特集

戦場と化す都市

急速に増加する巨大都市によって  変わりゆく戦争

FORUM スタッフ

く陰となった小道を通って軍隊は、埃と煙で暗い通りを移動しドアからドアへ、屋根から屋根へと一歩ずつ包囲された街を取り戻す。
街のはずれではMV-22 オスプレイのローターが土や瓦礫を巻き上げる中、解放に向けた別の一隊がヘリコプターから群れとなり敵軍との戦いへ 移動する。

オーストラリア北東部の海岸にある船用コンテナを改造して設置されたこの架空の街に自由を取り戻すことで、都市襲撃型のカラバルー演習(Exercise Carabaroo)が完了する。

クイーンズランド州にあるオーストラリア国防軍の広大なショールウォーターベイ訓練場で 400 名近いオーストラリア、フィリピン、米国の兵士や海兵隊員が 3 週間を超える都市作戦訓練を行った。擬似的に作られた居住地の奪還に向けて、部隊は 2019 年半ばに行われた 3 ヵ国演習で鍛えた技術と戦術を利用した。

オーストラリア陸軍第7旅団のアンドリュー・ホッキング(Andrew Hocking)司令官は、オーストラリア国防省のウェブサイトに掲載された記事で 「カラバルー演習は互いから学び、互いへの信頼を築き互いの異なる文化と共有する価値観を理解し、それを高度な戦略、おそらく市街地における戦いで最も複雑な戦略にまとめあげます。」と述べた。

カラバルー演習 2019 に参加するオーストラリア軍兵士。都市化の進展によって戦争の形態が変化する中、インド太平洋全域で同様の演習が行われている。デスティニー・デムプシー(DESTINY DEMPSEY)伍長/米国海兵隊

インド太平洋地域や他の地域では、軍の計画立案者が同様の戦略の予行演習を行っている。これは人口動態による新たな戦場の現実、つまり巨大都市の台頭に備えたものである。

2050 年までには世界人口の 3 人に 2 人以上が都市部に住むようになる。これは 2021 年の都市居住者の割合より約20%の増加である。今後 10 年以内に1000 万人以上の人口を持つ巨大都市の数は、33 から 3分の 1 増加した 43 となると予想される。

米国の国家情報会議 によって「地殻変動」と呼ばれるこの予測される都市人口増加のほとんどが、インド太平洋地域において起こる。同地域には東京、ニューデリー、上海、ムンバイ、北京、ダッカなど、すでに膨れ上がりを見せている世界有数の巨大都市の多くが含まれている。

この人口の変革は社会の安定を維持しつつ持続可能な開発を実現する上で国家に多大な負担を課している。 また、これにより市街地における戦争の性質も変 わりつつある。

国際戦略研究所の紛争・安全保障・開発担当特別研究員 アントニオ・サンパイオ(Antonio Sampaio)氏は、 2018 年 7 月にブルームバーグ・シティラボ(Bloomberg CityLab)の投稿で 「都市は、人類の社会・経済発展 にとって最も強力なツールである。」と述べている。
「都市化率の高さは、所得の増加や乳幼児死亡率の 低減など多くのプラスの結果に関わってきます。 しかし、世界で最も紛争の影響を受けている地域では、 このプラスの関係が急速な都市化と不安定化という 共通の課題によって脅かされているところもあります。」
とサンパイオ氏は言う。「援助国、国際機関、軍隊 が急成長する都市を優先し、都市の安定化に協力 しなければ徐々に悪化する緊張状態が武力紛争に 発展する可能性があります。」

このような摩擦が争いを誘発した場合、世界最大の 人口密集地の密度、複雑さ、相互接続性は危険な組み合 わせとなります。米国陸軍訓練教義コマンド(TRADOC) の計画・方針担当のラッセル・グレン(Russell Glenn)博士 によると、「巨大都市の課題はこれまでに対処しなけれ ばならなかったものとは(まったく)異なります。」

劇的な変化

都市紛争に再度焦点を当てることは多くの点で過去 への回帰と見ることができる。ナポレオンの軍事行動から第一次世界大戦まで、軍事研究は民間人のいない 開けた土地での戦いを重視していたとオックスフォード 大学出版局が発行した都市戦争の論評で述べられている。

しかし、歴史上ほとんどの場合、包囲攻撃の形態 をとることの多い都市部戦争が戦争の主要な手段 であった。このことが顕著になったのが第二次世界大戦 である。1944 年 1 月、連合軍がDデー上陸作戦と、 ナチス占領下のヨーロッパを最終的に解放するための準備を進める中で、米国陸軍省は初めての正式な都市戦争ドクトリンである、Basic Field ManualFM31-50Attack on a Fortified Position and Combat in Towns(強化された陣地への攻撃と市街地での戦闘)を発表した。

約 3700 万人を擁する日本の首都圏は日本の人口の 30% 近くを占め 世界で最も人口の多い巨大都市である。AFP/GETTY IMAGES

都市戦争の戦略的重要性の再浮上には、さまざまな要因が拍車をかけている。その中でも 2017 年のオックスフォード大学出版局のレビューは次のように指摘している。「勢力がさほどない軍隊が都市の住民や地勢において不釣り合いな優位性を求めていること、革命(反乱)戦争が重視されるようになったこと、そして世界の人口統計が農村部から都市部へと劇的に変化していること」などである。

今後数年間で予測される世界人口の劇的な変化は、国連によって「メガトレンド(megatrend)」と定義されているが装備、訓練、戦術、戦略に至るまであらゆるレベルで軍事的思考を再構築することになるだろう。2020 年 7 月に発表されたオーストラリアの「2020 年国防戦略アップデート」では、人口増加と都市化により食糧難や水不足、パンデミックなど、政治的安定に対する脅威が複合的に発生していると指摘している。

オーストラリア軍は、「地歩を固め複雑な地形で作戦を展開し、接近戦で敵を倒す能力がなければならない」と付随する 2020年戦力構成計画において指摘されている。

近代的な戦場の性質を考慮して、オーストラリアの国防省は 「議論を盛んに行う都市環境研究所(a contested urban environment research office)」を設立し、「絶えず進化している戦闘装備」の開発と迅速な実施を調整すると発表した。さらに、「戦力構成計画」では精密誘導兵器を配備しやすくするために都市部の 3 D モデルを作成する際の地理空間情報(GEOINT:Geospatial Intelligence)の重要性が強調されている。

迫りくる可能性

ここ数十年で都市における戦争計画にはソマリアのモガディシュからイラクのバグダッド、チェチェンのグロズヌイに至る舞台での軍事作戦で得た教訓が反映されてきた。

ランド研究所(Rand Corp.)による 2017 年の報告書「米国陸軍による都市作戦の特性を再考:過去から現在と未来を知る方法(Reimagining the Character of Urban Operations for the U.S. Army: How the Past Can Inform the Present and Future)」には、こうした紛争の分析から得られた以下のような重要な知見がまとめられている。

移動の自由を可能にし「大都市圏での作戦上の課題を近隣に絞り込む」上での武装地上部隊の役割。

「新しい情報源や情報の収集方法、特に非軍事的な情報源からのオープンソース情報を含む革新的な諜報活動」の必要性。

確立された方法や作戦規範を超えて「都市戦闘の課題を管理可能な範囲にまで」減らすことができる軍事指導者の価値。

TRADOC が支援する報告書には、「都市環境は地上部隊にとって重大な課題でありこれまで可能な限り避けられてきたものの、世界中で進む都市化によって都市型戦闘はいずれ陸軍が避けて通れなくなるものであろう。」と指摘されている。

実際、これより 1 年前に当時の米国陸軍の参謀総長がその可能性が見えてきたと述べている。

2016 年の米国陸軍協会でマーク・ミリー(Mark Milley)大将は、将来の戦場が「ほぼ確実に密集した都市部で、そして多くの民間人の混ざった通常戦力と共にテロやゲリラ戦が組み合わさった掴みどころのない曖昧な敵に対するものとなるでしょう」と語った。

これまで、陸軍は遠く離れた戦場での戦いのために「計画され、人員配備され、訓練され、装備されてきた」が、これからはそのような戦場とは遠くかけ離れた場所が活動の場所となるでしょうと、ミリー氏は言う (ミリー氏は、2019 年 10 月に米国の軍最高幹部である統合参謀本部議長に任命された)。

その後の Rand による報告書「米国陸軍とバグダッドで戦い:得られた教訓、そしてこれから学ぶべきこと (The U.S. Army and the Battle for Baghdad: Lessons Learned — And Still to Be Learned)」では、イラクでの数年にわたる多段階紛争から「今後の都市戦闘を
再考する上で多くの情報が得られる」と指摘しており、こうした考察に弾みをつけた。

2019 年に米国陸軍が後援する報告書には、軍の計画者や指導部に対して「都市活動や大都市に関する広範な問題の研究を続ける」一方で、「それぞれの都市が独立しているため、陸軍が都市のどこで戦闘を行うのか、また対峙し得る敵のタイプなど、具体的な事例に焦点を当てて研究すべきであることを理解する」などの提言がなされている。

山積する課題

無秩序に広がるスラムや豪華な超高層ビルに詰め込まれた群衆以外に、世界の巨大都市で何が軍隊を悩ませるであろうか?地上の上下にある交通システムは効率的となったり大きな妨げになることがある。地方自治体や行政によって安定性がもたらされ支援を受けられるかもしれないが、単に汚職と混乱をもたらすかもしれない。何千万台ものスマートフォンやデジタル機器よって入り交じる電子ノイズによってネットワークが圧迫され、戦場での通信やナビゲーションが妨害されるかもしれない。

ブレント・スコウクロフト国際安全保障センター(Brent Scowcroft Center on International Security)のアシスタントディレクターであるアレックス・ワード(Alex Ward)氏は、ナショナル・インタレスト(The National Interest)誌において、敵にとって「大都市の地形は偉大なイコライザーとなるでしょう」と述べている。

この罰ゲームのような地上の現実によって部隊には独特の戦闘空間に備えた装備が求められる。ワード氏によると、機動性を高める軽量兵器だけではなく傍受の困難な指揮、管理、通信系統、センサーや監視カメラ、3D プリンティングや視覚化ツールが必要となる。多くの巨大都市が沿岸地帯にあることから、水陸両用の能力も軍事的な成功には不可欠となる。

また、ワード氏による 2015 年の記事では、企業や大隊の指導部には都市の地域的および文化的な力学のバランスを取りつつも、「曖昧な状況で一瞬の判断」を下せるように訓練することも不可欠であると述べられている。

オーストラリアのリンダ・レイノルズ(Linda Reynolds)国防相は、2020 年 7 月に 2020 年国防戦略アップデートと戦力構成計画を発表した。同計画は論争の的となっている 都市環境研究所の設立を求めている。ロイター

米国陸軍のトッド・シュミット(Todd Schmidt)大佐によると、情報化時代において戦場で勝利を収めるには、認知領域で敵を凌駕できる戦闘力も必要だという。同大佐は、「膨大な量のデータや情報を敵よりも迅速に収集、解読、処理、理解できなければなりません」と、シュミットウェストポイント現代戦争研究所(Modern War Institute at West Point)の2020 年 4 月の記事で述べている。「この能力は、クラウド対応コンピューティング、ロボティクス、人工知能、仮想現実、拡張現実などの高度な技術と融合する必要があります。また、データから得た知識を敵よりも迅速に内外に伝達する能力も必要です。」

プラカシュ・カトック(Prakash Katoch)インド陸軍特殊部隊中将(退役)は、2018年11月オンライン誌Indian Defence Reviewに掲載された記事「市街地での戦い(Combat in Cities)」で、テロリスト集団や犯罪集団などの悪者や反乱運動によって「都市戦争に別の重大な側面」が出てくる、と述べている。通常戦力は即席の爆発装置で武装し、民間に溶け込んで逃れることができる非通常戦力と戦わなければならない。

都市化と安全保障の関係が深まりつつあることを反映して欧州から中東、それ以外の国々の軍隊では高層アパート、店舗、市場、学校、その他の公共施設を模倣した総合的な訓練環境を確立していると、カトック氏は語った。これらの都市部における軍事作戦施設(MOUT)施設には特大のレゴに似たモジュール化されたものもあり、迅速に再構成したりカスタマイズしたりすることができるものもある。

米国海兵隊戦闘開発司令部による1997年の報告書「都市化した地形における将来の軍事作戦構想(A Concept for Future Military Operations on Urbanized Terrain)」によれば、都市紛争の軍事計画をさらに複雑にしているのは金融、統治、産業、通信、交通のハブである「中核」としての都市の役割である。軍は戦闘活動、平和維持活動、人道支援を異なる地域で同時に行うことになるかもしれない。これは 「3 ブロックの戦争」 として知られる軍事概念である。

同報告書から約四半世紀が経った今も、都市戦争への備えを確実にすることは依然として早急に取り組むべき目標である。Military.com の報道によると、2019 年に米海兵隊戦闘研究所は、都市での戦闘能力の強化を目的とした数年にわたる一連の実験を行うため、武器技術や他のシステム開発に関する情報を防衛関連の企業や学術機関に求め始めている。

行動の合図

2017 年後半、オーストラリア国防軍の大勢の兵士がオーストラリア、カナダ、ニュージーランド、英国、および米国の研究者、科学者、技術者数十人と協力して初めての「紛争都市環境(CUE)」戦略チャレンジを行った。5 ヵ国による技術協力プログラムの一環として行われたこの 10 日間のチャレンジでは、オーストラリアのアデレードにある病院跡地での都市戦争シナリオが取り上げられた。

参加者は敵が占拠する車両や構造物を特定したり、建物内や周辺の動きを検知するために周辺や頭上の監視システムと統合された空中および地上ベースのセンサーなどの次世代技術を試した。

「私たちの目標は前線で活動する方にタイムリーで質の高い情報を生み出す有用な技術を提供することです」と、オーストラリア国防省国防科学技術局で人間領域分析グループリーダーを務めるジャスティン・フィドック(Justin Fidock)博士は、2018 年のポッドキャストで演習について述べている。「紛争都市環境の中で、路上に立ったり部屋に足を踏み入れたりした際に、直面するものを把握できる自信が必要です。」

カラバルー演習 2019 で架空の街への攻撃に参加するフィリピン軍兵士。 デスティニー・デムプシー(DESTINY DEMPSEY)伍長/米国海兵隊

初めての開催から 2 年後、毎年恒例の CUE 戦略チャレンジの舞台は、人口 850 万人の巨大都市になりつつあるニューヨーク市に移された。5 ヵ国からの技術者や科学者 150 人以上が同市に集まり、2 週間に渡って新技術のテストを行った。

ローワー・マンハッタンが喧騒と熱狂、人混みの渦巻く市街地での戦場となり、「高層ビルが作り出す都会の峡谷、長く狭い(時には暗い) 地下道、屋上、洞窟のような内部空間を提供している」と、CUE チャレンジに関する 2019 年11 月の記事が米国陸軍のウェブサイトに掲載された。

テストされた 40 のプロジェクトは分析、部隊防護、偵察と監視、指揮統制、対無人航空機システムに焦点を当てている。ある実験では自律的または兵士の身振り手振りで、空間を移動してマッピングできるロボットプラットフォームをオーストラリアと米国の技術者が協力
して開発した。人のオペレーターは、拡張技術によってロボットが見ているものを見ることができる。

「CUEの包括的な目的は、都市の課題の性質をより深く理解し、運用コンセプトを支える技術の制約について理解を深めることです」と、米国国防総省の研究・技術部門における防衛、研究、エンジニアリングの管理者であり、首席副次官補のマリー・J・ミラー
(Mary J.Miller)氏は 2019 年の記事で述べている。「最終的に我々はこの情報を利用して、都市作戦における軍隊のリスクを軽減しつつミッションの成功率を高める能力を創出していく」と、ミラー氏は述べている。

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