特集

中国の包囲網を 打ち破る

新たなパートナーに期待を寄せるインド、防衛協定 を深化させ中国の侵略に対抗を図る。

サロシュ・バナ(Sarosh Bana)

中国は、インドに最も近い同盟国であるブータンを脅かすことで近隣諸国のバングラデシュ、ビルマ、モルディブ、ネパール、パキスタン、スリランカに影響力を及ぼそうと働きかけている。本稿はそのような中国の積極的なアウトリーチへの対処法を紹介する。

2020 年半ば、中国人民解放軍が印中を分断する実効支配線(LAC)の西側・ラダック東部の約 1,000平方キロメートルにわたる地域の制圧を試みた際、インド側は強大な軍事力を保持しているのにもかかわらず自制的な対応を行うにとどまった。中国の計算は正しかったようだ。

中国は侵攻に際して推定 6 万人の兵力を配備し、インドへ侵略願望があることを印象付けた。これは1962 年に同地域をめぐって勃発した1ヵ月戦争以来、両国間で最も緊張が高まった瞬間である。この紛争の後、中華人民共和国はブータンとほぼ同じ大きさである38,000 平方キロメートルの高地にある砂漠地帯・アクサイ・チンを奪取した。同地域はインドが同国の連邦直轄領であるラダックの一部であると主張している。中国はさらに、インド北東部、実効支配線の東沿いに位置するアルナーチャル・プラデーシュ州内の 83,743平方キロメートルにわたる地域の領有も主張した。両国は長い間、3個所に存在する実効支配線の長さおよび位置をめぐって対立してきた。実際問題として、中国人労働者は人民解放軍の支援を受け、アルナーチャルに侵入しチベットとの国境沿いに位置する上スバンシリ地区の洛河(らくが)川のほとりに村を建設している。インド外務省はこの動きを認め、「実効支配線沿い」で村の建設が行われていることを認識していると述べた。これは一般的に中国が紛争中の前哨地域に民間人居住区を建設することで、同地域に対する中国の主張を支持する動きとみなされている。中国政府は、中国はアルナーチャルをインド領として「認識したことはない」ために、侵攻に対する「非難は的外れだ」と反論している。

ラダック東部における押し問答が沈静化するなか、中華人民共和国は再び攻勢に出ている。今度はアルナーチャルからブータンを挟んで広がるインドの小さな北部州・シッキムが舞台だ。2021 年 1 月 20 日にシッキム州のナクラに位置する実効支配線で中国軍がインド軍兵士と衝突した。これはインド陸軍が「軽微な対決」と表現した事件である。同様の事件は 2020 年 5 月にも発生している。

2020 年が終わりに近づくころには、インドは中国が東ラダックに関して最低でも現状維持にとどまると望んでいた。海抜 3,000 メートルの荒涼とした国境地帯では兵士たちにも疲労が蓄積している。この地域では厳冬期には気温がマイナス 45 度以下にまで下がることもあり精神的・身体的持久力の限界が試されている。

そうしたなか行われた 2021 年 2 月の印中間の第 9 回軍事レベル会談では、ラダック東部のパンゴン湖の北岸と南岸からの離脱に関して双方が合意に至ったことで、インド政府はひとまず安堵することとなった。ラジナート・シン(Rajnath Singh)国防相は 2 月 11 日、 「実効支配線沿いの紛争地点からの離脱を確実
にするために、現在隣接して配置されている双方の兵士は、2020 年の前進地点から撤退するとともに認められた常設基地に戻るべきだというのが私たちの見解だ」とインドの議会に伝えた。

パンゴン湖では離脱が順調に進んだが、デプサン平原、ゴグラ高原、ホットスプリングスなどの他の地域では膠着状態の解決に時間を要していた。

両国家が対話と交渉の勢いを維持し、前線部隊の行動を制御し、印中国境西部の実効支配線沿いの情勢を安定させることでお互いが協力して平和の維持に
努めることで合意したのは心躍らせる事実である。

戦争を回避しつつ中国の侵略を抑えるために、インドはオーストラリア、日本、米国との 4 ヵ国間安全保障対話(Quad)などの新たな関係を強化する試みに着手するかもしれない。同地域の諸外国とその他の国との防衛協定を成熟させることで、インドの安全保障上の取り組みは進展を見せる可能性がある。

中国政府が軍事的挑発に出たのは、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが経済的にも政治的にもインドを圧迫する隙を狙ってのことだった。一方、中国の武漢を起源とすると広く信じられているコロナウイルスの扱いに対して世界から非難の矛先が向けられる中、中国がそうした声に惑わされることはほとんどなかった。中国はその経済的・軍事的パワーを背景に、自身の外交政策を押し進めることを狙っていたのだ。

国境で高まる緊張

1950 年の中国によるチベット侵攻・翌年の併合をもって、中国の領土はインドと国境を接することになり、世界で 2 番目に人口の多いインドに脅威を与え続けている。実効支配線沿いの平和と安定の維持をめぐって1993 年、1996 年、2013 年の 3 度にわたり合意に至ったにもかかわらず、中国政府は一貫して国境画定に異議を唱えてきた。1980 年代から 2020 年のラダック東部への強行進出に至るまで、中国はラダックへの複数の侵入経路を通じて累計 640 平方キロメートルの土地を徐々に占領してきた。

中国の同盟国であり関係が深いパキスタンもインドとの国境紛争を抱えている。1947 年のインド・パキスタン分離独立を含め、1965 年、1971 年、1999 年の 4度にわたり両国は戦争を繰り広げてきた。1971 年に勃発した戦争では、東パキスタンがバングラデシュとして独立を果たすという事態も引き起こしている。

インドはバングラデシュと4,097 キロメートル、パキスタンと 3,323 キロメートル、ネパールと1,751キロメートル、ビルマと 1,643 キロメートル、ブータン
と699 キロメートル、アフガニスタンと 106 キロメートルの国境を接している。

中国はバングラデシュ、ビルマ、モルディブ、パキスタン、スリランカにわたる一連の港湾を開発することで意図的に勢力圏を拡大しており、これは本質的にインドを不安定な状態に追い込む動きである。外国の軍事専門家はこの計画を「真珠の紐(String of Pearls)」戦略と呼んでいる。中国はパキスタンのバルーチスターンにグワダル港を建設した。同港は両国が「パキスタンと中国の友好の偉大な記念碑(great monument of Pakistan-China friendship)」と呼ぶ460 億米ドル(約4兆6000億円)規模のプロジェクト・CPEC(中国パキスタン経済回廊)を介して中国の新疆ウイグル自治区西部にあるカシュガルと結ばれている。

略奪的貸付

CPEC は、中国が主導し 70 ヵ国が参加する1兆米ドル (約 100 兆円)規模のインフラプロジェクト・一帯一路戦略(OBOR)に先鞭をつけるものだ。中国政府は、一帯一路戦略の一環として財政的に持続不可能なプロジェクトに向けて略奪的貸付を行なっているが、これは返済の不履行に対する補償として整備されるインフラストラクチャを掌握するためである。

中国政府は一帯一路戦略は商業的なイニシアチブであると主張しているが、海軍基地が裏アジェンダの中心に据えられているようだ。グワダルは、中国にインド西海岸のアラビア海、インド洋、ペルシャ湾、オマーン湾、アデン湾への海上玄関口を提供する。インドは CPEC に反対している。同プロジェクトはインドが実効支配を訴えるギルギット・バルティスタンとパキスタン領カシミールを横切からである。CPEC 合意に基づき、パキスタンは債務返済と配当を通じて 20年間で400億米ドル(約 4 兆円)を中国に支払う義務がある。

2020 年 10 月、4 ヵ国戦略対話の会合に参加するインドのスブラマニヤム・ジャイシャンカル外相(右)と日本の 茂木敏充外相。『ロイター通 (REUTERS)』

中国政府はまた、軍事力を背景に一帯一路戦略の誘致を強化している。2017 年、イスラマバードは中国から 041 型 (元型)攻撃型潜水艦を4隻購入し、さらに 4 隻を港湾都市カラチで組み立てるために中国に技術移転を申し入れした。その契約額は 50 億米ドル(約 5000 億円)と推定されている。2023 年までに最初の 4 隻が、2028 年までに残りの 4 隻が納入されパキスタンの沖合い核戦力第二次攻撃トライアド (offshore nuclear second-strike triad)の中核を形成する
予定である。また同じく2017 年、バングラデシュは 2 億400 万米ドル(約 204 億円)相当の中国製の 035 型(明型)潜水艦 2 隻を購入している。

二重の用途

バングラデシュ軍には中国製の戦車、フリゲート、戦闘機も配備されており、バングラデシュ兵士は中国で定期的に訓練に参加している。両国は戦略的パートナーシップを結んでおり、2016 年の習近平主席のダッカ訪問時にバングラデシュは正式に一帯一路戦略に加盟した。

その後、中国出資のもとで行われるバングラデシュ国内の 27 の一帯一路戦略インフラプロジェクトのうち、71 億米ドル(約 7,100 億円)相当の 9 つのプロジェクトの作業が進んでいる。中国政府はまた、バングラデシュの輸入品の 97% に対してゼロ関税政策を宣言した。中国はバングラデシュに約 300 億米ドル(約 3 兆円)の資金援助を約束しており、これはインドの 100億米ドル(約 1 兆円)の開発援助拠出を上回るものだ。

バングラデシュはまた、中国と水資源管理に関する10 億米ドル(約 100 億円)の合意を結んでおり、これはインドとティスタ川(インドから流れる同国で 4 番目に長い川)をめぐる水資源共有協定の締結に失敗した後のことだ。中国はバングラデシュ最大の貿易相手国であり、貿易額は 180 億米ドル(1 兆 8,000 億円)に達する。インドとバングラデシュの貿易額はその下を行く約 95 億米ドル(約 9,500 億円)だ。

2014 年に中国はバングラデシュのソナディアに港を建設する契約を成立させたものの、インドの東海岸にあるベンガル湾での存在感を高めるための代替地を新たにビルマで見つけている。2020 年 1 月のビルマ訪問で習近平国家主席は、第1段階で 13 億米ドル (1,300 億円)を投資する経済特区深海港湾プロジェクト (Kyaukpyu Special Economic Zone Deep – Sea Port Project)の契約を締結した。

北部でバングラデシュと国境を接するラカイン州西部の港湾は、ベンガル湾に接することになる。インドは、ベンガル湾を通した向かい側にあるヴィシャカパトナムの東インド海軍司令部近くにプロジェクト・ヴァーシャ (Project Varsha )と呼ばれる原子力潜水艦基地を開発している。チャウピューは紛争時には軍事施設としても使われる可能性がある。このプロジェクトの初期費用70 億米ドル(約 7,000 億円)は、負債の陥るのではないかというビルマ側からの懸念により削減されることとなった。他の主な中国が支援するインフラプロジェクトは、ヤンゴンの新都市開発と中国・ビルマ国境経済協力圏の構築である。中国には、インドの離島であるアンダマン・ニコバル諸島の近くに位置するココ諸島内の基地で海軍諜報部隊を運用している疑いがかけられている。

南ハンバントタ港開発契約をめぐっては、スリランカが 2017 年に中国に対して 11 億米ドル(約 1,100 億円)を超える支払いの工面に苦心しているとき、中国政府は 99 年間のリース契約を提示してこの戦略的に重要な港湾を獲得している。中国は沿岸部の存在感を強化するために、人民解放軍の海軍基地としてこの港湾を使用し、将来的にはグワダルにも手を伸ばすかもしれない。

中国の進出はハンバントタにとどまらず、南アジアで最大規模のコンテナターミナルであるコロンボ港にもおよんでいる。スリランカに対して行われた中国最大規模の外国直接投資では、国営の中国交通建設(China Communications Construction Co .)傘下の中国港湾工程社(China Harbour Engineering Co .)が、海を埋め立てて捻出した 660 エーカー(約 2.6キロメートル)の敷地に 14 億米ドル(約 1,400 億円)規模のコロンボ国際金融都市(Colombo International
Financial City)を建設しているという。この「都市の中の都市」は、シンガポールやドバイに対抗し、島国スリランカの経済や海上貿易を促進する主要な金融拠点になることが期待されている。中国はまた、敷地内に 3 棟の 60 階建て建物を建設するために10億米ドル
(約 1,000 億円)を投資している。

インドは、同国のラダック地方にあるインダス川とザンスカール川の合流地点を通る高速道路を建設中だ。『ロイター通信(REUTERS)』

モルディブ諸島に関して、インドは 2016 年に中国企業が 400 万米ドル(約4億円)で 50 年間のリース契約を締結したフェードゥ・フィノール島が、将来的に38,000 平方メートルから 100,000 平方メートルへと拡張される可能性を恐れている。同島は、中国により原子力潜水艦基地として用いられる可能性があり、このインド洋の戦略的領域におけるインド海軍の動きを追跡するための通信傍受ステーションの設立につながる懸念がある。モルディブは、インド最南端
のカニャクマリからわずか 623 キロメートルに位置する国である。中国は「主権国家として当然の権利」として、南シナ海の人工島(スプラトリー諸島の7島、パラセル諸島の 20 島)を同様に軍事化している。また、年間収入が約 17 億米ドル(約 1,700 億円)、国内総生産が 40億米ドル(約 4,000 億円)の島国モルディブにとって、15 億米ドル(約 1,500 億円)の負債は大きな負担だ。

「パッケージ・ソリューション」

近年、中国は内陸の仏教王国ブータンに浸透してきている。最も緊張が高まった 2020 年 11 月の人民解放軍による国境侵犯の際は、ドクラム高原に沿って直線的な住宅団地を建設していることが衛星画像によって示された。この高原は両国がインドと国境を共有する三国間の係争地帯に位置しており、2017 年には 73 日間にわたって中国とインドの間で緊迫した状態が続いていた。その後に発表それた画像は新しい集落と並んで弾薬庫が建設されていたことを示している。

国境侵犯に先立ち、中国はブータンとの国境紛争に対する「パッケージ・ソリューション(解決案)」を発表した。これは、ドクラムを含む西側の紛争地域、およびサクテン森林保護区にまたがるブータンの東側の境界線と引き換えに、北側の係争地域をブータンに割譲するという 1996 年の提案に遡るものであった。インドにとって、ブータンはこの地域で最も強固な同盟関係にある国であるが、1949 年と 2007 年のインド・ブータン友好条約には明確な防衛条項は存在しない。

ドクラムの北にあるチベットのチュンビ渓谷、南にあるインドのシリグリ回廊と同様に、ドクラムはこの地域において中国の覇権を左右する鍵を握っている。ドクラムは「チキンの首(Chicken’s Neck)」としても知られ、幅 22 キロメートル、全長 60 キロメートルにわたってインド本土と(バングラデシュ、ブータン、ビルマ、中国のチベット自治区と隣接する)隔離した 8 つの北東部の州を結んでいる。大胆な前進を見せることによって、中国はこの回廊を分断することができる。

中国に対抗する動き

中国の影響力浸透戦略を認識したインドは親善訪問を強化し、2020 年 11 月には近隣諸国に 3 人の高官を派遣している。外務大臣のスブラマニヤム・ジャイシャンカルはバーレーンとアラブ首長国連邦を訪問した後にセーシェル共和国に赴いた。さらにアジット・ドバル国家安全保障補佐官はスリランカ指導部と会合し、ハーシュ・シュリングラ外務長官はバングラデシュとモルディブを訪問した後、ネパールを訪問している。

インドにとっては時間との戦いかもしれないが、金で隣国に対する影響力を持とうとする中国の試みに対抗し続けなければならない。近隣諸国に対する中国の一帯一路戦略誘致に代わる経済的および軍事的な代替手段の提供に加えて、インドはアナリストが日増しに重要性を訴える 4 ヵ国間安全保障対話(Quad)にも目を向けるべきだ。4ヵ国間安全保障対話加盟国が足並みを揃えれば、インドの近隣諸国に提示された中国の債務地獄プロジェクトの代替案として、財政的に持続可能な代替手段を提供するインフラストラクチャー基金を創設することができる。

さらに、4 ヵ国間安全保障対話加盟国は海洋領域の認識を強化するとともに兵站を互いに共有することで戦力投射を可能とし、この地域において中国に対抗
するための防衛技術を開発することができる。防衛協定を成熟させることで 4 ヵ国間安全保障対話の機能を強化することができる。例を挙げると 2020 年 10 月
にインドと米国は、主にミサイルや無人機の誘導に使用される機密性の高い衛星データを共有する条約に調印している。この合意はインド太平洋地域における中国の覇権主義に対抗するための一連のインド・アメリカ協定の中でも最も最近のものだ。

経済的および軍事的相互依存関係を持つ強力な 4 ヵ国間安全保障対話加盟国は、インド洋地域での継続的な侵略とインドおよび近隣諸国の国境への侵略を続
ける中国に対して自らの行動に対する再考を強いることができるのは間違いないであろう 。

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