特集

禁断の漁業

海上安全保障を脅かす IUU(非合法・無報告・無規制)漁業

ベン・クロウエル中佐(Ben Crowell)/統合省庁横断タスクフォース西(JOINT INTERAGENCY TASK FORCE WEST)ウェイド・ターボルド(Wade Turvold)、ダニエル・K・イノウエ(DANIEL K. INOUYE)/アジア太平洋安全保障研究所(ASIA-PACIFIC CENTER FOR SECURITY STUDIES)

年間 2,770 億米ドル(約 2 兆 7,700 億円)の収益をあげる商業漁業は、多くの国の経済にとって重要な位置を占めており、海洋国家にとって不可欠なタンパク質食料源を提供する世界的な産業である。人口が拡大するなか漁業技術や魚介類に対する需要も高まっている。厳しい気象パターンと消費量の増加がもたらす悪影響は、合法・違法双方の漁業からの圧力によってさらに悪化する危険性がある。国境を超えて活動する漁船団は、その違法な漁業活動を通じて、世界中の海洋国家の環境、経済の安定性、地政学的安定性に大きな影響を与えている。さらに IUU (非合法・無報告・無規制)漁業と人身売買、麻薬密輸、その他無数の海上犯罪の間には強い相関関係がある。IUU 漁業は世界的に行われ、ネットワーク化されていると共に戦略的な側面を併せ持つ。その脅威への対応には国際的強調が必要不可欠となる。

IUU漁業の 3 つの要素

国際連合によると IUU 漁業は 3 つの要素から構成されている。1 つ目は、それらの漁業は国または地域漁業管理機関 (RFMO)の漁業管理法に違反して、自国の EEZ (排他的経済水域)内または地域漁業管理機関が管理する水域内で行われるということ。2 つ目は、国または地域漁業管理機関が規制する漁獲物に対する報告が誤っている、または無報告であること。そして 3つ目は、無国籍の船舶や地域漁業管理機関に加盟していない地域漁業管理機関エリアでの漁業だ。これにより地域漁業管理機関の規制が遵守されず、漁業資源の管理に関して国内外の規制がない地域での漁業が行われている。IUU という用語および概念は特に脅威となるものではないものの、これらの行為が横行していることは世界中の海に生態学的、経済的、そして安全保障上の課題をもたらすこととなるのだ。2018 年にスティムソン・センター(Stimson Center)が発表した『規格外の網が投げられている:IUU漁業の安全保障上の懸念 (Casting a Wider Net:The Security Implications of Illegal, Unreported, and Unregulated Fishing』というタイトルの報告書の中では環境被害、経済的影響、食料安全保障、地政学的不安定化、国際犯罪、海賊行為というIUU漁業に関連する6つの安全保障上の脅威が特定されている。これらの独立した要素はすべて互いに影響を与え合うフィードバックループを形成している。それと同時に各要素は互いに影響を与え、IUU 漁業をめぐる問題と課題を加速させているのだ。

インドネシアのナトゥナ諸島付近で違法漁業を行っていると告発 されたベトナム人漁師を拘束するインドネシア当局。AFP/GETTY IMAGES

世界の漁業の現状世界中で漁業資源が枯渇している。遠洋に乗り出す漁業船団や機械化の済んでいない漁業主が漁業資源に大きな負担を与えているのだ。『世界の漁業と養殖の状況(The State of World Fisheries and Aquaculture)』と題された国連の2018年の報告書では、世界の漁業資源の33% が乱獲されており、59.9% が最大限の持続可能収穫量を維持しているという。こうしたデータによる圧力が増すことで魚介類がより希少なものとなり価格の上昇および、さらに過激で違法な漁業や略奪行為を引き起こす可能性がある。乱獲や特定の漁獲方法による環境負荷の増大は、南シナ海やアフリカ東海岸・西海岸沿いの漁場の生態的崩壊をもたらしている。天然資源の破壊により再生可能な経済資源の喪失と海鮮食品の喪失という2 つの問題に直面しているのだ。多くの国にとってこれは決して小さな問題ではない。国連によると、発展途上国のいくつかの国々魚介類製品から最大 50% のタンパク質を摂取している。魚類の資源量が枯渇することで国民、家族、コミュニティは生存が危うくなるという大きな危機感を抱えている。家族や村を守るため、飢餓と違法行為を天秤にかけてみた場合、ほとんどの人々は地域を養うためには何でもする、という結論に至ることになる。したがって、魚の 生息地と天然資源の喪失は、人々に経済的および食料安全保障上の問題を引き起こす可能性があり、結果として海上犯罪海賊行為を助長する可能性がある。

乱獲は海賊行為につながる

2006 年から 2012 年にかけてソマリア沖で発生した海賊危機は、漁師が犯罪者となった典型的な事例である。1991 年に独裁者モハメド・シアド・バーレが打倒された後、ソマリアは混乱に陥った。中枢政権が不在となったことで、アフリカの角を取り囲んで広大な無法地帯を生み出すこととなった。国内法が施行されていないとみた中華人民共和国(中国)の漁船および他の国々から来たとみられる遠洋漁船団は、ソマリアの EEZ(排他的経済水域)で漁を行うことで、合計漁獲可能量の崩壊を招いた。こうした IUU 漁はすぐに地元の漁師の仕事を奪うこととなり、他に生計を立てるすべのない漁師たちは途方に暮れることとなった。軍事レベルの武器の入手が容易な状況もあり、アフリカの角付近の海域で海賊行為が蔓延することになるのはそれからまもなくのことだった。今日、多国籍海軍部隊による甚大な努力と十分な武装を積んだ監視艇の広範囲にわたる使用によって、ソマリアの海賊行為はほぼ完全に抑制されている。アメリカ海軍情報局(U.S. Office of Naval Intelligence)の発表によると、2016 年から 2020 年までに行われた襲撃は 11 件で、2007 年に記録された 237 件から激減している。

IUU 漁業に起因する一連の出来事は海賊行為へと発展し、現在も続く地政学的課題を悪化させることになったのだ。これはIUU漁業の危険性を物語る教訓である。

アメリカ海軍情報局によると、東南アジアとギニア湾では海賊行為のホットスポットが今でも存在しており、2016 年以降、それぞれ 417 件と544 件の襲撃が発生している。武装強盗や身代金目的の誘拐を実行するために、小型船舶がより大型で遅い船舶を襲撃するというこれまでのパターンは依然として効果的なようだ。職を失った漁師たちがこうした最近の攻撃に関与しているかどうかは不明である。沿岸から離れた海上における標的に対する立ち回りを見ても、小型船舶のテロリストの手腕はプロの船員に匹敵するものだといえる。

公海上のその他の犯罪行為

武装強盗と海賊行為は依然として重大な安全保障上の懸念事項である。しかし、公海におけるそれらの 発生件数は統計的に見た場合に大きな数字ではない。おそらくより重大な懸念は、人身売買や麻薬密売など IUU 漁船に関連して発生するより一般的な犯罪である。2016 年、『AP 通信社(The Associated Press )』は、インド太平洋全体の商業漁船団による人身売買に関する一連の記事を発表した。同記事では、無給かつ劣悪な条件下で船上に 22 年間監禁され、その後ビルマに送還された男性の悲劇的な話を伝えている。強制労働に加え人の密輸のために世界中で漁船が使われているのだ。 『2020年の国際移住に関する要旨(International Migration 2020 Highlights)』と題された国連の報告書によると、2016 年から 18 年にかけて、推定653,000 人の「不正規」の移住者が海路でヨーロッパに到着したことが判明している(報告書は不正規の移住者を「出身国、通過国、目的地国への出入りを 規制する法律、規則、または国際協定の範囲外で発生した人の移動」と定義している)。報告書には使用 する船舶の種類は明記されていないが、アフリカからヨーロッパへの人々の移動には漁船が使われている。

バンコクにはインド太平洋に所在する 7つの最先端監視センターのうちの 1 つが ある。こうしたセンターは漁船を リアルタイムで監視すると共に、IUU (非合法、無報告、無規制)漁業の抑制を目的とした PSMA(違法漁業防止寄港国措置協定)の執行を支援している。 AP 通信社

もう 1 つの重大な安全保障上の懸念は、麻薬密売組織と商業漁船の関係だ。東太平洋全体を見てみると、法執行機関によって拿捕された船舶の多くは、燃料補給を必要とする「高速」密輸船や麻薬の密売に関わる船の支援を行う漁船が占めている。『漁業における国際的な組織犯罪(Transnational Organized Crime in the Fishing Industry)』と題された 2011 年の国連報告書は次のように述べている。「漁船の使用は、メキシコおよび米国への海路によるコカイン違法輸送の手口とほぼ一体と見なされている」。

これは海域を横切る漁船による麻薬の移動について言及している最近の米国国務省の報告書によって裏付けられている。これらの船を使用することで、合法的な商業を装いながら違法行為を隠蔽しているのだ。

戦力投射

国の戦力投射の手段としての漁船の使用は、国際社会が比較的最近に直面する重大な安全保障上の課題だ。中華人民共和国(中国)はこの戦術を最大限に用
いていることで注目を集めている。

15世紀の中国は、大型商船をインド太平洋地域に送り出し、国際貿易や海洋進出に関わる偉大な海洋国家だった。第二次世界大戦の終結後、1947 年に初めて
南シナ海に対する領有権を主張する公式地図が登場するまで、こうした海上への進出は鳴りを潜めていた。2000 年代後半になると、中国は今日まで続く一連の土地改良と人工魚礁の敷設事業を通じて南シナ海における領有権をより強力に主張するようになる。

2012 年に中国がフィリピンの EEZ 内にあるサンゴ礁であるスカボロー礁を事実上支配した際、フィリピン政府は同案件を常設仲裁裁判所に提訴した。同裁判所は、中国が海洋生物の生息地を劣化させる建設プロジェクトを含む広範囲にわたる違法な漁業活動に従事しており、一般的に「EEZ(排他的経済水域)での
漁業に関してフィリピンの主権を十分に尊重していない」とする裁定を下した。中国はこの判決結果を却下し同裁判所の指示に従うことを拒否している。

この判決は、中国がこの地域全体で用いている手法を要約するものでもある。中国は国際海事法に違反しているにもかかわらず、沿岸警備艇を使用して漁船団
を隣接する EEZ まで武装護衛することで事態を一層深刻なものにしている。中国はまた、国家管理の下で強化された漁船を使用して地域全体の船舶に対して船体衝突、攻撃、嫌がらせを行なっている。

いくつかの事例では、こうした行為によって人命が失われたり、海上で漂流する船員を見捨てたりするなど、船員を窮地に陥れることはないという伝統的な船乗りたちの掟に背くものとなっている。直近では、中国が毎年行っている世界の公海での遠洋漁業の一環として、340 隻の漁船からなる大規模な船団がエクアドルとガラパゴス諸島近海の海域に集まったことで IUU漁業に国際的な注目が集まった。

脅威に対処する

ほとんどの海上警備業務従事者は、こうした脅威に対応するためにより多くのリソース(人、ボート、飛行機、銃、訓練など)が必要だと主張している。
実際に、最も先進的な国々でさえ、海上犯罪に対抗 するためにはより多くのツールが求められている。こうした現場の声は海上警備を成功させる上で重要
な鍵となるのだ。追加のリソースが望めない場合、国際社会がIUU 漁業の脅威に対処するためにできることの1 つとして、漁船に乗り込むという方法があげられる。会場で停止させた漁船に乗り組むのは、軍隊であれ警察であれ、海上警備に取り組む部隊である。法執行機関は国内外の法的権限と管轄権のすべてを利用することでボート、乗組員の書類および食料、貨物、報告された漁獲物、漁具を検査し、乗組員の安全と健康に関する裁定を下すことができる。

政府機関は、漁船がどこで何のために漁をしているのか、いつどの港に戻るつもりなのかについて明らかにしなければならない。法執行機関は、あらゆる機会を利用してこれらの漁船と接触を持ち、公海および沿岸海域で世界中を移動するこれらのボートの活動を管理する必要がある。

さらに、国の各法執行機関の役割をより明確にすることで国際的な IUU 漁業の取り締まりがより効果的になるであろう。海上警備の専門家と協力することで共有データベースを作成することもできる。これにより国家間で法執行機関の調整を行うことが可能になり、世界規模で犯罪ネットワークの温床を取り除くことが可能となる。こうしたアイデアはより実現可能なものとなってきている。

2019 年 7 月、バタム島でパナマ国旗を掲げる内燃機船ニカ (MV Nika)を拘束後、不法収穫された魚を捜索するインドネシアの警察官。AFP/GETTY IMAGES

多くの沿岸国家は、米国の海洋安全保障イニシアチブ (U.S. Maritime Security Initiative)に支援を受けるなどして国家海洋調整センターを設置している。これは、さまざまな海洋課題に対処するための地域的能力を発展させるためのネットワークだ。これらの海上融合センターの発展に合わせて、それらを相互接続
することは、グローバルな有効性を高める次なるステップとなる。さらに、先進国は EEZ を管理するだけのリソースを持たない開発途上国を支援する義務がある。

一部の違法行為は、より簡単に魚が獲れる海域を狙った単独船による EEZ への小規模の侵入だが、その他の侵入行為は各国政府によって資金提供され、多くの場合武装した民兵や政府の船舶の支援のもので行われている。したがって、自国の EEZ の監視に対する戦略的・戦術的な対応の準備はすべての海洋国家の
責務となっている。

将来的には、世界の海事組織は犯罪組織や国家を拡大する手段として IUU 漁業が使われる状況に直面するであろう。これらの違法グループによる手口は互いに
似通っており、多くの場合でグループ同士につながりがある。

簡単にいうと、彼らは法的根拠なしに利益とリソースを手に入れようと常に機会をうかがっているのだ。記事上では IUU 漁業に対する基本戦術は簡単に聞
こえるかもしれないが、実際は重労働である。法執行機関の限られたリソースと優先順位という観点から、漁業法の執行は第二、第三の任務となることが多い。しかし、その被害を総合的に捉えると IUU 漁業は環境犯罪以上に罪深いものだ。IUU 漁業は世界的な戦略的課題であり国際的な協調戦略でもって対応しなければならない。

IUU に関わる企業、船舶、船舶の所有者および運営者は、時には国の支援を受け、組織的に国際犯罪集団として機能しており、世界の海洋の生態系の健全性、経済的安定性、食料の確保、全体的な海上安全保障に大きな悪影響を与えている。

港上であれ公海上であれ IUU 漁業に関与する漁船や国の行動を場所に関わらず阻止しなければならない。IUU 漁業によって得られる利益が支払わなければいけない代償よりも大きいかぎり、国、所有者、運営者による公海全域での犯罪行為が終わりを迎えることはないのだ。

ベン・クロウエル(Ben Crowell)中佐は統合省庁横断タスクフォース西(JOINT INTERAGENCY TASK FORCE WEST)において作戦参謀長を務めている。

ウェイド・ターボルド(Wade Turvold)は、元アメリカ海軍大尉(退役)。30年間の兵役のあとは、ダニエル・K・イノウエ・アジア
太平洋安全保障研究センター(Daniel K. Inouye Asia-Pacific Center for Security Studies)で教授を務めている。専門分野は海上警備、海上戦略、国家安全保障、軍事作戦である。この記事で述べられている意見は著者自身の見解であり、ダニエル・K・イノウエ・アジア太平洋安全保障研究センター(Daniel K. Inouye Asia-Pacific Center for Security Studies)、米国国防総省、米国沿岸警備隊、または米国政府の公式方針や立場を必ずしも反映するものではありません。

この記事の一部は『Hindsight, Insight, Foresight』からの抜粋であり、同書はアレクサンダー・L・ヴヴィン(Alexander L. Vuving)氏によってインド太平洋地域の安全保障の観点から編集され、2020年9月にダニエル・K・イノウエ・アジア太平洋安全保障研究 センターによって出版されたものです。

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