特集

平和と 安全を実現する力

「自由で開かれたインド太平洋」構想の中心となる米国海軍。

ジョン・ゲイ(John Gay)大尉/米国太平洋艦隊

ンド太平洋は 1 億 6300 万平方キロメートルにわたって広がっており、同地域は言語的、文化的、地理的に非常に高い多様性を持っている。毎年 3 兆米ドル(約 300 兆円)以上の貨物が通過する南シナ海の大部分において主権を主張する中華人民共和国(中国)は、同海域で米軍による演習や活動が実施される際は常に抗議を申し立てている。しかし、競争は対立を意味するものではない。

今日の競争的な世界経済において、この地域のみならず世界中の国々は自由で開かれたインド太平洋と確かな貿易の流れに依存している。 

米国は常にインド太平洋地域と強力な経済的・政治的繋がりを持ち続けており、地域全体にわたって強固な国際関係と海洋における存在感を維持してきた。価値観を共有し国際的な規範や法律を遵守することで安全保障の維持を支援してきた米国は、志を同じくする国々と密接に連携しインド太平洋諸国の急速な成長と繁栄も促進してきた。米国が前線展開の維持に用いてきた最も効果的な方法の1つは、海軍の運用である。 

75 年以上にわたり、米国海軍は地域パートナーおよび同盟国と共同して前線展開を行い、人道支援および災害対応(HADR)、訓練、国際法と航行の自由の保護、海上安全保障など、幅広い支援を提供してきた。米国海軍は、領海と排他的経済水域における潜在的脅威に対処するために、地域のパートナーと密接に
協力しながら海洋能力および海洋領域に関する認識を向上させている。 

2020 年の環太平洋合同演習で 「ブーゲンビル(FS Bougainville)」から地平線を監視するフランス海軍の水兵。この演習には 10 ヵ国から 5,300 人以上の人員が参加した。フランス海軍

今日の競争的な環境では、南シナ海の限られた資源に対する需要が増加に合わせて、違法な海上侵入が相次いでいる。新たな地政学的状況、紛争領域の拡大、新技術の使用が新しい課題となり、インド太平洋全体における確立された協力関係と共有された価値観の崩壊を招く原因となっている。 

南シナ海における米国と地域のパートナーの姿勢は極めて単純である。規模、権力、軍事力に関わらず、すべての国の主権を守るという原則に基づき、自由で開かれたインド太平洋を維持することですべての国が国際法に従って国家目標を追求することができるというのが共通の目標だ。 

違法な申し立てへの対抗

この自由で開かれた構想とは全く対照的に、中国は統治、貿易、人権、主権、知的財産保護の面で著しく異なる価値体系を推進している。インド太平洋地域だけでなく、全世界にとって中国は 21 世紀の安全保障に対する最大かつ長期的な戦略的脅威である。インド太平洋における最大の課題の1つは、中国と近隣諸国
(同じ島をめぐって中国と領有権を主張しあう国々を含む)との関係である。 

南シナ海は石油およびガスの埋蔵量が豊富で中国政府はそれらの未採集の資源に対するすべての権利を法的根拠なしに主張している。中国共産党は、従来のルールに基づく国際秩序を中国共産党の目標に沿ったルールおよび行動に基づく秩序に置き換えようとしているように見える。

2013 年以来、中国は国営企業を利用して1,295 ヘクタール以上の土地を浚渫すると共に同領域の領有権を主張している。この規模は他のすべての領有権主張国家による工事面積の19 倍近くにあたり、南シナ海に人工物を建築することで天然のサンゴ礁が破壊されている。スプラトリー島とパラセル島にあるこれらの
前哨基地の多くは、軍事目的で使用しないという中国の約束にもかかわらず、飛行場、港湾、戦闘機、地対空ミサイル、レーダードーム、その他の施設と装備によって強化・軍事化されている。 

中国は自国が地図上に引いた「九段線」に基づき南シナ海の大部分の領有権を主張しているが、2016 年にはハーグに所在する常設仲裁裁判所が中国の主張は無効との裁定を言い渡している。同裁判所はまた、スプラトリー島とパラセル島における中国の不用意な大規模埋め立て工事と人工島の建設に起因する海洋環境とサンゴ礁への被害についての懸念を表明した。中国による自然環境の公然とした無視は、脆弱な生態系および希少かつ絶滅の危機に瀕している動物種の生息地の保護という義務に反するものだ。 

中国は、違法で有害な環境破壊行動に関する仲裁裁判所の判決を棄却するにあたり、戦略的人工魚礁・環礁に対する中国の主張は、南シナ海の紛争海域に対して中国政府が完全な支配権を持つとするものであると述べた。これは国際法で認められていない主張である。 

今日に至るまで、中国は違法な漁業事業主を支援したりトロール漁船を用いて秘密裏に構成された海上民兵隊を設立するなどして中国人民解放軍(PLA)を支援すると共に、自国の不法な主張を押し通すために係争中の海域を積極的に巡回し続けている。フィリピンが領有権を主張しているフィリピン海西および
南シナ海全域にわたって、何百隻もの中国民兵隊の船舶が漂流しているのが発見されている。民兵隊は、中国の沿岸警備隊と協力して中国政府による南シナ海からの撤退要求を公然と拒否するより小さな東南アジア諸国の漁船や軍用船舶、石油・ガス掘削装置に嫌がらせを行っている。 

ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国による合法的な経済活動の侵害に加えて、中国人民解 放軍海軍は他国の海軍艦艇とも敵対関係にある。2016 年以降、米国海軍はインド太平洋において空中・海上合わせて少なくとも20 回、人民解放軍部隊と危険なまたは軍事上の慣行に則らないニアミスを経験している。中国の駆逐艦がアメリカ軍艦艇から40メートル以内の距離に接近したため、衝突を避けるために軌道変更を余儀なくされたというケースもあった。 

2020 年、係争中のパラセル諸島沖で中国軍船舶がベトナム漁船に衝突して沈没させるという事件が発生し、これで1年足らずで 2 度の事件を起こすこととなった。2020 年 4 月には、中国海軍の船舶が係争中の海域を巡回するフィリピン海軍の船舶に対して艦砲射撃式装置を作動させた。これは一般的な軍事行動としては受け入れられないと見なされる。この地域において過激さを増す中国の行動に対してすべての ASEAN 加盟国が脅威にさらされている。中国共産党の違法な権力の押し付けは、合法的に航行を行う船員たちに危険をもたらしている。

世界貿易の保証人

「狼の戦士」外交、南シナ海に関する交渉への消極的な態度、インド洋と南太平洋にわたる挑発行為といった周辺諸国への直接的な脅威は、自由で開かれたインド太平洋構想に反するものだ。中国共産党の利益のために、中国政府が強制力を用いたり作戦行動に影響を与えたり、経済的、軍事的、外交的な脅威を用いたりすることは、他国の主権を損ない、地域の安定を脅かして緊張を高め、中国に対する信頼を損なうこととなる。  

米国海軍が世界の海洋を支配したことで、同海軍は外交政策の実施に不可欠なツールとなり、世界的な自由貿易を保証する存在となった。米国海軍の積極的な展開による存在感と、同盟国およびパートナーとの密接な関係は、インド太平洋地域全体で協力して作戦、演習、訓練を行うためのより多くの機会を生み出
している。これらの機会には協力的な海上展開、人道支援および災害対応(HADR)、情報共有、これまで継続されてきた航行の自由作戦の維持が含まれる。このような活動を通じて米国海軍は地域の海上安全と準備体制を強化し、即応性を向上させ、より強力な抑止力とより安全な環境基盤を提供しているのだ。 

このビジョンの中心に据えられているのは日米安全保障同盟である。米国の日本に対する確固たるコミットメントは、日本に駐留する55,000 人近くの米国軍人と、最先端かつ最高性能の米国の軍事装備を日本に展開できる体制によって支えられている。海上自衛隊 (JMSDF)は、米海軍との間の即応性と相互運用性を向上させるため米国による二国間および多国間演習に多数参加してきた。2020 年に海上自衛隊は日米印豪共同訓練(マラバール2020)および環太平洋合同演習に参加し、地域の安定を維持するために不可欠な協力関係の醸成とその維持を目的とした特別な訓練を行なった。

在韓米海軍部隊司令官(CNFK)は、大韓民国海軍部隊と協力して韓国および同地域における作戦の効果を高めると共に、集団安全保障の取り組みの強化に努めている。韓国海軍と緊密に協力しながら主要な合同演習への米国海軍の参加を調整するのも在韓米海軍部隊司令官の責務だ。 

米国、日本、韓国に加えて、ASEAN、オーストラリア、カナダ、フランス、インド、ニュージーランド、英国もともに自由でオープンなインド太平洋を目指す同様の構想を掲げている。 

2017 年にオーストラリア、インド、日本、米国で構成される戦略的グループ「日米豪印戦略対話(Quad)」が再結成された。インド太平洋地域における規則ベースの秩序を強化するために、これらの4つの国は共通の利益と価値観に基づいたビジョンを共有している。

マレーシアとシンガポールもこの地域における米国の重要なパートナーだ。マレーシアの安全保障と防衛協力は、人身売買、テロ対策、海賊対策などの分野で大きな役割を果たしている。シンガポールは、メンテナンスと補給の拠点として米国海軍を支援すると共に、1,500 社以上の米国企業に地域拠点を提供し、気候変動、テロ対策、反拡散、地域海上安全保障、人道支援および災害対応などの幅広い分野における強力なパートナーである。2020 年 11 月の第 8 回ASEAN・米国首脳会議で、シンガポールのリー・シェンロン(Lee Hsien Loong)首相は、「シンガポールは、米国がこの地域において勢力をさらに拡大・強化することを期待しており、米国の継続して安全保障に果たす役割を歓迎している」と述べた。

平和と繁栄のためのパートナー

米国海軍のように太平洋、大西洋、インド洋、および北極圏、地中海、アラビア湾、アフリカの角周辺で継続的に活動し、世界的な影響力を持つ海軍は他に存在しない。米国海軍の中で一際際立つのは、航空母艦10隻、水陸両用艦31 隻、原子力攻撃潜水艦 54 隻、オハイオ級弾道ミサイル潜水艦 14 隻、オハイオ級誘導ミサイル潜水艦4隻である。米国海軍の複数の巡洋艦および駆逐艦は、独立して運用することが可能であり、空母打撃群および水陸両用部隊を支援し、空中、水上、海中戦および海軍の水陸両用火力支援を含む多様な任務をこなす非常に汎用性の高い水陸両用戦闘艦である。 

地球表面の 4 分の 3 近くを覆う海洋を利用することで、強力な海軍は陸上部隊では達成不可能な任務の遂行が可能だ。世界中の要衝への速やかなアクセスを提供し、重要な水路のパトロールを行うと共に、遠くの海岸や人口が密集する地帯への移動を可能にしている。その戦闘能力と警備任務に加えて、海軍は人道支援および災害対応にも独自の能力を提供することができる。 

1991 年から 2018 年にかけて、アメリカインド太平洋軍(USINDOPACOM)はインド太平洋で27回の人道支援および災害対応作戦を実施した。2004 年のインド洋で発生したスマトラ沖地震と津波により14 ヵ国で 27,000 人以上が死亡した際は、協調的な多国間対応によって迅速な援助が提供され将来の協力関係の基礎を築くこととなった。この作戦による信頼関係の構築は非常に効果的であることが証明されたため、米国海軍は人道支援および災害対応を強化するための毎年の多国籍・多機関展開であるパシフィック・パートナーシップ(Pacific Partnership)を開始した。 

米国太平洋艦隊(PACFLT)が共同で主導するパートナーシップは、災害救援活動中の軍隊、政府機関、人道支援組織の相互運用性を向上させると同時に、インド太平洋全体に人道的、医療的、歯科的、工学的支援を提供することを目的としている。2006 年以来、パシフィック・パートナーシップは参加国間の関係と安全保障上の絆を強化し、地域の回復力を高めるための貴重な機会を提供してきた。 

米軍海軍は、インド太平洋全体の平和と安定を維持し、国際法に則って航行の自由を維持し、潤滑な物流を維持し、紛争解決のために強制力または武力を用いようとするあらゆる国の試みに反対することを目指している。これは米軍海軍だけで達成できる目標ではない。同盟国およびパートナーとの間の相互運用性、情報共有、および集団的能力の向上は、より良い全体調整を可能とし、すべての国の繁栄を保証する継続的かつ自由で開かれたインド太平洋を実現する。  

中国の継続的な開発と違法な主張を阻止するために、米国海軍とその同盟国およびパートナーは南シナ海全域の警備活動を強化している。しかし、中国は隣国との協力を行っていない。これは紛争につながる可能性のある同地域の緊張を継続して高めている。

最近になって米国国防総省、米国統合参謀本部(U.S. Joint Chiefs of Staff)、アメリカインド太平洋軍の代表者が、中国中央軍事委員会国際軍事協力事務局(Central Military Commission’s Office for International Military Cooperation)、その傘下の統合参謀本部(Joint Staff Department)、そして中国人民解放軍南方軍司令部(PLA Southern Theater Command)のメンバーと事実上会談を行い、2日間にわたる危機時コミュニケーションワーキンググループ(Crisis Communications Working Group)の開催を決定した。この会談は両国間の相互理解を構築し、潜在的な危機を防止・管理し、軍事リスクを低減することを目的として行われたものだ。

会談が紛争を防止するための有意義な第一歩であったのは確かだ。しかし、中国は南シナ海政策を再検討して国際法を遵守し、周辺国との協力的な環境を作り上げることで、すべての国の平和と繁栄のためにインド太平洋を常に自由で開かれたものにする必要がある。

ジョン・ゲイ大尉(John Gay)は米国太平洋艦隊の広報担当員。1988 年に米国海軍に入隊し、1998 年に士官に選ばれた。太平洋および中東において陸上および洋上で幅広い作戦任務に従事している。また、空軍戦争大学(Air War College)を卒業し、ビジネスと戦略研究の上級学位を取得している。

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