特集

日本の 中枢 戦略

新たな海上安全保障 パートナーシップを提示する 東南アジア各国。

中佐(退役)ジョン・F・ブラッドフォード (John F. Bradford)/米国海軍

日本の基本的な海上戦略は、同盟国である米国と連携しながら、同国の安全保障に不可欠なインド太平洋の海路の安全を確保することに焦点を当てている。海上自衛隊と海上保安庁という 2 つの海上警備機関は主に日本の近海に焦点を当てた活動を行なっており、日本の排他的経済水域の適切な管理を可能にしながら中華人民共和国(中国)、北朝鮮、ロシアの侵略的行動を抑止しようと努めている。また、日本はアデン湾やホルムズ海峡など、日本の海運が直接的に大きな脅威にさらされている海域にも勢力を展開している。この戦略と同等に重要なのは、東南アジアまたはその近くを通過し、比較的安全で安定しているが依然
として脆弱な海路における日本の活動だ。これには南シナ海、ジャワ海、ベンガル湾などの封鎖海域と、ロンボク海峡、マラッカ海峡、シンガポール海峡、スンダ海峡などの重要なチョークポイント (戦略的に重要な海上水路)が含まれる。

この取り組みの多くは日本の経済力を生かしたものであり、50 年以上にわたり日本は同地域の沿岸諸国でのインフラ整備や安全体制の開発に多額の投資を行ってきた。過去 20 年間にわたり、海上自衛隊は沿岸国の海事法執行能力の発展にも取り組んできた。過去 10 年間、日本の防衛省は地域海軍との新たな能力開発プロジェクトを開始し海上保安庁は地域海域でより多くの軍事作戦を実施している。

現在、日本は国家をあげて東南アジアの海上安全保障に投資しており、この地域は日本の海上戦略における新たな中枢として確固たる地位を確立しつつある。東南アジアにおける日本の海上警備活動の範囲、戦略的意図、および将来の発展の可能性については、より詳しく検討する価値がある。

日本の海上戦略

日本の確固たる海上安全保障戦略は、大きく 2 つの地理的区間に分けることができる。1 つは日本の近海領域、もう 1 つはインド太平洋の海路に関連したものだ。日本の近海は、北、西、南からの大きな安全保障上の圧力に直面している。好戦的な現在の軍事姿勢、領土紛争、戦後処理問題は、安全保障上の懸念を生み日本と隣国ロシア、中国、韓国との協力をより困難なものとしている。

海洋空間で最も緊迫した関係にあるのは中国である。日本と中国の沿岸警備隊および海軍部隊は、それぞれの活動半径内で主権を執拗に主張して相手の反応を探り、尖閣諸島周辺海域の支配権を主張しようとしている。このような状況では艦隊にが多くのリソースを割かねばならず、一方で東シナ海の他の部分ではパトロールと監視が必要な長い前線が広がっている。北朝鮮からの弾道ミサイルの脅威に加え、日本が国連安全保障理事会の対北制裁強化を支持していることも、艦隊を忙しくさせる要因だ。日本近海海域の上空では、航空自衛隊が中国やロシアの航空作戦に対応して定期的に戦闘機のスクランブルを実施している。こうした事態が深刻化する中、海洋法に関する国際連合条約に基づいた空海域における日本の権利の保護と国の責務の遂行に日本の安全保障資源の大半が費やされている。

ダナン近海のベトナム沿岸での 合同訓練の際に、海上保安庁の艦船  「えちご」から発進するヘリコプターを観察するベトナム沿岸警備隊の 海上保安官。AFP/GETTY IMAGES

重要な海路の安全と平和を確保するための日本の戦略は、米国との同盟関係の活用、最も大きな脅威のある地点への軍の展開、作戦能力を日増しに向上させている海路上のパートナーとの関係強化という 3 つの要素に基づいてる。

近年における日本の海上戦略は国家戦略の一部であり、インド太平洋のヨーロッパやアフリカにつながる海路に対する日本の外交政策に焦点を当てたものだ。
安倍晋三元首相が 2006 年に首相に初就任して間もなく、当時の麻生太郎外相が「自由と繁栄の弧」政策を発表した。この外交政策は北ヨーロッパから中東、インド亜大陸を経て東南アジアに広がるパートナー国の弧を描くことで、民主主義を促進し、国としての能力を高めることに重点を置くとともに、近隣諸国との関係を維持し、米国との同盟を強化するという日本の既存の優先事項を補完するものであった。特筆すべきなのは、この弧は地理的に日本の主要な貿易ルートと一致しており太平洋を横切るルートに関しては米国との同盟関係によりすでに安全が確保されていることだ。阿部元首相は、2007 年にインド議会で「2 つの海の合流点(Confluence of the Two Seas)」と題する演説を行うことで、インド太平洋の地政学的コンセプトを強調した最初のグローバルリーダーとなった。日本の次の 2 人の首相は、いずれも自由民主党出身でこの優先付けを引き続き維持することとなった。2009 年から 2012 年にかけて日本民主党が政権を担った際、鳩山由紀夫首相、菅直人首相、野田佳彦首相は阿部首相とは異なる態度を示したものの、南アジアと東南アジアの沿岸国に対するこの外交政策アプローチについては維持することを選択した。2012 年に政権に返り咲いた直後、安倍首相は「アジアの民主主義セキュリティダイヤモンド構想(Asia’s Democratic Security Diamond)」というタイトルの論文を発表した。これには次の前文が添えられている。「太平洋の平和、安定、航行の自由は、インド洋における平和、安定、航行の自由と切っても切れない関係にあります。日本はアジアで最も古い海運民主主義国の 1 つとして、オーストラリア、インド、米国と共に両地域の共通利益の維持に大きな役割を果たすべきです」。

東南アジアは明らかにこのダイヤモンドの中心であり、2016 年に発表された自由で開かれたインド太平洋戦略のビジョンの中心となっている。

東南アジア海上の安全保障を強化するための日本の市民活動

日本の海域と中東周辺の危険な海域は、5,000 海里 (9,260 キロメートル)以上にわたって続く海路によって結ばれている。これらの海路の大部分は、自由な
商業的流通の安全確保に必要なガバナンスの提供が可能な沿岸国を通過するものだ。しかし、沿岸国家間では海上運営能力に大きな差があり、海路はハザードフリーとは程遠い。このため日本の企業および政府のリーダーは、小競り合いがすぐに危機を引き起こす可能性があることに対して懸念を抱いている。日本の安全上の懸念は、交通量の多いチョークポイントでの航行上の課題、極端な天候や石油流出などの環境上の課題、海賊行為、テロ、戦争リスクなどである。過去 50 年間、日本は海上安全保障戦略の中核として沿岸国の能力開発プロジェクトを支援することで、これらの課題の対処への関与を深めてきた。

1997 年のアジア通貨危機に伴う地域的海賊行為の増加は、海事法執行機関を含む日本の能力開発を拡大させる要因となった。1999 年 12 月に開催されたASEAN+3(東南アジア諸国連合+3)首脳会議において、当時の小渕恵三首相は地域海上保安機関の設置、海運会社に対する国家支援の強化、地域的連携の強化などを提案し、海賊対策に関する国際協力を求めた。 

日本が装備と訓練を提供し、複合パトロールの強化を開始したのはその後間もなくのことだ。一連の日本の調査団がこの地域を訪れ、東京では大規模な会議が開催された。その後日本の野心は縮小に向かったが、それでも東南アジアの海事法執行への関与は急速に拡大した。2000 年、海上保安庁は、地方沿岸警備隊
(新しく創設されたフィリピン沿岸警備隊を始めとする)を支援する役員のための常駐海外駐在所の設置を開始し、2001 年にはフィリピンやタイを始めとする地方沿岸警備隊との演習を開始している。2006 年には、日本の外交努力により ReCAAP(アジア海賊対策地域協力協定)が締結された。

海上自衛隊の駆逐艦「JSたかなみ」が日本の横須賀海軍基地を 出港する際に手を振る人々。 AFP/GETTY IMAGES

日本が東南アジアの海上警備への支援の一環としてパトロール艇を地域の海上保安機関に提供したことは特に注目に値する。移転されたパトロール艇には改造漁船、退役した日本の巡視船、新造船などが含まれている。これらは日本の民間財団による直接的な支援として、政府の資金援助による融資を通じて提供されたものだ。初期の例としてあげられるのは、2000 年代半ばのインドネシアとフィリピンへの提供だ。武装済みの船舶が提供されるため、船舶の提供は日本の武器輸出三原則に準拠したものとなっており、提供先の国は船舶を海賊対策やテロ対策を含む法執行活動に限って使用することができる。2011 年と 2014 年に武器輸出三原則が緩和され、これにより政策プロセスが合理化された。そして近年、日本は巡視船の提供プログラムを拡大している。現在までにカンボジア、インドネシア、マレーシア、パラオ、フィリピン、スリランカ、ベトナムの海上保安庁と海上法執行機関が日本から巡視船を受領している。

東南アジアにおける日本の自衛隊の作戦

海上自衛隊の最も初期の艦艇展開は、多国間の取り組み、および枠組みに基づいて東南アジアの海上安全保障状況に影響を与えることを特に目的としたものだ。2004 年 12 月に発生したインド洋津波への対応を行なった国際軍には、日本の自衛隊の艦艇や航空機が含まている。2005 年、海上自衛隊はシンガポール海軍が主催する西太平洋海軍シンポジウム(WPNS)の初の海上演習に参加し、陸上自衛隊将校は津波救助研究会やタイ米合同演習「コブラゴールド(Cobra Gold)」の高官と訓練を行なっている。その後、西太平洋海軍シンポジウム、ASEAN 地域フォーラム、ADMM+ (拡大 ASEAN 国防相会議)など多国間組織が主催する海上演習がより頻繁に行われるようになった。これらの演習に海上自衛隊は一貫して参加しており、しばしば最大規模の派遣団を派遣している。これらの多国間海上演習は防衛外交の観点からは意義深いものであったが、その内容はかなり簡素なものであり運用能力の強化よりも信頼の構築を目的としたものが多い。演習の多くは従来の防衛上の懸念よりも災害対応に焦点を当てたものだ。

日本の 2010 年国防計画ガイドラインは、日本の自衛隊が外国の軍隊との能力開発ミッションを開始することを明記した最初の主要な政策となった。この政策に基づいて行われた最初の作戦活動は、2010年に米国の太平洋パートナーシップ(U.S. Pacific Partnership)キャンペーンの一環として行われた、カンボジアとベトナムでの戦力構築活動のための海上自衛隊の船舶の配備である。これ以降、JMSDF 船舶は毎年太平洋パートナーシップに参加しており、参加を見送ったのは 2011 年の地震と津波発生時に国内の災害対策の支援を行なっていたときのみである。2012 年、日本はベトナム海軍との水中医療セミナーを実施し、東南アジアにおいて初の 2 国間の能力構築活動を行なった。次に行われた2 国間会合は、2013 年 2 月にジャカルタのインドネシア海軍海上作戦センター (Indonesian Navy Maritime Operations Center)で開催された海洋学に焦点を当てたセミナーであった。これを足がかりとして、日本は他の 8 つのパートナー
国とも同様に二国間能力開発活動を行ってきた。これら10 のパートナーのうち、モンゴルを除くすべての国が南シナ海またはベンガル湾沿岸に位置している。 

2013 年 12 月に日本初の国家安全保障戦略は、これらの活動の背後にある戦略的意図を次のように説明している。「日本は、海上交通路沿いの沿岸国やその他の国に対し海上法執行能力を強化するとともに、日本と戦略的利害関係を共有する海上交通路上のパートナーとの連携強化を支援する」。

この 10 年間で海上自衛隊は南シナ海での活動も拡大している。これらの活動は前述の多国間演習および能力構築活動とは異なり、同海域を中心としたハイレベルの海軍作戦を実施するための手段の模索が主な目的のようだ。日本は自国の船舶や潜水艦の位置を公表していないため、これらの配備がいつ始まったのかは明らかでない。 

退役した日本海軍提督を含む一部のアナリストは、海上自衛隊は中国が南シナ海で弾道ミサイル潜水艦基地の運用を開始する場合、それに対抗するための準備が整っていると主張している。このような中国に対する懸念は、海上自衛隊がフィリピンとベトナムとのパートナーシップにこだわる動機となっている。フィリピンとベトナムは南シナ海の北部に股をかけるように位置しており、海南島の重要な中国の潜水艦基地を両脇から挟み込む形となっているのだ。

海上自衛隊とフィリピン海軍との関係は、東南アジアパートナーシップの中でも最も円熟したものだ。海上自衛隊の将校は、2012 年にフィリピンと米国の合同年次演習「バリカタン(Balikatan)」の視察を開始し、その後徐々に関与を深めている。2016 年、日本の訓練用潜水艦「おやしお」は海上自衛隊の駆逐艦
2 隻と共にフィリピンのスービック湾を訪問し、フィリピン側と共に信頼構築活動に参加した。海上自衛隊によるフィリピンへの寄港は 15 年ぶりのことだ。それ以来、海上自衛隊の潜水艦はスービック湾を頻繁に訪れている。

フィリピンは日本の防衛装備を最初にかつ唯一獲得した国でもある。2014 年の法改正により、日本政府はパートナー国の軍に向けた防衛輸出の承認が可能
となった。これにより 2017 年には海上自衛隊の中古のTC -90 訓練機2機がフィリピン軍に納入され、C-90海上パトロール機として運用が開始された。2018 年にはさらに 3 機の TC-90を提供している。 

ベトナムとの防衛関係の整備も日本の優先事項だ。この地域における最初の海上自衛隊の能力構築活動は、2010 年に太平洋パートナーシップ加盟国であるベトナムのクイニョンへ水陸両用輸送艦「JSくにさき」を派遣したものである。医療活動や文化交流がメインのベトナム訪問であったが、訪問時には同国の浜辺への水陸両用艦の揚陸も行われた。翌年ベトナムは、米国または多国間で行われる演習を除いては初となる東南アジアでの自衛隊の能力開発活動を主催した。
それ以来、両国は共同で防衛演習や防衛作戦を行うレベルには達していないものの、その信頼関係はさらに強固なものとなっている。 

東南アジアとインド洋で数ヵ月にわたって作戦活動を行なう「JS いずも」に代表される毎年の大型ヘリ空母の展開は、この地域における海上自衛隊の活動の多様な活動ぶりを端的に表すものだ。2016 年にインドネシアが主催した多国間演習「コモド(Komodo)」には、「JSいせ」が最大級の艦艇として参加している。その後同艦は、オーストラリア海軍および米国海軍の艦船と共に行われた三国間通過演習の一環として、西太平洋海軍シンポジウム(WPNS)の海軍士官候補生と共に南シナ海に向かって訓練を開始している。マニラへの親善訪問を終えた「JSいせ」は、2016 年 5 月にブルネイで始まりシンガポールで終了したADMM+の海上警備・対テロ野戦訓練演習(Maritime Security/Counter-Terrorism Field Training Exercise)に最大級の船として参加している。翌年、海上自衛隊の最大艦である「JS いずも」は、東南アジアにおいて同様の展開を行った。これには、南シナ海で行われた東南アジア諸国の海軍士官との海上警備訓練プログラム、マニラ寄港の際のフィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領の歓待、スリランカへの寄港、クロスデッキ交流や実弾射撃を含むオーストラリア、カナダ、米国の船舶との 2 日間の演習が含まれている。2018 年 (JS かが)と 2019 年(JSいずも)にも同様の展開が行われ、南シナ海での単独作戦、米国および他の海軍との演習、多国間海上安全保障プログラムの支援、および地域パートナーとの二国間関係構築を組み合わせたものとなった。

東南アジアの海上警備における将来的な日本の関与方針

東南アジア海域における海上自衛隊の主力艦の多様な作戦展開は、この地域における多面的な海上課題を反映している。日本は今後数十年を見据えて、同地域で軍事的様相を呈する能力構築イニシアチブを拡大中だ。日本によるこれらの活動は力を増しているインド太平洋沿岸国との関係強化を目的としたものだ。これらの海軍活動は、ある意味日本の長年にわたる海上能力開発支援政策を発展させたものに過ぎない。しかし、この活動範囲の拡大は日本の国内政策上の制約が緩和されたことで、東南アジア諸国が日本の部隊を受け入れやすくなったことを意味している。日本が南シナ海に強く依存していること、南シナ海の主権を主張する中国の作戦が東シナ海での日本に対するそれと強く関連していることに対する日本側の懸念を考えると、中国の戦力拡大と積極的な海上行動は、日本の活動を活発化させる要因となったといえる。

重要な東南アジアの海路の持続的な安全を促進するという日本の包括的な戦略目標は、50 年以上にわたって基本的に変わっていない。しかし、日本は直接対処しなければならない地域安全保障上の課題の範囲、およびそのために動員される機関の規模を段階的に拡大している。過去 10 年ほどの間、これらの機関は国防省と海上自衛隊から構成されてきた。現在、海上自衛隊は定期的に南シナ海に展開しており、係争中の水域でアメリカ海軍および地域外の海軍と最高レベルの実戦演習を行なっている。また、同地域の多国間演習に大きく関与するとともに、地域の海軍との二国間能力構築活動を行ってきた。これらの活動は、船舶やその他の艦隊資源の可用性という主な制限要因を抱えるが、今後も拡大し続けることが予想される。

防衛省と海上自衛隊が他の日本の機関とともに東南アジアの海上警備に直接参加するなど、同地域は明らかに日本の海上戦略における新たな中枢となっている。日本が自己抑制を緩和していくなか、東南アジア諸国は日本との防衛関係の性質とその範囲について、より大きな決断を迫られていることを認識しなければならない。

この記事は国際海上安全保障センター(Center for International Maritime Security)が2020 年 9 月に発表したものを FORUM のフォーマットに合わせて編集したものです。

関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Back to top button