「自由で開かれたインド太平洋」に向けた日本のビジョン

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統合幕僚長 陸将 山崎幸二 は安全保障への多国間アプローチを強調する
本誌は、2021 年 4 月 30 日に真珠湾で開催された米インド太平洋軍(USINDOPACOM)
司令官交代式の後、ハワイのホノルルで日本国自衛隊の山崎幸二統合幕僚長に
インタビューを申し入れた。山崎統合幕僚長は 2019 年 4 月から自衛隊の統合幕僚長に就任しており、就任前の 2017 年 8 月から 2019 年 3 月まで陸上自衛隊の陸上幕僚長を務めた。
1983 年、土木工学の学位を手に防衛大学校を卒業した後、施設科職種でのキャリアをスタートさせた山崎統合幕僚長は、2003 年に陸上幕僚監部人事部補任課人事第1 班長、2006 年に陸上自衛隊研究本部で勤務した後、陸上幕僚監部装備部装備計画課長として勤務、2008 年に第 4 施設団長として施設科の要職を務めた。
陸自のレンジャー課程も修了しており、2005 年にワシントン D.C. の国防大学 で学んだほか、2010 年に西部方面総監部幕僚副長、2012 年に陸上幕僚監部人事部長、 2014 年 8 月に第 9 師団長、2015 年に統合幕僚副長、2016 年に北部方面総監を歴任した。
インド太平洋地域における最重要課題は何 でしょうか?
日本は地政学的に中国、北朝鮮、ロシアに面 しており、これらの日本を取り囲む軍事大国は 軍の近代化を進め、また軍事活動も活発化 させています。
国内に目を向けると、東京直下地震や南海トラフ 大地震(本州南西部に至る南海トラフ下断層が引き起こす地震)、豪雨・洪水・火山噴火などの 自然災害による脅威が想定されています。
こうした状況に効果的に対応するため、2006年に自衛隊は統合運用を開始するに至りました。私が最大限努力し成し遂げようとしてきたことは、第一に日本の統合運用態勢の強化、第二に日米同盟の強化です。日米同盟はインド太平洋地域の平和と安全、そして繁栄の礎です。日米の訓練・演習を通じて両国の相互運用性を強化し、統合運用態勢及び抑止力・対処力をより一層強化するための態勢を整備してきました。
また日本は「自由で開かれたインド太平洋」構想を掲げており、このビジョンの実現のために自衛隊は自らの立場から日米の連携・交流を強化するだけでなく、統合訓練・演習のための二国間及び多国間の枠組みを構築するために最大限の努力を払 ってきました。
以上をまとめると、私が最大限の努力を傾注 するとともに焦点を当てて取り組んできたのは、統合運用態勢の強化、共同連携と相互運用性という観点からの日米同盟の強化、そして自由で開かれたインド太平洋構想の実現です。
地域の安全保障問題について、多国間連携が重要だと思いますか?
私は、自由、民主主義、人権、法の支配などの共通の価値観を持つ国々との連携と協力は非常に重要 であると強く信じています。したがって先に述 べたように、多国間連携は非常に重要であり、日本、米国及びオーストラリアによる連携の枠組みにインド を加え、日米豪印クアッド(Quad)を形成したことは極めて重要です。また、アジアの一員として ASEAN (東南アジア諸国連合)加盟国との連携も非常に重要であり、加えて英国やフランスなど、地域外に位置しながらも価値観を共有する国々との関係も重要 となっていますので、これらの国々との連携もここに強調させていただきます。
自衛隊は、日本、米国、オーストラリア、インド、 ASEAN 加盟国との二国間及び多国間の演習及び交流の実施を強力に推進してきました。引き続き、これらの活動に取り組んでまいります。先日、英国は空母クイーン・エリザベス(HMS Queen Elizabeth)を中心とする英国空母打撃群 2021 (CSG 21)を派遣することを発表し、日本への寄港も発表しました。
空母クイーン・エリザベスの派遣と予定されている日本訪問を心から歓迎いたします。
これを機会に、日英米及びその他の国々との関係を多国間の観点から強化していきたいと考 えております。
日本の安全保障において最大の懸念事項は何 ですか?
日本はいくつかの懸念と脅威を抱えていますが、差し迫った脅威は北朝鮮が掲げる核兵器及び弾道ミサイル開発計画です。北朝鮮の核・ミサイル 開発計画による脅威を緩和するため、国連安全保障 理事会決議が明記する完全、検証可能かつ不可逆的な放棄(complete, verifiable and irreversible dismantlement、略称CVID)、または核兵器 やあらゆる射程の弾道ミサイルを含む大量破壊兵器の押収を実現する必要があります。
次に脅威として挙げられるのは中国です。中国は軍の近代化とともに軍事活動を活発化 させるとともに、法律戦を実施しています。昨今制定 された中国海警法がその一例です。統計的事実として、中国は 1990 年から 30 年間で国防予算を 44 倍に増額させており、2010 年と比べても 防衛予算は2.4 倍に増大しています。活発な中国の軍事活動は、南シナ海と東シナ海だけでなく日本海と西太平洋でも確認されています。
こうした中国の活動は既存の国際秩序とは相容れないものです。中国の活動や振る舞いは既存のルールに基づく国際秩序を無視した一方的な力 による現状変更であり、日本固有の領土である 尖閣諸島をめぐる問題では、1992 年に中国領海法を制定すると共にこれらの島々が中国の領土であると主張しました。
2021 年 2 月現在に至っては中国海警法も施行 されており、この法律には、中国が管轄水域と呼ぶ地域において権利の行使を認める条項や、武器の使用に関する条項のように、国際的な法と秩序に整合しない曖昧な規定があります。
こうした問題は日本だけでなく世界にとっても非常に重要です。
力による一方的な現状変更の試みは、我々には絶対に受け入れられないものです。
日本は自衛隊をどのように近代化していますか?
これら力による一方的な現状変更の試みに対抗 して、日本は毅然とした態度で領海・領空を含む領土の一体性の防衛に取組み、自国の抑止力強化に努めています。自衛隊は、防衛計画の大綱に基づく中期防衛力整備計画により宇宙、サイバー、電磁スペクトラムを含むすべての領域に対処できるマルチ/クロスドメイン(領域横断として知られている)防衛力を構築する計画を保持しています。
また各陸海空の構成部隊レベルでは、領域横断作戦能力の向上に向けて各部隊が独自の取り組 みを行っています。我が国独自の防衛力を高める努力に加えて、日米間の相互運用性を向上させることも重要です。2020 年に日米の主要な共同統合実動演習であるキーンソード演習を通じて得た 成果は、両国が成し遂げた象徴的な取り組みです。 米軍と自衛隊の双方から 40,000 人以上の人員が、陸海空の演習及び訓練、水陸両用作戦および宇宙状況把握型マルチ/クロスドメイン訓練に参加しました。
あらゆる状況おいて、あらゆる可能性に適切に対応するために、我々は統合運用能力と日米共同作戦能力を強化しています。
陸上自衛隊においては、南西諸島の防衛態勢を強化するため、昨今、与那国島、宮古島、 奄美諸島に地上部隊を擁する駐屯地・基地を新設しました。また、陸と海で作戦を実行するために水陸両用部隊を新編するとともに、これらの島々に駐屯する部隊の兵站を提供するための能力を 向上させました。
海上自衛隊内では、最大規模の多目的護衛艦である「いずも」と「かが」を改修して F-35B の配備を可能とする予定です。航空自衛隊ではF-35A/B の配備計画を進めています。また、弾道ミサイル防衛力を強化するため、イージスシステムを搭載する艦の建造を計画しています。
さらに、新領域であるサイバー、宇宙だけでなく、電磁スペクトラムを含め新たな部隊を新編しています。
東南アジアにおける各国軍との連携をどう捉 えていますか?
先に述べたように、「自由で開かれたインド太平洋」構想を実現するためには ASEAN 加盟国である ベトナムやフィリピンといった国々と連携 することが非常に重要です。日米同盟は両国 にとって極めて重要ですが、この地域の防衛協力を強化するため、多国間での一連の取り組みや 訓練の中で、他の ASEAN 加盟国にとっても 中核的な役割を果たすものです。
日本周辺は非常に厳しい安全保障環境にあり、そのような状況下で日本は自国の防衛態勢及び 能力を強化しなければなりません。2021 年に ジョー・バイデン米大統領政権が発足した後、 3 月 16 日には同政権にとって初の外務・防衛の 閣僚協議「2 プラス 2」が日本で開催され、その1 ヵ月後の 4 月 16 日には菅義偉首相とバイデン 米大統領がワシントン D.C. で日米首脳会談を 行い、日米同盟がインド太平洋地域の平和、 安全及び繁栄の礎であることを再確認 しました。
軍事面でこうした日米同盟の価値観の基盤を構築してきたのは我々です。そのため日米の 2 プラス2閣僚会議と首脳会談の後、私の米国 におけるカウンターパートである統合参謀本部議長マーク・A・ミリー(Mark A. Milley)陸軍大将、 前インド太平洋軍司令官フィリップ・S・ デービッドソン(Philip S. Davidson)海軍大将、そして新インド太平洋軍司令官ジョン・C・アクイリーノ(John C. Aquilino)海軍大将と 直接対面で会談できたことは非常に大きな意義 があることでした。
自由で開かれたインド太平洋構想を達成 するにあたり、現在の非常に相互依存的な世界 において、単一の国が地域の平和と安全を実現 することはできません。したがって日本は、 価値観を共有する国々と協力してこの目標の達成に取り組んでいく所存です。