米インド太平洋軍司令官から中華人民共和国へ苦言:約束を尊重せよ
フォーラム(FORUM)スタッフ
2020年12月中旬に予定されていたバーチャル形式の高官協議に中国人民解放軍(PLA)が欠席するという事態が発生したが、米軍当局は危機管理規範に関する中国側との交渉を引き続き支持すると約束した。
対話の促進、海上・航空の安全性の強化、両国軍隊の行動規則の見直し、緊張を緩和して危機を回避するための機構の整備を確認することを目的とする年次高官協議は、1998年1月に米国国防総省と中華人民共和国国防部(中国国防省)が締結した軍事海洋協議協定(MMCA)に基づいて実施されるものである。
高官協議の3日目、最終日となる予定であった12月16日、米インド太平洋軍(USINDOPACOM)司令官のフィリップ・S・デービッドソン(Philip S. Davidson)海軍大将はニュースリリースで、「米国は引き続き軍事海洋協議協定を重視し、作戦上の安全規範を定める同協定の条項と目的に沿う形態で年次高官協議を開催することを中国人民解放軍に要請する」と述べ、さらに「中華人民共和国が同高官協議を欠席したことは、中国が協定を尊重しない国であることを示す新たな一例となった。今後、中国と協定を結ぼうとする諸国はこのことを心に留めておくべきだ」と表明している。
米インド太平洋軍の発表によると、長期にわたり米国国防総省が同二国間協定を重視してきたのは、危機の防止と管理、一致した利益に向けた協力、そして両国軍隊が近接して活動を展開した場合のリスク削減を促進したいためである。米国は「中国人民解放軍と建設的で安定した結果志向の関係を引き続き構築することに取り組み、適切な場においての対話により中国人民解放軍側の懸念に対処する」構えである。
ロイター通信が報じたところでは、中国当局は米国側に提案した議題について一致が得られなかったことを協議欠席の理由として挙げているが、中華人民共和国は年次高官協議を続ける構えであると、中国人民解放軍海軍(PLAN)の劉文勝(Liu Wensheng)大佐が声明で述べている。
最近、全米経済研究所(NBER)の報告書で「地政学的に東南アジアは史上最悪の緊張状態」という表現が用いられたが、その矢先に中国人民解放軍が協議を欠席するという事態が発生した。
推定で世界の海上貿易船の約3分の1が通過する重要な航路である南シナ海の大部分の領有権を主張する中華人民共和国の行動がこの緊張の主要因となっている。中華人民共和国は攻撃的な海上活動および岩礁を埋め立てて建設した人工島の軍事化という手段でこの恣意的な主張を押し通そうとしているが、中国の訴えは2016年に国際仲裁法廷で無効との裁定が下されており、同海域の一部の領有権を主張する沿岸諸国からも批判の声が上がっている。中国人民解放軍はまた、他国の防空識別圏や排他的経済水域への侵入を繰り返しているだけでなく、最近では2020年9月に米国や同地域の諸外国を挑発することを狙ったと思われる一連の模擬攻撃の動画を公開した。
中華人民共和国の領有権主張はほぼ違法であると公に批判した米国は、地域の安定と自由で開かれたインド太平洋を推進することを目的として、同盟・提携諸国と共に「航行の自由」作戦や他の演習を実施している。11月には、南シナ海で米国海軍のミサイル駆逐艦「バリー(USS Barry)」(写真参照)が海上治安活動を実施した。これは定期的に実施している活動で、2020年に南シナ海へ派遣されたのはこれで5回目となる。
海軍が発表したニュースリリースによると、バリー駆逐艦の艦長を務めるクリス・ガール(Chris Gahl)中佐は、「すべての世界諸国が公海を自由に航行できる環境を確立することが非常に重要となる」とし、「バリーが台湾海峡を航行したことで、南シナ海における貿易と通信に関するすべての国の権利と信頼性が確保された」と述べている。
海上活動の急増により海軍と他の部隊が不意に遭遇する可能性が高まっていることで、偶発的な交戦リスクも上昇している。全米経済研究所が2020年11月に発表した報告書「The Geopolitics of International Trade in Southeast Asia(仮訳:東南アジアにおける国際貿易の地政学」には、南シナ海で実際に交戦が発生すれば、インド洋と太平洋を結ぶ東西交通が停止し、地域経済に悲惨な結果がもたらされる可能性があると記されている。
2020年10月下旬、米国と中華人民共和国の防衛当局がバーチャル形式で危機通信作業部会の初会合を開催し、米国国防総省と米インド太平洋軍、中国人民解放軍と中国共産党中央軍事委員会の代表者等が参加した。米国国防総省の声明によると、危機防止を目的として定期的な対話を維持すること、および危機が発生した場合には適時に対話を図ることの重要性について双方が合意している。
インド太平洋の他の地域でも、同様の危機防止の取り組みが開始されている。不意な軍事衝突を回避することを目的として、日本と中国は2年前に「日中防衛当局間の海空連絡メカニズム」の運用を開始したが、共同通信社が報じたところでは、2020年12月中旬、日中両国の防衛当局がホットラインの設置について合意した。
同通信社によると、日本が実効支配する東シナ海の尖閣諸島(中国名:釣魚群島)の領有権を中国が主張していることで、両国の間では同島を巡る主権紛争が膠着状態にある。