絆でつながる 構築

絆でつながる 構築

海上犯罪と闘うため関係強化を深めるインド太平洋諸国。

FORUM スタッフ

2020 年 10 月 26 日の早朝、ばら積み貨物船 「エル・マタドール(El Matador)」はインドネシアのバタム島のノンサ・ポイントから約 3.2海里(6 キロメートル)離れたシンガポール海峡の東方海運レーンを航行していた。キプロスの旗を掲げた同船舶が沿岸から警報を受けたのは、アラビア海のオマーン港から出港し、サラーラ港を経由して中華人民共和国(中国)の渤海にあるカオフェイディアン港に至る数週間にわたる航海の一環として、世界で最も交通量の多い海上航路の 1 つであるシンガポール海峡を通過中にエル・マタドールと並行航行する未確認船舶を確認した。

まもなく乗組員は機関室から侵入者を見つけ出し、警報を発するとともに 4 人の犯人を 200 メートルの大きさを誇る船から追い出した。バタム沖の停泊地に回航されたエル・マタドール号は、東に向けて航海を再開する前にインドネシア海軍による乗船捜索を受け、乗組員・貨物ともに被害はなかったことが確認された。

一方で、シンガポール海軍の海上保安任務部隊やシンガポール警察の沿岸警備隊など他の当局にも警報が発令され、この地域の船員に向けた警告として航行安全放送が発表された。

その後数時間のうちに本事件の報告書を通して明らかになったことは、インド太平洋地域が海上警備で世界をリードしているという事だった。

スールー海での合同海賊対策パトロール中、アメリカ海軍の沿海域戦闘艦 USS コロナドに搭載されたジャイロリピーターを覗き込むフィィリピン海軍のシャーウィン・サルーバ・ドミンゴ (Sherwin Saluba Domingo)中尉。 デヴィン・リー・エリス(DEVEN LEIGH ELLIS)三等兵曹/米国海軍

ワシントン D.C. に拠点を置く非営利団体ワン・アース・フューチャー(One Earth Futureの)一部であるステイブル・シー(Stable Seas)プログラムが発表した 2020 年の海上安全指数は 「多くの地域で海賊行為や海上での武装強盗が、海上安全保障上の最も緊急な脅威と考えられている」と指摘する。「国家、市民団体、民間企業の強力なコミュニティがこの懸念に対処するために一致団結したのは幸いな事だ」。

万全な体制 

海賊行為やその他の海上犯罪に効果的に対抗しているとして高い評価を得るインド太平洋地域は、多国間のパートナーシップ、機関間の協力、情報共有に基づく長年にわたるアプローチの上に成り立っている。同地域は十分な体制のもとで 2020 年の海上犯罪の増加に対応した、と専門家は見ている。海上犯罪の増加は、少なくとも部分的には 2019 年後半に中国の武漢で発生したコロナウイルスパンデミックの連鎖反応、およびそれに伴う経済収縮の影響であると考えられている。

ReCAAP ISC(情報共有センターアジア海賊対策地域協力協定)によると、エル・マタドール号への乗船事件は 2020 年中にインド太平洋地域で発生した
計 97 件の事件(2 件の海賊行為または武装海賊による船舶強盗事件を含む)のうちの1件であった。これは2017 年以降で最も多い数字だ。

ReCAAP ISC の年次報告書によると、2020 年の事件のうち 4 件はすべて南シナ海における海賊行為であった(どちらにも類似した犯罪が含まれるが、船舶に対する武装強盗は国の領海内で発生したものと定義され、海賊行為はしばしば公海と呼ばれる国際水域で発生したものを指す)。全体を見ると、事件の74% は乗組員の負傷を伴わない非武装の加害者による軽微な窃盗が占める。

インド太平洋には世界で最も交通量の多い海路と世界最大の港があり、全商業船舶の半分以上が同海域を横断している。海上交通の多くは、都市国家シンガポールとインドネシア南のリアウ諸島の間を通る長さ 105 キロメートルの狭いシンガポール海峡を通過している。シンガポール海事港湾局によると、シンガポール港は東南アジア最大の港湾でありバンカリングや船舶給油において世界第1位の規模を誇る。一度に最大 1,000 隻が入港し数分おきに船が到着または出港している。

幅 16 キロメートルの海峡は海運の要衝であり、小さな沿岸ボートで接近できる距離にエル・マタドール号などの貨物船が停泊している。実際、2020 年に
報告された 34 件の事件(前年から3件増加)のほとんどは、時にはナイフで武装した少数の犯罪グループが夜に東行きのばら積み貨物船に乗り込むというパターンを踏襲している。乗組員が負傷したのは 1 件のみで盗難品には船舶用品店、エンジン予備品、スクラップメタル、建設資材などが含まれていた。

「しかし、機に乗じた窃盗犯が低リスクで犯罪におよぶことができる状況下では貨物の窃盗は乗組員との衝突などのより深刻な事件に簡単に発展してしまうだろう」と、ReCAAP ISC の黒木正文事務局長は 2021年1月に開催された第 12 回航海フォーラムで述べている。このバーチャルイベントには、軍および 法執行機関、学術機関、海運会社、業界団体から約100 人の参加者が集まった。プレゼンターはフィリピン沿岸警備隊とシンガポール警察沿岸警備隊が務めた。

黒木氏は、「警戒や船舶による適時報告、捜査機関 によるパトロールの強化、沿岸諸国間の協力もさることながら 加害者の逮捕と起訴は、事件の増加を阻止するために 不可欠な抑止力であると考えている」と述べている。

航路作成

2006 年 11 月のシンガポールに拠点を置くセンターの設立は、「アジアで発生する海賊行為および武装強盗に対する協力を促進および強化するための初めての
政府間地域協定」を目指すイニシアチブの一環であった。ReCAAP ISC(情報共有センターアジア海賊対策地域協力協定)が 15 周年を迎えるにあたり北アジア、東南アジア、南アジアの 14 の創立メンバー国に加えて、オーストラリア、デンマーク、オランダ、ノルウェー、英国、米国の 6 ヵ国が新たに協定に加盟した。同センターのパートナー組織にはアジア船主協会、国際海事機関、国際刑事警察機構などがある。

その活動内容は、毎週の情報更新や特別レポートなどの情報共有、研究会、エグゼクティブプログラム、トレーニングビデオなどのキャパシティ構築、
パートナー機関との協力協定やフォーラム、海賊行為・海上強盗会議などのイベントを含む協調の機会の提供という3 つの柱に焦点を当てている。

ステイブル・シーズ(Stable Seas)は、組織的な政治的暴力を促進および金銭的に支援する海上活動を排除するために、世界中の政府や軍隊、その他の組織
とパートナーシップを結んでいる。同組織はアフリカ、インド太平洋地域、中東地域の 70 を超える沿岸国が抱える問題、およびそれらに対する政府・非政府の対応の全体像を把握するために 2018 年に年間海上安全保障指数(Maritime Security Index)を発表した。ステイブル・シーズのインド太平洋地域プロジェクトマネージャーであるジェイ・ベンソン(Jay Benson)は、オンライン雑誌の『ザ・ディプロマット(The Diplomat)』2020 年 2 月付けの記事で、「海洋空間は、これまでにない安全保障上の課題を内在する地域として、また今後ますます重要となってくる経済的可能性を秘めた空間として注目を集めており、これらの海上課題とそれに対する対応の効果を実証的に測定する必要性がある」と述べた。

シンガポール海峡を航行する、インドネシア沿岸警備隊の哨戒艦艇「タンジュンダトゥ (KN Tan Jung Datu)」(左)と米国沿岸警備隊の「カッターストラットン(Cutter Stratton)」(右)。世界で最も交通量の多いシンガポール海峡では海賊行為や武装強盗事件が増加している。ラビ・リード(LEVI READ)一等兵曹/米国沿岸警備隊

2020 年の指数では、インド太平洋地域は海賊行為と武装強盗に加えて薬物と野生動物製品の違法な海上売買という課題に直面していることが指摘されている。テロリストによる身代金目的の誘拐は依然として脅威であるが、インドネシア、マレーシア、フィリピンが 2016 年からスールー海で実施している三国間海上監視を含む協力活動によりその規模は大幅に減少している。

「この地域では、連携したパトロールなどのイニシアチブによりこの手の海上犯罪に迅速に対応し、ReCAAPなどの団体を通じて情報共有を強化してきました」とベンソン氏は『ザ・ディプロマット (The Diplomat)』誌に記している。

着実な前進

インド太平洋の規模と同じく、この地域の海上犯罪対策の取り組みは広範囲に及び、軍隊と法執行機関の担当者、民間政府の専門家、海運事業者およびデータ科学者が一丸となって問題に取り組んでいる。ReCAAP ISCに加えて、これらのコラボレーションイニシアチブにはさらに次のような取り組みが含まれる。

マレーシアのクアラルンプールにある国際海事局海賊行為報告センター(The International Maritime Bureau Piracy Reporting Centre)は、世界中の海上レーンの 24 時間監視を行っている。国際商業会議所の一部門である国際海事局は、海賊および武装強盗を地元当局に報告し船長にトラブルスポットを警告するためのパイプ役として 1992 年に同センターを設立した。

同センターによる太平洋海上安全保障プログラム(Pacific Maritime Security Program)の下で、オーストラリア国防省は、太平洋諸島諸国の主権と安全を守るために30年間で15億米ドル(約 1,500億円)の支援を提供するコミットメントを示した。同プログラムは、2023年までに 13 ヵ国に 21 隻のガーディアン級巡視艇を提供すると共に同国の排他的経済水域および公海における犯罪を抑止するための訓練、海上調整の専門知識および空中監視能力を提供する。

国連薬物犯罪事務所の一部である海上犯罪対策プログラム(The Global Maritime Crime Programme)は、海上法執行機関による対話、訪問、乗船、捜索、押収訓練、違法行為を特定する海事領域認識技術などを通じて、インド太平洋全体の安全保障への取り組みを支援している。

2009年に設立された情報融合センター(IFC)は、シンガポール海軍が主催を務めており、シンガポール海軍の人員と国際連絡官が協力し情報共有を行うことで地域の海上安全保障を強化することを目的としている。2019 年に同センターにより開発された「アイリス (IRIS)」は、海上活動のリアルタイムの画像を提供し、海上の船舶からモバイルデバイスを介してアクセスすることができるウェブベースポータルである。

2020年半ばに19回目を迎えた東南アジア協力訓練

(SEACAT)演習は、新型コロナウイルス感染症の影響でバーチャルシンポジウムとして開かれた。ヨーロッパ、インド太平洋、北米の軍関係者が集 まり、多国間協調を通じて海上安全保障の強化を目的としている。この演習では海域認識能力の強化に特に焦点が当てられた。戦略国際問題研究所アジア海洋透明性イニシアチブディレクターのグレゴリー・B・ポーリング(Gregory B. Poling)は、基調講演で「海上で国家間の武力衝突に直接関わる国であれ、乱獲、海賊、テロ対策に関わる他の国であれ、南シナ海はこれらすべての多様な安全保障上の利害が衝突する場所だ」と述べた。

専門家の主張によると、海上犯罪の潮流をひっくり返すには経済的要因やガバナンス要因など、根本的な原因に対処することも必要である。「軍事的および海保対応と開発およびキャパシティ構築の取り組みを結びつける包括的なアプローチは、海上犯罪の温床となっている沿岸部の社会経済的状態を改善できる可能性が高い」と海事安全保障指数(MaritimeSecurity Index)により示唆されている。「同様に、陸上の安定性と強力な国内法体制の存在は海賊行為と武装強盗が低いレベルに抑えられていることに関連しています。強力な経済と政府があり、効率的な法執行機関が存在する国では海賊行為の可能性は低く保たれるのです」。

黒木氏がノーチカル・フォーラム(Nautical Forum)の出席者に語ったところによると、猛威をふるうパンデミック、長引くロックダウン、相次ぐ失業など、2020 年の混乱が海賊行為や武装強盗事件の増加の一因となっている可能性がある。同氏は、「新型コロナウイルス感染症が沿岸地域にもたらす経済的困難は、より多くの人々が海上強盗に頼る遠因である可能性がある」と述べた。「乗組員の交代が困難なため、船内での長時間の作業により乗組員に疲労がたまり、警戒心が低下している可能性もある」。

しかし、こうした試練の年も終盤になるとウイルスによる旅行制限と検疫によって中断されたインド太平洋諸国による海上演習の再開という一息つくような瞬間も見られるようになった。例えば、2020 年11 月と 12 月にはマニラで米国沿岸警備隊の教官によるフィリピン沿岸警備隊の隊員を対象とした小型艇運用訓練が実施された。これは新型コロナウイルスの世界的流行が始まって以来、フィリピンで実施された初めての米国沿岸警備隊の訓練となった。

このようなパートナー間の協力と情報共有は、アジア海賊対策地域協力協定やステーブル・シーズ (Stable Seas)などの組織が訴える、世界をリードするインド太平洋の海上安全保障の取り組みの中核を成すものだ。シンガポール海事港湾局(Singapore Maritime and Port Authority)は海峡を通過する何千もの船舶の監視・管理を行う高度な船舶交通情報システムを保有しており、2020 年 10 月下旬のエル・マタドール号事件で危険の回避につながった陸上から船舶への警報は、このシステムを通じて発令された。

「海賊行為や武装強盗に対抗するには政府、海軍、海運業界が情報を共有することが重要である」と、海上安全指数は指摘している。

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