金を提供する。日米豪印が協同して医療、科学、金融、製造、重要な新興技術、開発能力に取り組むという姿勢は、正しい方向に向けた第一歩と考えられる。革新技術の共有と気候変動の課題に対する能力開発もまた、人類の利益に繋がる。これが実現すれば、こうした対策により明らかに 日米豪印戦略対話が効果的に組織化される。

中国が勢力拡大に注力する中、加盟 4 ヵ国も引き続きインド太平洋における航行の自由の推進に取り組み軍事演習を続けていかなければならない。「航行の自由」作戦として多くの軍艦が航行する海域では、艦船同士の偶発的な紛争が発生する可能性がある。そのため、戦略的状況が悪化した場合は、こうした紛争の誘発を防止するために、いわゆる国連の軍事監視団を派遣する必要性が生じるかもしれない。

経済の重心がインド太平洋に移行し、同地域が世界の製造拠点になりつつある状況の中で多くの諸国が日米豪印戦略対話への関与を望んでいる。加盟 4 ヵ国は同盟拡大の意図を示してはいないが、この現状を踏まえ日米豪印は高い柔軟性をもって志を 同じくする民主主義国を組み込むことに目を向ける必要がある。フランス、ドイツ、英国などの北大西洋条約機構加盟国の海軍からの支援があれば、平和破壊国をより良好に阻止できるであろう。現時点の日米豪印戦略対話の形態は中国の冒険主義を抑制するようには構成されていないかもしれないが、最も効果的な対中手段の1 つとして今後発展する可能性がある。日米豪印戦略対話がたとえ中国を名指ししなくても、中国の反応を見れば中国がこの同盟を警戒していることは明らかである。

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