スコット・エドワーズ博士(Dr. Scott Edwards)
フィリピンは、テロ活動に資金を提供する誘拐行為、400 億米ドル(約 4 兆円)以上の貨物が行き来する地域での海賊行為、違法薬物、武器、人身売買、タバコ、アルコール、燃料の密輸、海洋生物の生息地の破壊、国の経済を損なう違法漁業など、さまざまな安全保障上の問題に直面している。
しかし政策的には、フィリピン政府と海軍はこれまでどおり地政学分野に継続して焦点を当てており、主な懸念材料は中華人民共和国(中国)と領有権をめぐって
係争がある南シナ海における中国の主張である。これはフィリピンの海域で起こっている幅広い国際的な組織犯罪が見過ごされる危険性がある。
海上脅威の多様性はそれに対する法執行を複雑にしている。海軍、沿岸警備隊、国家警察海上グループ (National Police Maritime Group)、国家沿岸監視センター(NCWC)は海上安全保障に貢献することを責務とする機関群の中核を成すものだ。主に物理的装備の欠如という懸念が、これらの機関を統一させる動機
となっている。より大きなリソースを求めるロビー活動はしばしば困難を伴うため、海上警備予算の多くは海軍に費やされている。そのため海上保安の問題の多様性に関する意識を高めるためには、教育と警鐘が必要だと海上保安庁と海軍のメンバーは示唆している。そうした活動は、これまでには国家沿岸監視評議会(National Coast Watch Council.)が主導する海洋および列島国家啓発月間(Maritime and Archipelagic Nation Awareness Month)キャンペーンを通じて行
われてきた。
問題を扱うすべての機関は、お互いにより良い協力関係を構築することで、リソースの配分を促すと共に能力差の緩和につながる可能性があるがあることを認識している。しかし、機関ごとの役割の重複に関して調整上の課題や混乱が続いている。海軍と沿岸警備隊は 1998 年に分離され、しばしば資源をめぐって競争を繰り広げてきた。これは透明性の欠如に加え、時には機関間に緊張を生み出す原因となり得る。
これらの問題にもかかわらず、最近では関係調整に関する有望な動きもあり機関間の関係が正しい方向に向かっているという楽観的なムードも漂っている。これは2つの大きな進展によるところが大きい。
1 つ目は、海上警備調整の窓口として 2015 年に国家沿岸監視センターが設置されたことだ。国家沿岸監視センターは指揮能力に乏しいが(タイの海事法執行調整
センター(Maritime Enforcement Coordinating Center)などと比較して)、フィリピンの領海に関する窓口および知識源としての役割を果たすことで機関間の連携を強化することができる。また国家沿岸監視センターは、拡大を続ける沿岸監視システムを運用しており、これはフィリピンの海事領域認識の中核を成すものだ。
2 つ目は、さらなる協力を促進するために機関間プロトコルが起草されたことだ。これは完全な国家海洋戦略には至らないものの、フィリピンの海洋安全保障政策における各機関の責任を定義するための重要な一歩であると見なされている。
海上警備をめぐる国際協力もフィリピンにとって焦点となっている。沿岸警備隊は、UNODC(国連薬物犯罪事務所)のグローバル海上犯罪プログラム(Global Maritime Crime Programme)が共同で主催する「スールー海およびセレベス海の海上犯罪に関するコンタクト・グループ(Contact Group on Maritime Crime in the Sulu and Celebes seas)」を含むイニシアチブを主導し、インドネシアの海上保安庁とも覚書を締結した。インドネシア、マレーシア、フィリピンの三国間協力協定は、スールー海とセレベス海での協調したパトロールと情報共有を盛り込んでおり、同国間で主権紛争が続いていても成熟したものとなっている。
これらの取り組みの結果、フィリピンは装備差による作戦能力の不足が予想されているが、国内および国際的な協調関係を強化し続ければ、より良い海上安全保障を実現できるだろうという楽観論が慎重にではあるが高まりを見せている。
国家警察海上グループ、NCWC、海軍、沿岸警備隊の意見では、最も重要な一歩となるのはフィリピンの海上安全保障の問題と優先事項を明確にし、その中で各海上機関の役割を明確にする戦略の構築である。これは地政学を超えたより広範な海上安全保障問題の解決の糸口となるだろう。また、共通の利益のもとで接点を
見出し責任のある分野を確立し今後の行動に対するより明確な方針を提示することで、機関間の調整をより容易なものにできる可能性がある。
スコット・エドワーズ博士(Dr. Scott Edwards)は、海上警備、海洋ガバナンス、海上犯罪を調査する研究者ネットワークであるセーフシーズ(SafeSeas)の研究員。フィリピンでセキュリティ業務に焦点を当てた調査訪問を行ったあと、この記事を作成した。この記事はセーフシーズ(SafeSeas)が 2019 年 10 月に発表したものを FORUM のフォーマットに合わせて編集したものです。