特集

漁業 パートナーシップ

海上安保と環境の持続可能性の強化を目的とした違法漁業との闘い

著者:ロバート・S・ポメロイ(Robert S. Pomeroy)博士、ジョン・E・パークス(John E. Parks)、ジーナ・グリーン(Gina Green)博士

漁業は世界最大の野生生物捕獲手段である。世界で最も広く取引されている食品である水産物の商取引を行う国は、ほぼ発展途上国で占められている。漁業と漁業関連の商取引により、かけがえのない雇用と現金収入が生成
され、地域経済が構築されて発展するだけでなく、外国為替取引が活発になる。東南アジアだけでも、2 5,000 万人以上の人口が、動物タンパク質の 1 人当たりの平均摂取量の少なくとも 20を魚類に依存している。たとえば、カンボジアやインドネシアなどの一部の国では、食事におけるタンパク質摂取源の 50以上を魚類が占めている。東南アジアにおける 2 億人以上の人口が、生活と収入を漁業で賄っている。

多くの国の経済、生計、食料安保を維持する上で漁業が重要な役割を果たしているにも関わらず、過去50 年の間に、世界中の海洋と沿岸の生態系が劇的に変化していることを示す科学的証拠が続々と出現している。こうした変化により、漁業の生産性と弾性、および将来的に漁業により社会的利益を継続的に取得できる可能性が低下する。最近実施された評価により、水揚げされる魚類のサイズと価値が大幅に減少していること、また重要かつ価値の高い魚種、特にサメやマグロなどの大型捕食魚が損傷を受けていることが判明した。大型捕食魚の減少により、より小型で価値の低い魚種の漁獲が増加することになった。これは「食物網の高から低への移行(fishing down the food web)」、すなわち漁獲できる魚種が食物網における高価値の魚から低価値の魚に移行する現象である。

タイのプラチュワップキーリーカン県の漁船で網を引く労働者等 istock

東南アジアでは、多くの漁場では乱獲により元の自然個体群が 5  15まで低下している。最近の研究により、東南アジアでは乱獲と魚類個体数の減少により、残りの資源をめぐる漁業者間の競争と紛争のレベルが向上し、これが経済・食料安保および環境の持続可能性の低下だけでなく、平和と秩序への脅威を招くことが明らかとなった。

東南アジアにおける乱獲

IUU 漁業(違法・無報告・無規制漁業)は、東南アジアにおける乱獲の最大級の要因となっている。国際連合食糧農業機関(FAO)によると、国内外の漁業者と漁船が当該国の関連漁業法または国際条約の義務に違反した場合に IUU 漁業と見なされる。IUU 漁業には、許可されていない漁法と漁具の使用、禁止区域内または漁業禁止期間内の漁業の実施、許可されていない漁獲物の積み替え、漁獲報告の変更または情報の改ざんが含まれる。IUU 漁業の一般的な例として、乱獲を目的として、または漁獲不足を補って漁獲要件を満たすために、漁業許可を得ていない近隣諸国の水域を含め、漁業者が従来の漁場以外の海域まで進出する事例が挙げられる。気候変動や海洋汚染、そして沿岸生息地の破壊による他の悪影響と相まって、さまざまな漁業資源や魚類が依存する海洋生息地を含め、IUU 漁業により国の海洋個体群と生物多様性の低下がもたらされる可能性がある。最近の研究は、米国に輸入される魚介類製品のかなりの割合が違法漁業により水揚げされた魚類によるもの、または不当表示の製品であることを示唆している。

環境への影響に加えて、一般的に IUU 漁業は奴隷労働といった人間の福祉を深刻に害する行為にも繋がっており、東南アジア全体が直面している非従来的な海上安保上の脅威となっている。東南アジアの法執行当局と漁業管理者の間では、反乱、テロ、組織的な海上犯罪、特に海賊行為、拉致、麻薬、人身売買、麻薬や小火器の密輸の支援に IUU 漁業が関連していることが知られている。海上安保上の脅威は複雑かつ相互関連があり、海上で発生しても陸上に大きな影響が及ぼされる。海上管理が効果的でなく、調査・管理・監視(MCS)能力が不足している地域では、こうした脅威が拡散し、海上の安定が崩れる可能性がある。

漁獲の追跡

国際連合食糧農業機関によると、国際社会が直面している複雑な課題として IUU 漁業を認識した政府と非政府組織は、特定の海域内における IUU 漁業に対抗することを目的として、情報交換の機会を増やし、協力的アプローチを促進する多国籍イニシアチブと地域政策に目を向けるようになっている。また、米国と欧州連合(EU)加盟国を含め、水産物消費量の多い国々は、自国に輸入される水産物が IUU 漁業に関連していないこと、正確にラベル付けされていること、そしてサプライチェーン内で強制労働に関与していないことを証明する文書の提出を、輸出国の政府や民間企業に要求する新たな水産物輸入規制を策定している。

最近となる 2018 年には、欧州連合に次いで米国が水産物輸入監視制度(SIMP)を導入し、製品の合法性を証明する堅牢な輸入書類を要求するようになった。こうした要件を満たすため、漁獲時点から水揚げ、加工、輸送、輸出に至るまで、水産物サプライチェーンの全段階においてリアルタイムで正確かつ検証可能な情報を収集することを目的として、電子漁獲データ追跡(eCDT)システムを導入する輸出国が増えている。

輸入国側はこの eCDT システムによるサプライチェーンに沿ったデータを使用して、水産製品に関する検証可能な「釣餌から食卓に上るまでの」情報を追跡することで、IUU 漁業関連製品を摘発・抑止することが可能となる。こうしたeCDT システムは通常、漁船内や陸上、港湾、加工施設、輸送システムで使用されるハードウェアとソフトウェアの組み合わせで構成されている。eCDT シスを利用することで、事業者は水産製品関連情報をデジタルで文書化し、衛星、セルラー、無線周波数通信技術を介してオンラインデータ交換サービスにリアルタイムで送信することができる。正式な書類が伴わない魚類の輸入と販売を防止する強力な港湾管理措置と同システムを組み合わせることで、eCDT システムを介して生成されるビッグデータにより、サプライチェーンへの IUU 漁業の侵入を著しく抑制し、違法事業者の収益を低下させながら、合法かつ追跡可能な方法で運営する生産者の市場参入を推進することが可能となる。

米国国際開発庁(USAID)の海洋・漁業パートナーシップ(USAID Oceans)は国家・地方政府や水産業界、また他の民間部門の活動組織や地域組織などの漁業関係者と連携することで、東南アジア全体における IUU 漁業と不正な水産事業者の対策に取り組みながら、eCDT システムの採用を推進している。2018 年後半時点で、海洋・漁業パートナーシップのプロジェクト提携組織により、ポリシー、ハードウェア、ソフトウェアを含め、大小のマグロ漁船、水揚げ場所やマグロ加工施設、そして輸送システム全体に eCDT システムが展開され、試験運用が実施されている。米国国際開発庁の海洋・漁業パートナーシップは、地域の漁業管理者と政府機関が持続可能な漁獲レベルの維持を管理し、漁業資源の状況に関する理解を深め、そして人間の福祉と超国家的犯罪に関連する問題を含め、海洋漁業におけるリアルタイムの調査・管理・監視機能を強化できるように、2019 年を通して eCDT データを利用した分析と意思決定の方法を補助していく予定である。

タイのサムットサーコーン県近くの海洋で漁船を検査するタイ王国海軍士官。違法漁業と強制労働の取り締まりを目的として、タイ王国海軍は漁船の監視に新技術を使用している。AP通信社

海洋状況に対する意識の向上

米国国土安全保障省(DHS)および国際海事機関(IMO)によると、海洋領域認識(MDA)とは、責任範囲内の関連領域の安保、安全、経済、環境に影響を及ぼす、または及ぼし得る海上領域内の事象、活動、力学を効果的に理解することと定義される。堅牢な海洋領域認識能力を確立するには、省庁間、地方政府、民間部門からの三角法で測定されたリアルタイムまたはほぼリアルタイムの実行可能なインテリジェンスが必要となる。海洋領域認識の目的は、さまざまな情報源とシステムからの情報の収集、三角法での測定、融合、分析、および当該情報に基づく行動を厳格な基盤として、海賊行為、人身売買、他の形態の超国家的犯罪といったさまざまな脅威を検出、防止、および抑制することである。

海洋領域認識を効果的に使用することで、東南アジアだけでなく世界中の経済的、社会的、政治的な安保と安定を促進できる。最近開催された第5回アワオーシャン会合(Our Ocean Conference 2018)などのグローバル会議では、民間と公共部門両方で関心が高まっている海上安保の問題が提起されており、共同イニシアチブを支援する大規模な投資も実施されている。海上安保は会議で協議された行動事項の 1 つであり、国家経済成長への影響と高度な技術革新の要件が認識されている。

米国国際開発庁の海洋・漁業パートナーシップによるプロジェクトに基づき、東南アジア諸国はIUU 漁業対策として eCDT システムを試験導入しているが、同システムは海洋領域認識を強化し、国内および地域の海上安保を強化するためにも使用できる。同システムでは大小のサプライチェーンの各段階に沿ってリアルタイムでビッグデータが生成されるが、安保提携国や地域の安保提携組織・機関は海上の位置情報、漁業活動、船舶の動き、並びに正規登録・検証済みの漁船乗組員に関する情報を分析するなど、このビッグデータを使用して既存の海洋領域認識イニシアチブを強化することができる。また、こうした機能により、責任ある大小のサプライチェーンに関与する組織や事業体に権限を与え、責任ある合法な漁業慣行へのコミットメントを検証することができる。

eCDT データを海洋領域認識に最も効果的に活かすためには、入出港届、漁獲証明書、漁業許可証、船舶登録証、乗員名簿、法執行機関データベースなどの情報が相互運用可能で、政府情報システム間で簡単に交換できるような仕組みになっている必要がある。そうすれば、eCDT システムを海上保安関連のさまざまなミッションクリティカル分野に拡大して、不安定性、過激主義、犯罪、暴力の要因に対処できるようになる。2018 年、地域の海洋領域認識強化を目的として、eCDT データを国家レベルの安保・防衛提携組織に実証する方法に関して、海洋・漁業パートナーシップは米インド太平洋軍の太平洋環境安保フォーラム(PESF/Pacific Environmental Security Forum)と予備的な協議を開始した。

インドネシア領海における違法漁業の罰則として押収された
外国船がインドネシア
政府の指令により破壊されるのを見届ける警察 ロイター

技術ソリューション

IUU 漁業対策として、東南アジアで展開されつつあるeCDT システムにより、漁船の動き、運用状況、海上の位置情報に関する正確かつ検証可能なデータをリアルタイムで生成できることから、これを利用して海洋領域認識を強化しながら、現在の調査・管理・監視手段を改善することが可能となる。たとえば、フィリピンでは 2017 年 9 月に eCDT パイロットプログラムを開始している(補足記事参照)。将来、こうしたシステムがより広範に浸透して使用されるようになれば、認可漁業会社などの数千に及ぶ事業者に関するさまざまな種類のリアルタイム eCDT データが収集されることで、大規模なデータセットが生成されることになる。データを効果的に統合、分析、更新して、正確なリアルタイムのリスク分析を実施することで海洋領域認識を強化し、防衛と安保の優先順位付けが可能となるようにするには、リアルタイムの地理空間可視化ツールを備えたアクティブな機械学習機能が必要となる。

こうした eCDT ビッグデータの機械学習とリスク分析は、安保アナリストと漁業管理者にとって非常に貴重なツールとなる。eCDT システムにより、海上に所在する漁船とその乗組員の位置情報と動きに関する情報が得られるだけでなく、海洋の絶滅危惧種と貴重な魚種の状況も把握することができる。こうしたビッグデータを分析することで、漁業管理者は適応的に漁業や混獲を制限し、指定水域内における禁止漁具の使用を取り締まることができるようになる。(混獲とは、特定の魚種とサイズを対象として漁業している際に、漁獲対象とは異なる魚類や海洋種を意図せずに漁獲してしまう状況を指す)eCDT システムによって生成されるビッグデータは、ASEAN(東南アジア諸国連合)加盟国の海洋領域認識を強化するために使用されることになる。

本記事は、契約番号:AID486C1500001 に基づき、米国国際開発庁のアジア地域開発ミッション(RDMA)から支援を受けて作成されたものである。本記事は必ずしも米国国際開発庁または米国政府の見解を表すものではない。



デジタルで漁業を監視するプログラムを推進するフィリピン

米国国際開発庁

フィリピンのジェネラル・サントス市では、デジタル水産物追跡システムの実装がほぼ完了した状態である。これは最終的に全国に拡大される予定だ。

フィリピン政府はその漁業水産資源局(BFAR)を通じて、漁獲時点から輸出までの工程の完全なトレーサビリティにより IUU 漁業(違法・無報告・無規制漁業)に対処するための独自の電子漁獲データ追跡(eCDT)システムを設計した。2017 年 9 月に開催されたフィリピンの第 19 回全国マグロ会議(National Tuna Congress)において、eCDTのパイロットプロジェクトが立ち上げられた。

漁業水産資源局の eCDT システムでは、大型漁船に搭載された船舶監視システム(VMS)により、漁獲時点で重要データが収集され、許可地域で魚類が捕獲されたことが確認される。着港時に船舶監視システムで収集されたデータが電子的に同局に送信され、漁業取締官はこれを使用して水揚げを承認し、加工業者への輸送を検証する。

漁業水産資源局はシステムを完全に接続するため、米国国際開発庁の海洋・漁業パートナーシップ(USAID Oceans)および南コタバト州、コタバト州、スルタン・クダラット州、サランガニ州、ジェネラル・サントスで
構成されるソクサージェン地方のソクサージェン水産業&関連産業連合(SFFAII/SOCCSKSARGEN Federation of Fishingand Allied Industries, Inc.)と協力を図っている。サントス市に本拠を置くソクサージェン水産業 & 関連産業連合は、漁業、缶詰加工、水産加工、養殖・生産・加工などの関連産業に携わる 100 社以上の企業を含む7つの協会の傘下組織として 1999 年に設立された非政府、非営利団体である。

フィリピン・パラワン州のウェットマーケット(生鮮市場)で販売される魚類

eCDT システムはいくつかの漁業会社と加工会社で試験運用が行われている。同システムにより、これまでに、ツナ・エクスプローラズ(Tuna ExplorersInc.)、マーケール・シー・ベンチャーズ(Marchael Sea Ventures)、レル・アンド・レン・フィッシング(Rell and Renn Fishing Inc.)、デックス・シー・トレーディング(Dex Sea Trading)、ジェネラル・ツナ・キャニング(General Tuna Canning Corp.)、フィリピン・シンミック・インダストリアルPhilippine Cinmic Industrial Corp.)、RRシーフード・スフィアRR Seafood Sphere Inc.)などの企業から25メートルトンを超えるマグロが追跡されている。

現時点では、企業はeCDTシステムと従来型の用紙文書システムを併用しているが、システムが完全に機能するようになった際には完全に電子文書に移行することを目標としている。

米国国際開発庁の海洋・漁業パートナーシップとソクサージェン水産業&関連産業連合は技術の効率性を実証するため、漁業会社、缶詰業者、新鮮冷凍加工業者と一連のライブデータ試験を実施している。マニラに拠点を置く漁業水産資源局のプログラマーと技術者等は、システムの保守と改善プロセスを主導し、適応システムの設計と管理の能力向上に取り組んでいる。

継続的なパイロット段階で得られた主要な教訓として、繰り返し発生する問題の解決策の立案、中断のないシステム試験の推進、問題の適時な解決を図る上で、利害関係者が効率的に一貫してコミュニケーションをとれる体制を整えることが重要であるということが挙げられる。

海洋・漁業パートナーシップは漁業水産資源局とソクサージェン水産業 & 関連産業連合と協働して、定期的な会議やシステム開発ワークショップを通じて提起された技術的課題に関連する意見交換や解決策協議を促進している。こうしたワークショップにより、すべての提携組織が試験中に発生した問題対処に取り組み、eCDT システムの実装拡張に関する行動計画を策定することが可能となった。

海洋・漁業パートナーシップは引き続きインドネシアやタイなどの東南アジア全域の提携国と協力して、トレーサビリティを改善するための技術的な指針と支援を提供し、フィリピンで実施したパイロットプログラムの経験を共有していく構えである。

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