高くついた 隠蔽の代償

高くついた 隠蔽の代償

中国政府によるコロナウイルス 情報の抑制により、世界 で経済損失と人的損失が 高まった可能性

報 道によると、李文亮 (Li Wenliang)医師 の死去が発表された 日の翌朝、2020 年 2 月 7 日午前2時をわずかに 過ぎた頃、中国のソーシャルメディアサイト  「Weibo(微博)」にハッシュタグ 「#wewantfreedomofspeech#」が現れた。中華人民共和国(中国)湖北省武漢市で眼科医を務めていた李医師は、2019 年 12 月下旬、当時はまだ謎に包まれていたコロナウイルス発生の深刻性をオンラインチャットルームで他の医師等に警告した最初の数人のうちの1人である。米公 共ラジオ局(NPR)が報じたところでは、同医師が情報を発信した数日後、同医師と他の医師数人が中国公安機関に拘束され、「虚偽情報の伝播者」として懲戒処分を受けることになった。後に患者治療中にウイルスに感染した同医 師は、ウイルス性肺炎により死去した。ニューヨーク・タイムズ紙が伝えたところでは、同医師の死亡時から同日午前7時までの間に、ハッシュタグの閲覧回数は 200 万回を超え、投稿件数は 5,500 件に達している。投稿には 李医師の意見を抑圧したことについて武漢市政府 に謝罪を求める内容も含まれていたが、その 後間もなくして、中国政府の検閲により ハッシュタグと関連投稿などが削除された。

独立系の章立凡(Zhang Lifan)歴史学者はワシントン・ポスト紙に対して、「李医師は 凡庸な人ではあったが象徴となった」とし、 「もしパンデミックが発生しておらず、自由に 外出できる環境であれば、今頃デモが発生 していたであろう。当局は間違いなく 懸念しているはずだ」と述べている。

2020 年 2 月 7 日に死去した 武漢市の病院で、人工呼吸器 マスクを着用して横たわる 李文亮医師 。 ロイター

李医師は死後、後に 2019 新型コロナウイルス急性呼吸器疾患(COVID-19)と呼ばれるようになった新型コロナウイルスに関する中国の情報抑制を象徴する人物となったのである。専門家等の主張によると、中国が医師や他の市民の口封じを図ったことが、ウイルス感染拡大および人的損失と経済コストの急増に繋がった可能性がある。

2020 年 2 月中旬、中国中央政府の某上級顧問はフィナンシャル・タイムズ紙に対して、「武漢市政府が同疾患を過小評価したことは間違いない」とし、「武漢市人民政府市長は専門家や医療専門家 の助言に耳を貸そうともしない。心配しているのは、疾病予防の強化により地域経済と社会の安定性が損なわれる可能性だけである」と語っている。また、「能力よりも従順性が重視される現在の 政治環境では、どうしても地方当局が責任を取 ることに臆病になる」とも付け加えている。

中国共産党(CCP)による政治体制が、危機時 の健全な医療慣行実施の障害となっていると考 える者も多い。2020 年 2 月、ワシントンに拠点を置くシンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)で中国研究を担当するジュード・ブランシェット (Jude Blanchette)アナリストはフィナンシャル・タイムズに対して、「中国政府では誰が何を 担当しようが、あらゆる階層の党幹部が否定的 な情報を隠蔽し、反対意見を検閲するという自然な傾向がある」とし、「しかも中国の習近平(Xi Jinping)政権下では、抑圧が風土病のようになっている。これにより長期間の怠惰が発生し、ウイルスの蔓延に繋がった」と述べている。

武漢市の医師等が同紙などの新聞雑誌に漏 らしたところでは、武漢当局は2020年1月下旬 まで症例件数と死者数を過少報告しており、公衆に対して「ヒト・ヒト感染」の可能性はないと繰り返し訴えていた。しかし、武漢市の医師等 によると、その数週間前から、中国当局はこの 致命的なウイルスが実際にヒト・ヒト感染する可能性 があるという報告を受けていた。武漢市に所在する武볶谿셌医院(Wuhan Tongji Hospital)の呼吸器専門医である趙建平(Zhao Jianping)医師は、医療 ウェブサイトのHuxijie(星吉星和)の取材を受けた際に、2019 年 12 月 27 日の時点でコロナウイルス 感染の疑いのある患者を診断したと述べている。

趙医師は、「この疾患がこれほど深刻であるとは 予想していなかったが、我々はヒト・ヒト感染の 可能性があることを確信していた」と話している。ファイナンシャル・タイムズ紙が報じたところでは、趙医師は状況を直ちに武漢疾病予防管理センターに報告している。

2020 年 2 月 26 日、韓国・ソウルの伝統的な市場での消毒作業を避けるマスク姿の女性。2020 年 3 月 1 日現在、韓国では 3,700 件を超える感染症例数と死者21人が確認されている。 ロイター

李医師と趙医師の警告から1ヵ月以上を経た 2020年 1 月 30 日になるまで、世界保健機関は感染拡大が 「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」に 該当すると宣言しなかった。これは主に中国の 透明性の欠如が原因である。専門家等の主張よると、この遅延により、2019 年 12 月上旬に武漢市を起点として広がったウイルスの感染拡大を抑制する資源の準備と動員が大幅に妨げられたことで、感染が68 ヵ所を超える国と地域に拡大し、2020 年 3 月 1 日までに 8 万 8,365 人以上が犠牲となった。

世界保健機関が宣言を発令する数週間前の時点で、感染症例数が指定閾値をすでに超過していたというのが多くの専門家の見解である。デイリー・メール紙によると、中国は情報を隠蔽しただけでなく、世界保健機関の決定に圧力をかけたのではないかとの疑問も呈している。ウォール・ストリート・ジャーナル紙が伝えたところでは、同機関の宣言発令時点で、中国当局によると 9,500 人以上が発症し、213 人が死亡している。

同宣言発令の1週間以上前に当たる 2020 年 1 月中旬、外交問題評議会(CFR)で国際保健を担当する黄延中 (Yanzhong Huang)上級研究員はデイリー・テレグラフ紙に対して、「『国際的に懸念される公衆衛生上 の緊急事態』を宣言する基準がすでに満たされていた」と話している。黄上級研究員は、「しかし、世界保健機関の決定すべてが生物学的世界の状況に基づいているとは限らない」と述べている。 

2020年4月中旬になっても、中国政府は武漢市が起点となった新型コロナウイルスの発生源を少なくとも公に特定することができず、最初の感染確認と初期の拡大に関する重要な質問に応答することを拒否している。中国共産党の継続的な透明性の欠如は、ウイルスが中国科学院武漢ウイルス研究所から偶発的または研究所における不十分な安全手順のせいで流出したという憶測を高めるばかりである。同疑惑については米国の情報機関が調査中であるが、ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、
中国共産党はこれを繰り返し否定している。

2020 年 4 月 15 日、マイク・ポンペオ(Mike Pompeo)米国務長官はフォックス(Fox)ニュースに対して、「同ウイルスが中国の武漢市で発生したことは分かっている」とし、ウイルスが自然界で 発生したとの見解を示す一部の医療専門家が発生源と考える野生動物市場を指しながら「中国科学院武漢 ウイルス研究所が生鮮市場(ウェットマーケット)の所在地からほんの数マイルしか離れていないことも分かっている。調査すべき事柄が多くある。中国政府は情報を開示する必要がある」と主張している。 

2020 年 2 月 24 日、新型コロナウイルス感染症の震源地となった 中国湖北省武漢市に所在する武漢赤十字病院の隔離病棟の横 にある準備室で防護服を着用する医療従事者等 。 ロイター

跳ね上がる損失

2020 年 1 月中旬時点で、感染拡大を大幅に食い止めるには遅すぎた感 がある。新型コロナウイルス感染症流行により、すでに中国の製造網とサプライチェーンに混乱をきたし、世界中の航空会社や観光業界から自動車・医薬品・技術メーカーに至るまで、業界全体にその波紋が及んだ。

ブルームバーグニュースの報道によると、この頃までにTesla(テスラ)や Apple (アップル)などの国際企業が中国国内での事業運営を停止している。影響は中国国外にも及んでいる。たとえば、韓国の現代自動車(Hyundai Motor Company)は、中国から輸入している部品の供給に問題が発生したことで、自動車生産を停止した。

流行による経済的被害は中国だけでも 6 兆円相当 (600 億米ドル)を超える可能性があることから、中国の国内総生産(GDP)が最大の打撃を受けることになると、2020 年 1 月末の時点で一部のアナリストは予測していた。中国社会科学院の張敏(Zhang Min)常勤教授は隔週刊誌「財経(Caijing)」の オンライン版に対して、「2020 年第1四半期の国内総 生産の成長率は約 5% になる可能性がある。5% を 下回る可能性も否定できない」と語っている。同誌は政府により厳格に管理されていない数少ない中国報道機関の 1 つである。さらに少ない 4% 未満となる恐れがあり、早急の回復が見込めないという見解を示す経済学者も存在していた。2019 年の中国の
経済成長率は 6% であった。これはデータの集計が開始された 1992 年以来最低の伸び率である。

ウォール・ストリート・ジャーナル紙が 2020 年 2月上旬に報じたところでは、新型コロナウイルスにより中国のインフレが促進され、2020 年 1 月には消費者物価指数が 5.4% 上昇して 8 年超ぶりの高水準となった。中国の交通銀行の劉學智(Liu Xuezhi)経済学者は同紙に対して、この現在のデータには流行の真の経済的影響が反映されていない可能性があると語っている。

有害な経済的影響が継続的に他諸国に波及したため、アナリスト等はその被害予測を上方修正した。2020 年 2 月上旬時点で、一部のアナリストは世界的 な損失が 30 兆円相当(3,000 億米ドル)から 40兆円相当 (4,000 億米ドル)に上ると予測していた。中でも、ミズーリ州セントルイスに所在するセントルイス・ワシントン大学オーリン・ビジネス・スクールのパノス・コウベリス(Panos Kouvelis)博士は、ウイルス流行による「グローバルサプライチェーンへの余波が収まるまで、16 ヵ月から2年間はサプライチェーンの混乱が続く可能性がある」と述べている。

2020 年 2 月中旬までに、中国を起点として広がった新型コロナウイルス感染症の流行により、世界で1,300 人以上が死亡し、6 万人近くが感染した。2002年から 2003 年にかけて流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)では世界で774人に上る死者が発生したが、今回の新型ウイルスによる死者数はこれを大幅に上回っている。ガーディアン(The Guardian)紙によると、重症急性呼吸器症候群が流行した当時の全世界の国内総生産は約 3,500 兆円(約 35 兆米ドル)であったが、同症候群により世界経済にもたらされた経済コストは3兆円相当(300 億米ドル)から 5 兆円相当 (500 億米ドル)に上った。コウベリス博士の説明 によると、新型コロナウイルスがグローバルサプライチェーンに与える影響は、重症急性呼吸器症候群の数倍に上る可能性がある。

US ニューズ & ワールド・レポート誌が伝えたところでは、2020 年 2 月中旬、グッゲンハイムインベストメンツ(Guggenheim Investments)のスコット・ミナー(Scott Minerd)グローバル最高投資責任者が著述した研究ノートには、「たとえウイルスがパンデミックに発展しなくても、これが世界情勢に影響を与えないと考えるのは合理的ではない。企業の利益やフリー・キャッシュフロー(FCF)に与える影響は劇的なものとなる」と記されている。

株式市場の下落

感染症の拡大に伴い、主に健康危機への懸念から、世界の株式市場と商品価格にも悪影響が発生した。BBC ニュースが伝えたところでは、中国の株式市場では、2020 年 2 月上旬の春節(旧正月)が終わった直後に上海総合株価指数が前日の終値よりも 8%急落した。間もなく他の市場にも同様 の影響があると考えられる。香港、日本、韓国、台湾などの他のアジア主要市場にも悪影響が及んだ。欧州市場も下落した。

当初は安定していた米国株式市場も、間もなくウイルスの渦に巻き込まれて市場調整が必要となるであろう。2020 年 2 月 27 日、ダウ平均株価の 1 日の 下落率が過去最大を記録した。2020 年 2 月末時点で、米国株では 2008 年金融危機(リーマン・ショック)以来初めて 10% 範囲の大幅下落が発生し、中国の経済低迷期間を 2020 年第1四半期と予測したアナリスト等はこれを第2四半期まで延長し始めた。2020 年 2 月下旬、イェール大学で上級研究員を務めるスティーブン・ローチ(Stephen Roach)博士は CNBC で放送されている番組「スクワークボックス(Squawk Box)」で、「現在のところ、中国経済は横ばいである」とし、「これまでにない隔離措置と移動・旅行制限の影響により、現在、中国経済は実質的に停滞している」と説明している。

モーガン・スタンレーのアジア拠点の会長を務めていた 2007 年から 2012 年に中国に在住していたローチ博士は、短期的な経済的影響がすでに発生していることから、中国政府が継続的に新型コロナウイルスの封じ込めに取り組むことを望むと述べている。

しかし、2020 年 3 月に入っても恐ろしい勢いで世界中に拡大し、イタリア、スペイン、米国に中国よりも過酷な打撃を与えた新型コロナウイルスは、遂には 179 ヵ所の国や地域に広がった。ダウ平均株価は下落の記録を更新し、3 月 21 日には 2008 年金融危機以来最大となる 10% の下げ幅となり下落相場に向かった。ウォール・ストリート・ジャーナルによると、ダウ平均株価は 3 月 23 日に年初より 42% 低い年初来安値をつけたが、ニューヨーク株式市場はそこから3日続伸して 21% 上昇した。これは3日間の上昇率としては 1931 年以来の大きさである。

3 月末までに、世界で 87 万人以上がウイルスに 感染し、感染症により 4 万 3,000 人を超す死者が 発生した。2020 年 3 月 31 日までの累計症例数は、米国が 18 万 9,000 件超、イタリアが 10 万 5,000 件超、スペインが 10 万件超、中国が 8 万 2,000 件超となる。フランス、イタリア、スペイン、米国における死者数も、当時中国が公表した同国の死者数を上回っている。CNBC ニュースが報じたところでは、ダウ平均株価は 2020 年第1四半期を大幅安で終了した。下落率は 22% 以上で、第1四半期の成績としては過去最悪となる。S&P 500 も第1四半期としては 1938年以来最悪を記録した。

新型コロナウイルス感染症例数と死者数は 2020年 4 月まで上昇を続けた。パンデミックにより世界経済が不測に揺れ動いたため、米国と他の市場における価格変動(ボラティリティ)も 4 月まで続いた。CNBC ニュースが伝えたところでは、投資銀行業務に携わるゴールドマン・サックス (Goldman Sachs)は 3 月末の時点で第 2 四半期に米国経済が前例のないほど衰退することを予測していたが、同社は同経済は史上最速の速度で回復すると述べている。

底なしの代償

この憂うべき経済指標や予測から、堅実な公衆衛生政策と優良な統制の重要性だけでなく、政策と統制の失敗によりいかに巨大な人的損失と経済コストが発生するかが窺い知れる。 

多くの専門家が主張するように、中国が国民や国際社会に正確な情報を適宜に包み隠さず開示していれば、こうした損失は軽減できたはずである。中国が迅速に対応していれば、どれほどの命が救われか、また何十億、何兆にも上る資産や収益の損失を防ぐことができたか否かを正確に推し量ることはできない。専門家等の見解によると、特に中国では、深刻な経済的・社会的影響がこれからも続くことになる。今後どれほどの損失がもたらされるかは、中国がこれから講じるウイルス拡大防止措置
と経済低迷を抑制するための対策、および初動対応の失敗に対する責任を負うかどうかにかかっているという点でアナリスト等の見解が一致している。

2020 年 2 月下旬、「隔離と移動・旅行制限の時期尚早な緩和は、現在の感染症流行の実態よりもはるかに危険な再発に繋がる可能性がある」とCNBC ニュースに語ったローチ博士は、 「中国にはこれだけは絶対に回避してもらいたい。現在も感染が明らかに拡大している世界諸国にとって、これは非常に重要となる」と述べている。

中国を含む諸国の政府は、感染流行の経済的影響を相殺するために刺激策を展開している。しかし、流行が激化した時点で感染を封じ込めるために実施するべきであった抜本的な対策ほどの効果を、こうした措置によりもたらすことができる可能性は低い。同博士は、「こうした措置は基本的に政策措置に反応しない」とし、「財政・金融政策により実現し得る結果は市場の安定化である。これは確かに重要ではあるが、最も重要なのは、中国などの国々の経済が回復した後、その後の回復の勢いを支えることである。つまり、諸国はウイルス関連の影響における被害側面ではなく、反対側に働きかけていることになる」と説明している。

奪われた命や自由を相殺する手段はない。実際の悲劇は、中国にはこうした損失の規模を抑える機会があったにも関わらず、同政府は中国国民の権利や健康よりも中国共産党の指針を重視し、他の諸国をも危険に曝したことである。 

2020 年 2 月中旬、日本の公共放送を担う日本放送協会の外国語ニュースが掲載される「NHKワールド・オンライン」の記事に、国際部の篁慶一記者が 「多くの人々は、当局が彼[李文亮医師]の警告に耳を傾けていれば、ウイルスはこのように拡大していなかったと信じている」と記している。

李医師が死去した際、世界のオンラインで中国共産党に対する批判が爆発した。中国は李医師の家族に哀悼の意を表し、武漢市当局による感染の対応について調査を開始することで、こうした批判を鎮圧しようとした。こうした行為が中国の宣伝工作魂によって動機付けられたものだとしても、国民の懸念に耳を傾けより高い透明性と統制改善を重視する方向に向かって小さな第一歩が踏み出されたようである。

米公共ラジオ局が報じたところでは、同医師はこの世を去る前、自身の擁護ではなく感染流行に関する重要な情報を開示することの重要性を強調していた。隔週刊誌「財経」のオンライン版の取材に応じた李医師は、「健全な社会の意見は1 種類であってはならない」と述べている。

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