特集

米中 経済 対立

インド太平洋地域における安全保障への影響

シェール・ホロヴィッツ博士/ウィスコンシン・ミルウォーキー大学

米中の経済関係が転機を迎えたようだ。中華人民共和国 (以下中国)の発展と習近平総書記のリーダーシップが経済・安全保障上の問題を先鋭化させているが、最も現実的かつ効果的な政治的対応とはどのようなものであろうか。1 つのアプローチは、地政学的に現状を維持したまま共存しつつ、経済に関する駆け引きと外交関係を利用して中国共産党政権が欧米型の市場経済への道を歩み続けるように説得することである。しかし、以後議論するようにこの選択肢はもはやありえないものになっている。中国の経済・安全保障政策は、経済的・地政学的に現状維持とは真逆の方向に進みすぎており、習近平も前任者と比べてもさらに積極的にそうした破壊的な変化に関与している。

習近平の経済・安全保障政策
2012 年に政権を握った際、習近平は急激に成長を見せる国家主導の市場経済および急速に近代化されつつある人民解放軍を受け継いだ。1979 年以降の中国における年間約 10% の経済成長は市場とダイナミックで革新的な民間部門に依るところが年々大きくなってきているが、その一方で中国共産党は経済と政治の両面において統制と安定を守るという国家の主導的役割を維持しつづけた。

習近平は周囲から市場に根差した経済発展を加速させると期待されていたが、実際には国家統制を倍加させてきた。彼は規制や助成金を利用して、中小規模の民間企業や外資系企業よりも国営企業や大規模でコネのある民間企業を優遇している。

また、国家の莫大な資金を使って中国経済を発展させようという前任者たちの取り組みをより強化してきた。米中経済安全保障検討委員会は、 「先端技術の優位性を達成するための野心的な政府全体の計画 」の存在を強調する。この計画である「中国製造2025」政策は、コンピューティング・ハードウェアから人工知能ソフトウェア、またバイオテクノロジーから輸送機器に至るまで、ほぼすべてのハイテク産業分野での自給自足を目指すものだ。そして自給自足の後には海外市場への浸透が続くのである。

北京の新しいショッピングモールの前を歩く赤いジャケットを着た女性
AP 通信社

この政策には 2 つの重要な意味がある。第一に、習近平は中国が米国、西欧、日本などのインド太平洋地域諸国のように、ハイテク産業において分散し、安定して成長し続ける世界的な分業体制に参入することは想定していない。むしろ彼は助成金と規制によって国内の生産者のために中国市場を保護し、その結果生じる価格優位性を利用して海外市場を支配しようとしている。第二に、対象となるハイテク産業は軍事にも転用され米国や同盟国の軍が享受している技術的優位に迫り、さらに追い越すために利用されている。

対外的には、習近平はより過激なレトリックと政策を採用する一方で前任者たちも取り組んできた軍備拡張を継続してきた。1990 年代初頭からそう変わらず国防費は二桁台で上昇しており、人民解放軍は大きく質的な近代化を遂げてきた。同時に、習近平は「爪を隠す」「出る杭にならない」という鄧小平の外交政策を決定的に放棄した。習近平の描く「チャイナ・ドリーム」は、生活水準の向上だけでなく中国が国際的な舞台において伝統的 で中心的な役割を果たすという意味も含んでいる。このレトリックは、日本管理下の尖閣諸島から台湾や九段線に関する主張、そしてインドのヒマラヤフロンティアに至るまで中国の東側および南側周辺地域全体でより攻撃的な政策を展開していることと一致している。また、政府の助成を受けたインフラ建設によって政治的、経済的、外交的、軍事的な
影響力を持とうとする世界的規模の取り組みである 「一帯一路」という政策もある。

これらは、インド太平洋地域で最大の効果を発揮するように計画されている。ここでも習近平は、既存の経済的分業体制に参入し、既存の安全保障構造の下で共存するのではなく代わりに中国が支配する新しい秩序を打ち立てようとしている。米国、日本、インド、韓国、台湾のハイテク産業がそれらの地域の市場から姿を消すのと同じように、現地の低・中所得層の経済は経済が成熟するにつれて付加価値連鎖についていけなくなるだろう。もし習近平のビジョンが実現すれば、中国を頂点とした他の地域経済を底辺とする統合された地域サプライチェーンが実現することになる。同様に、習近平の思い通り、ひとたび米軍が定性的な力を失えば中国は経済的、軍事的な「飴と鞭」を駆使して地域の協調を抑止して実質的な譲歩と外交的服従を引き出すことができる。

2020 年 6 月 1 日、香港のショッピングモールで「five demands – not one less(五大訴求は1つも欠けてはならない)」のスローガンを示す5本指のジェスチャーをする抗議者たち AP通信社

現状維持は不可能
かつて、鄧小平の市場改革が定着するにつれ、中国経済は欧米型の市場経済へと向かいつつあるように見えた。中国という国家が、金融や規制の上での贔屓や技術盗用を利用してコネのある大企業を優遇し、その過程で人為的に多額の貿易黒字を積み上げるという主導的な役割を果たしている間、米国とその同盟国には時間的な猶予があった。中国は、米国や他の先進国では落ち目であった労働集約的な製品の生産に特化していた。同時に、もし中国が標準的な市場経済への道を歩むならば、その巨大な市場は、欧米の資本集約的なハイテク産業にとってはこの上ないビジネスチャンスが約束されているも同然だった。

しかしこの忍耐と協調を必要とする現状維持政策は、根本的な地政学的・経済的変化によってだんだんと成り立たなくなってきている。1991 年には、ソ連崩壊
により1970 年代からの米中の安全保障上の協調の前提となっていた強大な共通の敵が消滅した。1989 年に天安門事件による瀕死の経験の後、衝撃を受けた中国共産党は中国ナショナリズム(いわゆる愛国教育)に転換して中国共産党の正統性を復活させ、人民解放軍の近代化に巨額の資金を投入し始めた。並行して、中国では急速な経済成長と技術的近代化が続き、外国の資本集約型産業に対抗できるような競争相手が生まれてきていた。中国の助成金が海外市場の征服を容易にした一方で、中国の国家による援助は自国の企業向けに国内市場を保護するものでもあった。近年、習近平は軍事力の行使をも含む積極的な活動を通じて、これらの主張の強い安全保障・経済政策を促進している。

過去 10 年の間に、こうした変化は米国における旧来の中国政策のコンセンサスを打ち砕いた。いまや、中国が軍事的脅威であるかどうか真剣に議論するような政治的な指導者や官僚はほとんどいない。ほとんどの資本集約型ハイテク企業は、自分たちが中国市場から締め出されたり疎外されたと感じている。その一方で、彼らにとっての中国における競争相手は、助成金や盗用した技術を利用して海外で不公平な優位性を獲得している。こうした一連の主張は政党の垣根を超えて世論に浸透してきている。ドナルド・トランプ米大統領は、中国が公正な貿易規範を遵守して中国市場の門戸をより広く開放させることを目的として、インド太平洋地域の国家安全保障戦略と関税政策を利用しており、その動きは前述のような中国に対する世論の形成を助長したが、それ自体が原因というよりは結果だと言える。このような米国の政策転換は、情勢の変化によって必然的に起こったものであり、今後の大統領が大きく路線を逸脱する可能性は低いと思われる。 

中国浙江省義烏市の義烏卸売市場のフラッグ売り場に飾られている、中国(左)、中国共産党(中央)、米国(右)の国旗ロイター

将来の展望
構造的な政治的キャラクターと個人的な気質から、習近平が中国の方針を変える可能性は低い。政権を維持するために、中国共産党は電気通信、ソーシャルメディア、インターネットサービス、関連機器やソフトウェアなど政治的にデリケートな分野を直接統制していかなければならない。また、経済の安定を保証するため——政治的な不安定さを避けるために必要なことだとも考えられるが——中国共産党は、最大手の銀行やその他の金融サービス企業をも統制しなければならない。国防に関する産業以外にも広い範囲の軍事転用可能な技術が国家安全保障上の理由から国家の助成を受けている。

基本的に中国共産党はすべての経済主体に平等な保護と権利を保障しようとする欧米型の法治主義ではなく、党のエリートと大企業との間の複雑な地域的パートナーシップによって市場を発展させる路線を採っている。したがって中国共産党は、政治的支配と国家に保護された経済的利益を脅かしてでも、統制によるアプローチを根本から変革することなしには、繋がりのある企業への特別待遇を止めることはできない。

習近平自身の気質も、中国共産党の統制を高めることであらゆる問題に対処するという方向に傾いている。つまり、門戸を広げてオープンな競争を促進するのではなく、むしろ断固として自給自足へ邁進しているのだ。このような自給自足の必要性は、人民解放軍を米軍に並び立つ競争相手にするのに必要な、軍事転用可能なハイテク産業を育成したいという習近平の願望によってさらなる高まりを見せている。

つまるところ中国と米国の指導者の駆け引きは、自由で開放的な競争と貿易という未来にはつながらない。習近平は、より多くの資本集約的なハイテク部門を
継続的に吸収している中国において、単一的な世界規模のサプライチェーンを模索し続けるだろう。米国と同盟国は、中国の競争相手から国内市場の核となる分野を守る、つまり第二の明確に独立したサプライチェーンを確保することによってのみ中国の動きに対応することができる。この対応を最も効果的なものにするための重要な原則とはどのようなものだろうか。

まず第一に、米国と同盟国やパートナーは関税や研究開発助成金を利用して技術の独立性を維持し、可能であれば人工知能や高性能でクラウド化されたコンピューティング技術、航空電子工学、ロボット工学などの重要で汎用性のあるハイテク産業でリーダーシップを発揮しなければならない。これは通信技術、
コンピューティング技術、製薬など軍事戦略的な資本集約型の産業でも同様である。通信ネットワーク、電子バンキング、決済ネットワーク、電力供給網などの
重要なインフラは「Huawei 式」の規制によって保護されなければならない。多くのハイエンド市場に中国の企業が参入して競争し続けることは魅力的なことだが、中国市場への参入のしやすさを改善し、中国の助成金や技術盗用を考慮したハンディキャップを条件につけるべきである。

第二に、このような対応は多国間で交渉し、実践することではるかに効果的になるものである。複数の国や地域で別々にサプライチェーンを構築することは非効率で一貫性に欠ける事になる。米国、欧州連合(EU)、日本、その他の同盟国やパートナー (特にインド太平洋地域)を含む広範で開放的かつ競争力のある分業の上に構築されればサプライチェーンは最も強固なものとなるであろう。独立したサプライチェーンを保護することで、同盟国やパートナーは中国の統制を受けない大規模市場への参入が可能になる。これにより、同盟国やパートナーは中国市場への大規模な参入を模索しつつ、自分たちの生産力と交渉力を最大化することができる。この対極にあるのがより単一化され中国に支配されたサプライチェーンであり、ここではそれぞれの国はより生産力が低く中国への依存度が高い存在としてばらばらに交渉を行うことになる。

第三に、このような共通の経済政策努力は共通の地政学的脅威に縛られており、その脅威には集団で対処するのが最善の策である。中国の市場、技術、インフラへの経済的な依存は自国の軍事力や独立した外交・戦略を阻害する要因となる。このような危険性を示すよい例として、韓国が THAAD ミサイル (終末高高度地域防衛ミサイル)という防衛システムを配備したことに対する中国の反応が挙げられる。中国は北朝鮮の核兵器の拡大を保護して支持したうえで、韓国の観光を遮断したり韓国製品の非公式ボイコットという制裁を行い、韓国の防衛的対応に報復した。韓国にとっては、基本的に中国市場で最大限活動しつづけることが望ましい一方で、中国の統制下にないサプライチェーンを確保することは中国市場の外で効果的に競争していく能力を守るだけでなく、状況により、最善の国防戦略を選択する自由を守ることにもなる。韓国の朝鮮日報紙の社説では、 「中国の報復は韓国の主権を損なっており、どの国にとってもこれは最大の脅威である」と報じている。さらに最近では、COVID-19 ウイルスの起源と感染についての調査をオーストラリアが支持したことに対して、中国はオーストラリア産の大麦と牛肉の輸入を制限し、より広い範囲での規制と消費者の不買運動を仄めかすことで応酬した。インド、東南アジア諸国連合の加盟国、台湾の状況は似通っており、それぞれ中国とトレードオフの関係にある。中国は経済力をもって他国に圧力をかけ、外交的独立性や軍事的安全保障を妥協させることを繰り返してきた。各国が経済的に協力すれば、自分たちの安全を共に守っていくために必要な強さと独立性を維持することができる。

米国とその同盟国およびパートナー(特にインド太平洋地域)が広い範囲でな経済・安全保障に関して協調することが、習近平の中国がもたらす経済的問題と地政学的脅威への唯一の現実的な対応である。経済的に言えば、広く開放的で競争力のあるサプライチェーンを中国から独立した状態にしておくことは、経済的な自律性と強さを守ることでもある。これは軍事的脅威を抑止できる地域的な協調体制の能力を最大化することで、軍事力と戦略的・外交的柔軟性を最大限に守るものである。このような経済的独立性と軍事的安全保障は、インド太平洋地域の国々(または政府)が思い通りに自国の国益を定義し、守っていくという自由を維持するの不可欠なのである。

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