監視の徹底

捜査本部長インド太平洋地域との の連携による麻薬密売の阻止
2019 年 4 月、アメリカインド太平洋軍の反麻薬活動を指揮するべく、ロバート・ヘイズ(Robert Hayes)少将が、統合省庁任務部隊(JIATF)西部 の指揮官に就任した。ヘイズ氏は、米国沿岸警備隊の情報担当副指揮 官としての以前の職務において、1,100 人以上の情報部員の活動を指揮 した。ヘイズ氏は現在、情報部門での経験をもとに、インド太平洋の 麻薬カルテルや多国籍犯罪組織を妨害しようとする取り組みを先導してい る。2019 年 10 月、ヘイズ氏はフォーラムの取材に応じ、薬物撲滅の取り組みにおける JIATF West のパートナーシップから危険度の高いオピオイド フェンタニルがもたらした国際的な大混乱まで、あらゆるトピックについて語ってくれた。
フォーラム: 麻薬の密売を阻止するために、JIATF Westが、インド太平洋地域の同盟国とどのように協力し合っているかについてお聞かせください。
ヘイズ 少将:インド太平洋地域は広大なので、私たちの 活動はすべていわば団体競技のようなものです。薬物や前駆体化学物質を取り締まり、同盟国や友好 国への情報提供と共有を行い、また他の国々の能力向上 を支援するためにはお互いが協働することが不可欠 です。たとえば、米国(またはその他の国)に来る 薬物はそのほとんどが製造に化学物質を必要とします。メタンフェタミン、フェンタニル、ヘロイン、コカイン、マリファナなどをはじめとする懸念されるべき麻薬は多数あります。違法薬物を製造する場合、マリファナ以外、たとえばヘロイン、メタンフェタミン、フェンタニ ル、コカインなどは化学物質を必要とし、しかも膨大な量が必要です。それらの化学物質の多くがどこで作られると思いますか?インド太平洋地域では中国と インドです。これらの化学物質の大部分は合法的用途 のために作られており、しばしば規制もされています。医薬品、化粧品、塗料などに使用するという正当な目的のために作られているのです。つまり、私たちが言いたいのはこれらの化学物質は「本来」合法的に作られている、ということです。ほぼ毎日のように、メキシコやコロンビアなどの国々にフェンタニルまたはコカインのような麻薬製造に転用され得る大量の化学物質が、太平洋を超えて流入してきます。コロンビアは世界に出回るコカインの約半分を生産していて、メキシコはアメリカに流入してくるヘロインとメタンフェタミンのほとんどを作っています。そして、メキシコから米国に流入してくるフェンタニルの量はますます増加しています。これらの薬物はすべて、その製造に化学物質を必要とします。

最初に述べたように、情報収集作業や麻薬の取り締まりは、団体競技のようなものです。つまりインド太平洋地域の規模を考えると、そこに根付いているネットワーク組織を理解し標的を正しく定めるためには、大規模な調査と情報収集活動が必要でありそれは 1つの団体や国だけでは出来ません。私たちは米国政府内
の複数の情報収集機関と法執行機関の働きにも大いに助けられていますが、それよりもはるかに広い範囲において他国の類似機関からのサポートにも頼っています。他国との取引では、麻薬取締局(DEA)、国土安全保障調査局、FBI などの国境を越えた犯罪組織や麻薬取引組織などを対象とした捜査当局を持つ法執行機関とも連携しています。インド太平洋地域の様々な大使館にはこういった機関の人員が常駐しており、私たちは彼らの協力を得ています。場合によっては、
その大使館にアナリストを派遣し、これら法執行機関の捜査官を直接支援することもあります。そうすることによって彼らが私たちの分析力を活用することもできます。彼らはホスト国と協働しながら調査を主導して目的を定め、その後機関間で協働しつつ捜査班が情報を収集して整理し、最終的には情報を押し戻しより徹底的な調査または運用を実施できるようにしています。
ほとんどの場合、化学物質の出荷に関する動きは迅速ではありません。たとえば化学物質を積んだコンテナ型の貨物船は、中国から南アメリカまたはメキシコに到着するまでに数週間かかることもあるので、私たちには情報を精査するために時間を使うことができます。違法薬物の製造に使用される前駆体物質の東向きの流れに注目しつつ、また同時にこれらの前駆体で製造された完成薬物の西向きの流れを監視することも出来るのです。私たちだけでこれを行うことは出来ません。私たちに逮捕は出来ませんし、人を直接的に調査することも出来ません。また、最終的な法執行活動も行いません。しかし、私たちが行う情報収集と同盟間の連携力や協働的なセキュリティによって、互いに協力して多国籍犯罪グループに対抗することができるのです。
フォーラム: 前駆体化学物質は、違法的に使用される一方合法的な用途もあります。それが、あなたの仕事を難しくしているのでしょうか?
ヘイズ少将:その通りです。これらの化学物質は正当な目的にも使われるので、非常に難しいところです。疑わしい貨物を特定するには正確な分析に努めること、また協力を得ることが必要です。化学者レベルの知識までは必要ないとしても、違法薬物の製造に必要な特定の化学物質に目が利くことは必要です。
疑わしい「パターン」を探すのです。ある場所に送られる特定の化学物質においてどれくらいの量が上乗せされているか、などです。あるいは、多国籍犯罪集団の間のつながりを探すことも効果的です。私たちが知る犯罪者は、国境を越えた犯罪世界でも悪者として知られています。彼らのつながりを暴き、麻薬密輸人を見つけ出すのです。

他の国と同様に、メキシコやコロンビアは医薬品や化粧品など多くの用途のための化学物質を多量に輸入しています。疑わしい出荷を特定するために、犯罪人との協力関係で知られている特定の荷送人を探し出します。また、私たちが着目し、洗い出そうとしているネットワークへの他のつながりも探し出し、そのための調査やそれらを標的とするための活動も支援します。
フォーラム: あなたの仕事は、自由で開かれたインド太平洋地域のためにどのように役立つと思いますか?
ヘイズ少将:自由で開かれたインド太平洋地域とは何だと思いますか?すべての国の主権を尊重し、国際海域や空域での自由な移動を確約し、また国際法や規範の遵守、相対的な安定と繁栄を保証できるような環境です。その基本的な構成要素は統治であり、国家が海洋のボーダーを含む国境を監視・管理できることが重要です。ほとんどの国は12海里までの領海と 200 海里までの排他的経済水域を持ちます。それらを管理できるということは、監視によって自国や国境に侵入してくる悪意ある活動を検出できるということです。安全保障協力の面においては、違法薬物コントロールのための戦略、司法制度、法執行能力、ボートや航空機の発着設備といった面が不十分な国々に対して米国政府や議会と協力して資金を調達し、これらの分野におけるサポート活動を行っています。私たちは設備構築の手助けをして使い方を訓練し、実際に演習も行います。この地域において良い統治が推進されれば、悪意ある集団にとっては不利益になり逆に法規制、透明性、良い統治のために働く善良な人たちには助けとなります。
また、自由で開かれた貿易についても同様です。ここ数十年の間に私たちが取り組んできたのは、資源の適時供給に依存する世界経済です。その土台となるのが、適時に供給される商品の安全性とセキュリティです。そのため、商品の迅速な出入りを可能にするフレームワークだけでなく違法な商品や犯罪行為を発見するめ、船舶や飛行機において人や貨物を選別するフレームワークも必要になります。私たちが推進しようとしているのは、国境を越えた犯罪集団のつながりを暴くためのデータ収集を行う能力であり、結果として適切な機関に対処を委ねられるようになることです。
フォーラム: 太平洋の離島についても支援が届くように尽力されているのでしょうか?その重要性についても教えてください。
ヘイズ少将:離島の国々も私たちのパートナーであり、彼らとは歴史的なつながりがあります。これらの島のいくつかは米国の領土であり、またその他も私たちと
深い関係を持つ小国です。多くの場合、人々はアメリカという国が米国本土のみで構成されていると考えています。しかし、ハワイ州と同様にこれらの米国領は米国の一部です。さらに言うとこれらの離島は合流点であることによって甚大な影響を受けている国々です。まず、多くが気候変動による影響を受けています。また、ほとんどの国が多国籍犯罪の危険に直面しています。さらには違法漁業が彼らのGDP(国内総生産)に影響を与えています。彼らの経済は主に観光や漁業に依存しているため違法漁業は深刻な影響を及ぼします。(ヘイズ少将は、ここでフィジーと他のいくつかの太平洋諸島が麻薬密売人のハブ地点になっていることを指摘した最近のニュース記事を参照した。)これらの島は小国でありながら周辺海域は広くそのため監視は非常に困難です。オセアニアの23 ヵ国の総人口は約 1,000 万人でそのうちパプアニューギニアの人口が約 700 万人です。他の 22 ヵ国は人口がそれぞれ数万人であるため、通常は大規模な税関や警察組織強力な司法制度などを持っていません。もちろん彼らは最善を尽くしています。たとえば大規模な麻薬密輸組織について言えば、一方にはシナロアのカルテルがあり他方には三合会がある。その両方に対抗する事など不可能です。つまり、私たちは彼らを支援することで共に行き届いた統治、透明性、安定性を実現したいのです。
フォーラム: こういった努力によって太平洋諸島が違法薬物に対抗する能力を高めることができますが、さらにより広い地域という視点ではどのように役立つでしょうか?
ヘイズ少将:これらの国々が連携して取り締まることによって、違法行為がより難しくなると思います。基本的には近傍領域を一括で監視するプログラムを作る
ことによって、それらの領域を一体化することができます。それによって犯罪者の活動が困難になること、それが地域での活動の目的です。これらの国々の中には、既に比較的能力が高い国もありますが、私たちはすべての国の力をより高めて、違法行為が阻止できるようになる事を望んでいます。これはルールに基づく秩序であり、これによって中国を含むすべての国が過去 20 年、30 年、あるいは 40 年にわたって恩恵を受けています。私たちは、これらの国々が良い統治を行い不正な活動を排除する能力を持つことによって、GDPを引き上げ生活水準を向上させる能力を維持することをサポートしたいのです。それはきわめて基本的な主権の一部なのです。これらの国のいくつかは支援を求めており、私たちはそれに応えようとしています。そうすれば自由で開かれたインド太平洋地域が実現でき、すべての人に経済的な機会がもたらされるでしょう。
フォーラム: フェンタニル関連薬物の消費の増加と、過剰摂取による死亡は、昨今頻繁にトップニュースになっています。JIATF West の仕事にも影響が出てきていますか?
ヘイズ少将:米国では年間約 7 万人が薬物の過剰摂取によって死亡しています。これは膨大な数です。私たちはベトナム戦争全体で約 5 万 5 千人を失いましたが
過量摂取により、年間 7 万人ものアメリカ人が亡くなっているのです。このすべてがフェンタニルによるものではありません。およそ半分はオピオイド(フェンタニルを含む)によるものです。ここ数年の間にフェンタニルが依存薬物として使用される量はますます増えてきましたが、それに加えて一部の犯罪グループは、他の薬物とフェンタニルを組み合わせ独特の高揚感や刺激を持つ麻薬も製造しています。砂糖の小包ひとつに、約 100 回分の致死量が含まれ得るのです。フェンタニルはごく微量で効果があり、また比較的安価に製造できます。つまり利益率は天文学的に高くなります。コカインやヘロインに比べるとフェンタニルは簡単に製造できます。コカインやヘロインは画像や俯瞰図などを見ることで「ここにコカの葉が茂っている。ここにはケシが生えている」と特定できてしまいます。そして、その場所をターゲットにする事で根絶することが可能で供給ルートも押さえることができます。しかしフェンタニルは純粋な化学物質です。米国で使用されている違法なフェンタニルの大半は中国で製造されていますが、最近では国境線を超えて流入されるメキシコ産のものが次第に増えてきています。フェンタニルの 製造方法やオープンネットやダークウェブでの販売方法、そして暗号通貨を使った決済は私たち捜査班の追跡を困難にしています。そのため、私たちはネットワークを見張り悪人を特定し、またフェンタニルの生産に関連した前駆体物質の物流を特定し、それがマネーロンダリングやその他の活動にどのように結びついているかを洗い出す方向に多くの力を注いでいます。つまり、よりネットワークに重点をおいたアプローチを行っています。
フォーラム: JIATF West の任務について、他にも知ってほしいことはありますか?
ヘイズ少将:私たちは、他の多くの機関や国と協力して自国と他の同盟国の国民を守っています。それは簡単なことではありません。犯罪ネットワークを破壊したり国の能力向上を支援したりするためには根気が必要であり、私たちのこういった努力の結果がはっきり表れるまでには何年もかかるでしょう。これは崇高な使命です。失望することもありますが、私たちは粘り強く努力を続けています。犯罪ネットワークは適応性が高くまた多くのリソースを持っています。犯罪に対抗するためのこういった努力は数十年から数世紀にも亘ってずっと続いてきました。麻薬が出現しては追跡し、さらに人々がまた他の薬を見つける、といったことの繰り返しです。現在、化学物質のみで製造できる薬物により関心が集まっていることは懸念すべき事態です。マリファナならどこで栽培されているかを突き止めることが出来ます。オピオイドとヘロインの原料であるケシも栽培場所は特定できます。コカインやコカの葉についても同じです。しかし、それが単なる化学物質の場合は本当に困難なのです。犯罪者が化学物質にアクセスでき、あとは倉庫さえあれば合成薬を製造できます。その追跡は非常に難しいのです。これらの犯罪グループの一部は本当に狡猾でその工夫や創造性、リソースには舌を巻きます。彼らは監視の目をくぐるために半潜水艦からより高度な技術まであらゆるものを使用しています。手強い相手なのです。しかし、それでもこのタスクフォースのすべてのメンバー(メンバーには民間人、現役の軍隊と予備軍、請負業者、情報機関、捜査機関の人材が混在している)は自分たちが国を守っているのだと強く信じています。私たちは自分の国や同盟国に仕えること、そして守れ ることを光栄に思っています。その信念のもとに行う任務は私たちの行動に意味と目的を与えてくれています。任務を行い、また多くの人の家族や友人が薬物依存や薬物の過剰摂取の影響を受けていることを知る事は得難い経験です。それを知ることでより任務への意欲が増すのです。また、パートナーである同盟国との絆もより深くなると思います。