特集

「中国製2025」名前のみ消失

技術支配を狙う中国の野望への対抗

アラティ・シュロフ(Arati Shroff

を挙げた中華人民共和国(中国)の産業政策「中国製造 2025(Made in China 2025/MIC 2025 /中国語表記:中国制造 2025)」に対する国際的な懸念が高まる中、中国政府が速やかに 軌道修正を図ったことで、同政策が演説や新聞・報道で取り上げられる機会が明らかに減少した。しかし、中国の技術的・経済的・軍事的野望達 成に向けた取り組み、すなわち戦略的な 21 世紀経済の重点 10 分野における主要供給業者および主要研究開発(R&D)の中心としての地位を確立するという目標において、中国製造 2025 の戦略的政策が今後も引き続き中心的な役割を果たすことは間違いない。米国政府が対中制裁関税および中国の大手通信会社であるファーウェイ(Huawei Technologies Co. Ltd.)社と ZTE 社(ZTE Corporation)に対する禁輸措置を課したこともあり、最近、中国は自国が掲げていた中国製造 2025 の目標から国際的な注意をそらす試みを講じているが、中国共産党(CCP)はこの 5 年前に発表された同計画を加速させないにしても、その実施を継続することは必至である。中国製造 2025 は、自国を世界的な技術大国に成長させるために他国を犠牲にするという政府ぐるみの包括的アプローチを展開する中国共産党の性質を象徴するものである。 

中国共産党が中国製造 2025 の方針と目標を継続的に追求する姿勢に、経済的・技術的な自立と主要次世代産業の支配を達成するという中国共産党の優先事項が如実に表れている。中国の戦略に直面する米国とその同盟諸国は、中国の世界的な影響工作によりもたらされた経済不均衡に適宜に対応する必要がある。 

中国の上海で開催された 2019 年 CES アジア(Consumer Electronics Show Asia 2019)で、顔認識技術を展示する画面を見る訪問者等。アナリスト等によると、中国政府は新疆ウイグル自治区の少数民族迫害に同様の技術を用いている。VeriSilicon 社は上海に拠点を置く中国のシリコンプラットフォームサービス企業。ロイター

インド太平洋地域で国家安保の役割に携わる者は、中国製造 2025における計画の進捗状況、資本の非効率的な使用、現在までの調整された相対的重要度に関係なく、同政策に基づく政策とプログラムに引き続き注意を払う必要がある。国家の安全と経済的繁栄の相互関係、最先端技術の軍民両用(デュアルユース)、迅速に進んでいる中国の軍民融合
を考慮すると、中国製造 2025 を通じて実現される中国の独裁国家資本主義モデルにより同地域に深刻な影響が及ぼされる。 

中国の長征への第一歩 

中国共産党は中国製造 2025 を通して、かつて低価値な重工業製品を生産していた中国を、量子コンピューティング、人工知能(AI)、マイクロプロセッサーなどの次世代技術
で国内市場を支配することで経済成長を支える「スマート」製造ハイテク大国に変革することを目指している。中華人民共和国国務院は中国製造2025を通じて市場占有率を高める重点 10 分野として、次世代情報技術(半導体やサイバー)、ロボット工学、航空・宇宙用設備、海洋工学、最先端鉄道設備、省エネ・新エネ自動車、電力設備 (スマートグリッドやスマートシティ)、農業設備、新素材、バイオ医薬品を挙げている。  

総合コンサルティング企業のPwC(プライスウォーターハウスクーパース)によると、中国が「第四次産業革命」で利益を上げる能力を備えるためには、こうした新興分野で世界的な主導権を握ることが最重要となる。世界経済フォーラムを設立した経済学者、クラウス・シュワブ(Klaus Schwab)によると、第四次産業革命とは現在発生している 「物理、デジタル、生物圏の間の境界を曖昧にする」技術的進化を指す。こうした分野における有利性を確立することで、企業(中国の場合は政府)は世界的な基準と独占的な価格を設定し、貿易禁輸措置を課し、そして軍用装備品と軍事ソフトウェアの開発を先導できるようになることで、ハードパワーやシャープパワーを用いる状況下で明確な優位性を獲得することが可能となる。 

「中所得国の罠」の回避

中国首脳陣はまた、中国製造 2025により、中国経済が「中所得国の罠」に陥るリスクを回避できると考えている。経済学者のインダーミット・ギル(Indermit Gill)博士とホミ・カラス(Homi Kharas)博士が作った新造語「中所得国の罠」とは、1 人当たりの国内総生産 (GDP)が約 120万円(1 万 2,000米ドル)と定義される「中所得国」に成長した国が、先進国入りを前にして賃金の停滞や経済成長の減速に陥る状態を言う。これは、従来投入した土地、労働力、資本の容量を超えて生産性を高めることができなければ脱出できない。世界最大の低価値製品生産国として、30年以上にわたり異例の急速成長を遂げてきた中国では、従来型の経済成長モデルはもはや機能しない。中国製造 2025 を通じて、中国共産党は自国経済の停滞を回避し、将来に向けて経済安定路線に乗りたいと考えている。経済目標が成功すれば、国内外での中国共産党の正当性を維持し、中国人民解放軍 (PLA)の軍事力を強化するという中国製造 2025 の 2 つの主要目標が達成されることになる。

外国技術への依存度の低下 

2015 年に中国が発表した中国製造2025 は、そのプログラムの規模と地理経済学の重要性の高まりにより、世界各地からかなりの警告が継続的に発せられる要因となった。多くの諸国が産業政策を通して自国の経済的目標と国家安保の目標を達成するのに対して、中国製造 2025 の場合は、中国は「国家のために闘う」強力な組織を構築して支援することで、先進国におけるハイテク産業の指導権を明確に置き換えることを狙いとしている。そして、結果的にこれが世界的な巨大組織に成長することになる。

特に、中国製造 2025 における国産比率の目標には、将来的な世界経済成長の推進力となる次世代技術を 「競合」するだけでなく、「支配」するという中国の企みが表れている。国産比率の目標とは、中国国内市場と世界市場において中国企業の製品が達成するべき市場占有率を指す。同計画における非公式のロードマップでは、2025 年までに中国が主要技術産業で自主ブランドの市場占有率 70%を達成する目標を掲げている。建国 100 年を迎える2049 年までに、中国はハイテク大国として世界市場を先導することを望んでいる。中国共産党第 19回全国代表大会(第 19 回党大会)で習近平(Xi Jinping)中国主席が概説したように、中国製造2025 の目標達成日が、世界最高級の軍事大国になるという中国の目標と一致していることも偶然ではない。 

中国製造 2025 は単に中国のイノベーションエコシステムを構築することを目的とするものではなく、中国企業の国内成長を促進して世界の市場シェアを獲得できるように中国企業を保護し、その過程で外国の競合他社を追放する取り組みを支援するというお馴染みの中国の経済的国策に従うものである。この取り組みにおいて、同国政府は知的財産窃盗、国家ぐるみの商業スパイ、市場アクセスと引き換えにする強制的な技術移転、国家擁護組織への補助金、保護貿易主義と輸入代替政策、買収、外国人人材募集プログラムを
手段として採用している。中国はまた、先進国の開放的な教育システムを逆手に取り、科学技術産業の人材の育成に励んでいる。中国製造2025 実装の中核には、中国共産党委員会(党委)の活用や資金の利用などを通じて、民間部門、研究機関、学界の活動を調整・整合する中国共産党の役割が存在する。 

中国製造 2025 への言及の消滅

この1年半にわたる国際的な反発を受け、中国首脳陣は中国製造 2025を公的には控えめに扱い、演説、出版物、宣伝活動での同計画への言及を避けている。中央政府は公式な中国報道機関に対して、印刷物やオンラインプラットフォームで 「中国製造 2025」という用語を使用しないように明示的な指示を与えている。過去 3 回の中国政府活動報告では
中国製造 2025 が強調されていたにも関わらず、北京で開催された 2019年全国人民代表大会(全人代)で李克強(Li Keqiang)中国総理が実施した政府活動報告では同政策に関する言及が影を潜めていた。 (中国共産党の年次政府活動報告は特定の経済政策を地方政府、企業、市民に伝えるもので、これにより国の将来的な方向性を設定し、行動を促進する)。それでも李総理は、中国製造2025 の目標とされていた従来型の産業の改善、研究開発の強化、次世代情報技術、新エネ自動車、新素材といった分野への支援を誓約している。 

中国政府は国際社会に対して、おそらくはそれほど高い脅威を提示しない中国製造 2025 計画の改訂版を発表すると主張しているが、たとえ同政府が中国製造 2025 の見直し
を行い、国際社会に類似のプログラムを紹介したとしても、中国共産党が同計画で定められている目標遂行に引き続き取り組むことに変わりはない。実際、中国政府は長期戦に向けて準備を進めており、製造業を振興する長期的な産業戦略への投資を倍増したようである。これには部分的に、米国関税措置とオーストラリア、日本、ニュージーランド、米国が実施した中国企業に対する安保制裁が起因している。 

中国共産党は国内報道機関に対する独占的操作をうまく活用して、中国の技術目標、経済目標、軍民融合目標に向けてあらゆる社会的要素が団結するように国民感情を煽っている。中国共産党の党首でもある習主席は、中国の自立促進、コア技術の習得、サイバー超大国への成長、技術革新主導の経済の確立を国内演説でますます強調するようになっている。これらはすべて中国製造 2025 目標の達成に不可欠な要素である。

深く根ざした技術への野望

概念的には、中国製造 2025 戦略の中核目標は中国にとって目新しいものではない。実際のところ、その根源は中国の歴史と社会と深く繋がっている。長年にわたり、中国は国内成長を促進し、政治的正当性を維持するためのコア技術の開発を目的とした産業政策を掲げているが、中国製造 2025 は基本的に同政策が進化したものである中国を研究する学者のエヴァン・ファイゲンバウム(Evan Feigenbaum)博士によると、毛沢東(Mao Zedong)主席から習主席に至るまでの全中国指導者には、国力の源として、また中国国内の科学技術力を開発する必要性から、技術の戦略的重要性を掲げるという共通点がある。

事実上の中国最高指導者、鄧小平(Deng Xiaoping)が 1978 年に提示した経済的な「改革開放」路線への政策転換は中国近代化の最重要課題として科学技術を明確に示すものであり、胡錦濤(Hu Jintao)主席の 2006 年の「自主創新」戦略は中国製造 2025 の直接的な前身としての役割を果たしている。2006 年には 60%であった外国技術への依存度を 30%まで低下して 2050 年までに世界的な技術大国になるという目標を掲げた胡主席の戦略は、中国製造 2025と同様に、外国技術から中国を乳離れさせることを狙いとしていた。ハイテク技術開発を実施する 1986 年の「863」計画といった政府支援の他のイニシアチブにより、中国の外国技術への依存度を低下させるための研究に資金が投入され、これが中国独自開発の有人宇宙船「神舟」や世界最速級のスーパーコンピュータ 「天河二号」の誕生に繋がった。

ジェームズ・マクレガー(James McGregor)中国専門家によると、胡主席の戦略はテクノナショナリズムの新時代の幕開けであった。外国に強制する技術移転、中国市場に対する対外投資の差別的処遇、知的財産窃盗、サイバースパイ、国内企業への過剰な補助金、輸入代替政策などはすべて、西側諸国の企業が 「中国と取引して市場アクセスを獲得
するために支払わざるを得ない代償」として諦めている中国の欠点である。こうした不公平な競合要素が深く浸透した中国政府全体のアプローチの青写真となったのは、この 「自主創新」戦略である。全体として、こうした政策により、中国企業は管理下に置く外国の主要技術を増やし、外国の競合他社を犠牲にして国内市場と世界市場の占有率を拡大してきた。

2019 年 1 月に中国・湖州市に所在する工場のロボットアーム製造ラインで働く男性。中国共産党は 2025 年までに情報技術とロボット工学を含む重点 10 分野の産業部門の市場占有率を著しく高める方針を打ち出している。ロイター

2012 年の習主席就任以降、自主創新思考は加速および拡大しており、中国共産党は 2010 年の 1 人当たりの GDP を倍増させることで2021 年までに「全面的小康社会」を建設し、2049 年までに中国を「完全に開発された豊かな強国」に成長させると宣言している。

しかし、アナリスト等の見解では、全体的にこうした産業政策は中国の世界貿易機関に対する誓約に違反するものであり、これにより中国企業は不当に有利な立場で基準を設定し、プロトコルを開発し、そして人工知能、深層学習(ディープラーニング)、スマート製造などの次世代技術の戦略的エコシステムを確立することができる。こうした分野における中国の優位性が加速的に高まっていることで、中国市場において同分野で多国籍企業が公正に競合できる機会はすでに狭き門となっている。簡単に言えば、中国は公開市場における自由かつ公正な競争を通じてではなく、外国の競合他社を犠牲にして国内市場と世界市場のシェアを拡大しているのである。

世界市場を歪める中国共産党の引導基金

中国政府は中国製造 2025 を実施し、「国家のために闘う」強力な組織を育成するために膨大な資金を割り当てている。中国の経済停滞が囁かれ、中国共産党の公式代弁者等が中国製造 2025 を重要視しない素振りを見せても、同政策への資金と人員の割り当ては依然として減速する様子がない。国営企業に対する資本の非効率的な配分や取り組みの重複の可能性など、同政策のアプローチには限界があるとは言え、同戦略は全速力で前進している。

中国の調査機関、清科研究センター(Zero2IPO Research)による資料を基にさまざまなアナリスト等が見積もったところでは、800 件から 1,600 件に上る中央・地方政府の引導基金によって支えられる中国製造 2025 の 2018 年度末の資本金総額は 58 兆 4,800 億円相当(5,848 億米ドル)に達している。同機関の計算によると、毎月平均 7.57 件の新規政府引導基金が設立されており、各基金の平均資本金は 361 億円相当(3 億 6,100 万米ドル)に上る。国家主導の調達によるこの莫大な資金は、中国の直接融資と間接融資、
補助金、税控除、低利融資、政府調達契約で構成される。 

しかし、龍洲経訊(Gavekal Dragonomics)のランス・ノーブル(Lance Noble)上級アナリストは、中国共産党の産業政策の成功が資金額により左右される可能性は 低く、むしろ「産業の構造、政府の政策、個々の企業の行動の相互作用」にかかっていると指摘している。ノーブル上級アナリストは上記の指標を考慮に入れ、中国製造 2025 政策の範囲内で言えば、中国は民間航空機開発分野よりも電気自動車と医薬品分野で成功する可能性が高いと推定している。

中国製造 2025 の政府引導基金の規模を考えると、中国政府が資金提供するソーラーや鉄鋼の産業で発生しているように、過剰生産能力と世界市場の歪みが引き起こされるとい う懸念が存在する。さらに、中国製造 2025 に纏わる政府資金の透明性が低いことから、資本が非効率的または不適切に配分される可能性がある。残念ながら、中国共産党が中国製造 2025 政策の重要性を否定する素振りを続けているため、資金を追跡して、こうした政府引導基金がどのように世界市場と将来的な産業を歪める可能性があるかを調査することは困難である。 

独自の構築が無理なら買収せよ

中国製造 2025 関連の政府引導基金は、国内企業への助成金だけでなく、海外における初期段階のハイテクスタートアップ企業や企業支援者の買収や対外投資を通じて中国が必要とする外国技術を獲得する手段としても利用される。米調査会社のロジウム・グループ(Rhodium Group)の投資監視報告によると、過去 18 年間の情報通信技術分野に対する中国の対外直接投資は年間約1兆 6,800 億円(約 168 億米ドル)に上っている。同社の計算によると、この投資機会の流れの大部分は 2014 年から 2016 年に集中している。これは中国政府が中国製造2025 および関連技術産業政策を立ち上げた時期に沿っている。 

こうした取引の一部は外国政府の精査を回避するため、ベンチャーキャピタル投資として中国の民間部門が主導している。しかし、こうした投資が純粋な利益動機のために行われた可能性は低く、直接的か間接的かを問わず、むしろ中国国内における科学技術力の強化推進を目的としていたと考えるほうが自然である。国家目標の達成に向けて、習主席が共産党を使ってすべての国内経済力を支配するのに伴い、中国の民間部門と政府支援企業との間の境界線がますます曖昧になっている。中国の学者や実務家の中でも、この見解に異議を唱える者はそう多くない。新米国安全保障センター (CNAS)のアシュリー・フェン (Ashley Feng)研究員は、中国共産党による民間部門の支配強化の例として、2017 年の国家情報法の成立、民間企業における党委の組織率の増加、次世代技術に特化した民間企業に対する政府ベンチャーキャピタル資金の使用を挙げている。

アメリカ進歩センター(CAP)の中国政策専門家であるメラニー・ハート(Melanie Hart)博士は、経済圏における「グレーゾーン」戦術の例として、中国の外国技術買収戦
略を挙げている。たとえば、中国は段階的な手順を使用して「少しずつ」外国のノウハウを取得し、最終的にバリューチェーン全体を中国に移転する。(歴史学者のハル・ブランズ(Hal Brands)博士は、グレーゾーン戦略を「本質的には強制的かつ攻撃的であるが、在来型の軍事紛争の発端とならないように意図的に構成された活動」と定義している)。中国は多くの戦略的優先課題でこうした戦術を採用している。最も顕著な例は、南シナ海の領有権主権に伴う行為である。

たとえば、自動車のライドシェア産業の発展には、何としてでも支配するという指揮統制アプローチを取る中国政府の典型的な事例が見られる。中国最大のライドシェア企業である滴滴出行(Didi Chuxing Technology Co.)は米ライバル会社の Uber(ウーバー)との競合に勝つために、政府補助金や有利な報道内容など、政府の後ろ盾により得られるすべてのメリットをうまく活用したことで、Uber は市場アクセスの鈍化、土壇場での規制変更、慎重に組織化された中傷的な宣伝活動の被害者と化した。最終的に、Uber は わずかな合併会社の株式と引き換えに、その中国事業を滴滴出行に売却している。買収により地域的な拡大を続ける滴滴出行は、シンガポールに拠点を置くグラブ(GrabTaxi Holdings Pte Ltd)に 2,000 億円(20 億米ドル)を超す投資を行っている。同社が投資を倍増した後、グラブが Uber の東南アジア事業を買収した。東南アジアの Uber 打倒を狙った滴滴出行の読みは正しかったわけである。グラブ経由で東南アジアから Uber を締め出した滴滴出行は、次の征服地域としてオーストラリアに目を向けている。中国共産党を後ろ盾とする滴滴出行が、自動運転技術と人工知能機能の開発に莫大な金融資本を投資しているのは単なる偶然ではない。 

中国が自由市場経済と技術革新拠点をうまく利用して外国技術を獲得する手段の規模があまりにも大規模にわたるため、先進諸国は経済安保と技術革新の保護対策を再評価せざるを得なくなった。インド太平洋地域では、オーストラリア、日本、米国が最近、新興技術分野を含めた対外投資規制を改訂している。 

危機に曝される 競争力と技術革新

中国製造 2025、あるいはその呼称に関わらず中国の「革新の重商主義」モデルを推進する政策は、技術革新に基づく高賃金の産業で中核的な競争優位性を持つ諸国の経済的福祉に根本的に挑戦するものであると述べた情報技術イノベーション財団(ITIF)のロバート・アトキンソン(Robert Atkinson)博士は、低価値の製造業とは異なり、積年のエコシステムは複雑で参入障壁が高いため、国の技術分野と技術革新基盤における競争力を永続的に喪失した場合は、これを再構築することは非常に困難であると説明している。しかも、先端技術産業で主導力を失うと 「死のスパイラル」に陥る。

第一に、市場重視型企業は市場占有率と利益を、重商主義に支えられた競合他社に奪われる。高度な製造業とハイテク産業、特に日本、韓国、台湾、米国などが高度で高賃金
の仕事喪失の危機に曝される。アトキンソン博士によると、市場重視型企業は収益を再投資して次世代の革新的製品を開発できなくなるため、その国のイノベーションエコシステムがさらに損なわれる。その結果として、多くの場合、サプライチェーンが再編成され、これにより国の経済安保と国防産業基盤を維持する能力に悪影響がもたらされる。

たとえば、外交問題評議会(CFR)のブラッド・セッツァー(Brad Setser)博士は、日本企業から新幹線の技術を供与された中国企業が、高速鉄道事業においてより価格 競争力の強い日本の競合相手になった例を挙げている。中国市場参入を目的として、高速鉄道車両プロジェクトを落札した日本企業は非常に評価の高い新幹線の技術を中国企業に提供した。中国は同技術を取得・導入した後、中国共産党の政策と規制による慎重な保護の下で高速鉄道を国産化し、これを「独自開発」と主張して、日本の新幹線製造企業を相手に世界的な競合を図ったことで、日本企業の競争力と技術革新の基盤が弱体化した。

地域の半導体産業への進出

別分野に視点を移すと、現在も進行している中国製造 2025 による経済的国策により、同地域の半導体産業に競争力と技術革新衰退の危険性がもたらされている。世界の上位 10社の半導体企業のうちの 9 社が、インド太平洋地域に拠点を置いている。国内で高速鉄道産業を発展させることが 2000 年代の中国の必須課題であると仮定した場合、この目的
に向けて、引き続き中国は半導体産業でも「国家のために闘う」強力な組織を構築し、外国供給業者を締め出す取り組みを着々と進めている。 

米国半導体工業会(SIA)によると、半導体チップは人工知能、自律システム、量子コンピューティングといった将来的な技術的進歩の支柱であるため、これまで半導体産業がそれほど盛んでなかった中国も、国内で同産業を発展させることが経済成長にとって重要であると考えるようになった。戦略国際問題研究所(CSIS) のジェームズ・アンドリュー・ルイス(James Andrew Lewis)博士によると、今後5年間で11兆 8,000 億円相当(1,180 億米ドル)をかける中国政府の半導体投資計画は、外国の競合他社の計画的
研究開発を圧倒する規模である。 

2019 年 6 月、北京の証券会社で株価をチェックする男性。技術部門への
対外直接投資を増やしている中国政府は、海外での企業買収や外国企業への
投資増加を通じて技術を獲得している。AP 通信社

国内半導体産業の構築を目的とした大規模な政府資金に加えて、中国はシリコンバレーから台湾に至るまでの地域における外国企業に国家ぐるみの知的財産窃盗を働いた容疑が持たれていることで、インド太平洋諸国はこうした脅威に対処するための対策を講じている。たとえば、韓国議会はより厳格な罰則を科すことで、半導体業界における企業秘密漏洩対策を図っている。日本政府は「外国為替及び外国貿易法」を改正することで、対外投資の制限項目を拡大して、半導体などの分野を含めることを検討する一方で、改良された米国の輸出管理システムと同様に、先進技術の輸出管理枠組の制定について協議している。

軍民両用技術と軍民融合

中国製造 2025 は、2049 年までに中国人民解放軍を世界最高級の軍隊に改革することを目的として、中国共産党中央委員会総書記の習主席が推進する国防部門の近代化と軍民融合戦略の重要な要素でもある。第一に、軍民両用の性質を持つ中国製造2025 技術により、中国人民解放軍は戦場での優位性を獲得することができる。たとえば、新米国安全保障センターのグレゴリー・アレン (Gregory Allen)元非常勤上級研究員によると、中国ではすでに人工知能が軍事ロボットプログラム、自律型機能、軍事司令部の意思決定機構に組み込まれている。同センターのエルサ・カニア(Elsa Kania)非常勤上級研究員の発言によると、軍事体制と戦闘教義の「情報化」から「インテリジェント化」への移行に伴い、人工知能により軍事革命が推進されると予測している。国際戦略研究所(IISS)のメイア・ヌウェンズ(Meia Nouwens)研究員とヘレナ・レガルダ(Helena Legarda)
研究員によると、中国製造 2025 関連の他部門における中国の技術的進歩には量子通信、レーダー、暗号化、また自動運転車と自動システム、そしてロボット工学などが含まれるが、これらは同地域および次世代の戦争の性質に長期的な軍事的影響を与えることになる。

第二に、中国製造 2025 や他の関連産業政策を通じて、中国の軍事目標と国家安保目標を前進させる上で、中国の民間企業はますます大きな役割を果たすようになっている。たとえば、中国の民間部門が開発・製造する人工知能と顔認識技術は、新疆ウイグル自治区における中国共産党による数百万人の少数民族迫害で中心的な機能を果たしていると、カニア上級研究員は述べている。こうした「国家のために闘う」人工知能関連企業は、世界各国に監視装置を輸出して、市民を監視する独裁政権の取り組みを支援している。 

2019 年 5 月、ファーウェイ社の子会社が設計したチップセットを中国の深セン市に所在する本社に展示するファーウェイ社。2025 年までに中国で自立したチップ製造業が確立されるという中国共産党の主張に対して業界関係者は懐疑的である。中国共産党は今後5年間で
半導体産業に 11 兆 8,000 億円(1,180 億米ドル)以上を投資する予定である。ロイター

地域の機会

中国製造 2025 を国際意識から遠ざけようと中国共産党は躍起になっているが、国際社会は透明性と情報共有を要請することで、中国の不公正かつ略奪的な経済慣行に対する意識の向上を引き続き推進する必要がある。中国共産党の国家資本主義・経済侵略モデルによりもたらされる脅威に対処するには、インド太平洋地域における官民部門と学界の間の情報共有を強化することが不可欠である。米国の同盟・提携諸国はすでに同地域での外交努力を進めているが、法的、強制的、秘密、違法などその種類を問わず、大部分の技術移転は民間部門と大学で行われることから、こうした拠点に一層強力に働きかける必要がある。 

技術関連の民間部門や学術機関の研究開発ラボと情報の共有を図ることで、所有権の透明性向上といった強力な防御手段の必要性に対する意識が向上する一方で、投資や合弁事業により意図しない結果が長期にわたりもたらされる可能性があるという認識が高まる。同時に、民間部門や研究機関が引き続き中国共産党の行動に対する影響力を維持することができる。ただし、中国企業が国際市場でより高い占有率を獲得し、世界最高級の中国の大学が増えるにつれて、この影響力は弱体化する。過去において、実際に衝撃が発生し得るという脅威を伴う一様な世論の圧力は中国に効き目があった。外交問題評議会のアダム・シーガル(Adam Segal)博士によると、たとえば、2003 年、米国政府の支援を後ろ盾として外国企業が団結して圧力をかけたことで、中国による無線ネットワーク国内規格の導入を押し返すことができた。

同様に重要な事柄として、今後何十年にもわたりインド太平洋地域が持続的な経済的成功と相互繁栄を維持できるように、イノベーションエコシステムおよび同地域全体における米国とその同盟諸国間の協力体制の強化方法に関して官民部門と学界の間で情報を共有することが挙げられる。世界的な研究開発への資金調達や共通の価値を持つ諸国間での提携の呼び掛けが良好な第一歩となると考えられる。これにより、(5G コンソーシアムが開発されたのと同様の方法で)次世代技術の世界的なインフラを構築する枠組を制定することで、中国の差別的な中国製造 2025 戦略と効果的に競合できるようになる。最終的に、法治と相互主義に基づく研究開発協力により、すべての提携諸国が技術革新の恩恵を受けることになる。  

米国国務省の外交官、アラティ・シュロフ氏は、ウナ・チャップマン・コックス財団(Una Chapman Cox Foundation)研究員およびハワイ州ホノルルに所在するイースト・ウエスト・センター(EWC)非常勤研究員を務める。同氏の見解は 同氏自身の意見であり、国務省の見解を表すものではない。

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