特集

北極圏に対する野望

根拠のない主張を基に北極圏に進出する中国

ジョセフ・A・ムサッチア・ジュニア(JOSEPH A. MUSACCHIA Jr.)大佐/米国空軍

北極圏に世界からの高い関心が集まっている。何世紀にもわたり、大西洋からアジア地域への最短航路を構築することが海洋大国の夢であり欲求であった。北極圏の氷融解により、主要な貿易圏間の航海日数が数日縮まり、航行距離を数千キロ短縮できる可能性が高まる。海氷の後退により同地域の海上交通量が増加しており、北極海航路NSR)と北西航路(NWP)の 2 つの北極横断航路が完全に開通される可能性があるが、そうなると貨物輸送の増加により国家間の対立が発生するリスクが発生する。

北西航路は信頼性が低いため、北緯約 66 度 50 分以北の地域として定義される北極圏を通る商業輸送にとって実行可能な選択肢とは言えない。同地域には北極海盆およびノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシア、カナダ、グリーンランド、米国アラスカ州の北部が含まれる。北極海航路は北西航路よりも氷の範囲が少なく氷結する期間も短いため、ロシアは1930 年代からこの海域で活動している。北極海航路はロシア北部沿岸に沿っていることから、ロシアは北極海航路を自国の領海と主張し、同航路を「歴史的水域」、つまり同国が歴史的に主権を行使してきた水域と定義している。米国は 1964 年と 1986 年に調査船を北極海航路に派遣した。これは国際的に認識される海洋法に基づき許される行動であるが、米空軍戦争大学による 2012 年の分析報告書によると、ソ連海軍(現ロシア海軍)の艦船により通過が阻止されている。

北極圏における存在感を確立するための戦略の一環として、中国がアイスランドのカルホールに研究施設を建設。2016 年 時点で建設中(写真参照)AP 通信社

いわゆるグローバル・コモンズにおけるこうした脅威は、北極圏諸国だけでなく、強制のない国際海域で航行・運用する権利を行使することを望むすべての諸国にとって大きな懸念となる。2016 年に米国統合参謀本部が発表した「統合作戦環境報告(JOE2035」には、誰でも利用できる開かれたグローバル・コモンズは現代における国際経済の柱であり、これを利用して商取引、輸送、科学研究、または軍事監視と展開を実施することで国家が強化されると記されている。同文書では、国家および一部の非国家主体が独自の規則と規範を主張することが要因となり、2035 年にはグローバル・コモンズの一部において諸国家の課題が高まると予測されている。特に空中・海洋公共財、具体的には戦略的な海洋チョークポイント周辺で、一部の国家が他国の行動に対して独自の解釈を押し付け始めることが予想されるとしている。また、同文書には、ますます能力を高め、多くの海上資産と戦闘能力に支えられた敵対国家が、自国の大陸棚地域と排他的経済水域(EEZ)を通過する商業活動に対する管理統制の強化を試みることが懸念されると記されている。

中国の経済的利益

8 つのグローバル海洋チョークポイントの 1 つであるベーリング海峡は、北西航路を取るか、北極海航路を取るかに関係なく、すべての船舶が通過しなければならない重要な戦略ポイントである。(挿入記事「世界を変える氷の融解」参照)

航行の自由は商業輸送の鍵である。近い将来、北極圏、特に北極海航路の利用の増加により輸送が変革される可能性があるため、これは多くの国家の懸念かつ関心事となっている。欧州からアジア地域への貨物輸送は、北極海航路を取るほうが従来の輸送航路よりも40% も短期間で任務を完了できる。これにより、燃料コストが大幅に削減され、商品は 3 分の 1 の時間で市場に届くようになる。

アジア地域の大手輸出業者は北極圏に目を向けているが、中国ほどの執拗さを示している国は他にない。文献「インターナショナル・アフェアーズInternational Affairs)」の 2012 年の報告によると、
経済発展において国際海運に大きく依存する中国は、その国内総生産(GDP)の 46% が出荷に依存している。米国当局者と学者の多くは、北極圏に対する中国の 関心は、北極圏諸国との提携と同地域における展開を通じて、地域大国としてその影響力を発揮することがその根底にあると疑っている。これには経済的利益だけでなく、安保の側面が含まれる。

国際安全保障諮問委員会(ISAB)が発表した 2016年の「北極政策に関する報告書」に詳述されているように、中国は商業努力を通じて地域で戦略的関係を構築して経済的利益を高め、地域における存在感を確立することに積極的に取り組んでいる。中国が最も良好に影響力を高めている国は、北大西洋条約機構(NATO)と欧州連合の加盟国であるアイスランドである。中国はアイスランドで高い外交的存在感を確立しており、中国の大使館は首都レイキャビクで最大の規模を誇る。査読付き文献「ポーラー・レコード(Polar Record)」の 2015 年の報告によると、この存在感がアイスランドと中国間の自由貿易協定(FTA)締結に繋がった。中国が欧州の国と同協定を締結するのはこれが初めてである。

1990 年代に北極圏での調査を開始した中国は、2004 年にノルウェー・スヴァールバル諸島のニーオーレスンに恒久的な北極観測基地を設立した。中国は中国人億万長者を通してスヴァールバル諸島における 218 平方キロの土地を買収することでこの足場を固めようとしたが、オンライン新聞「バレンツ・オブザーヴァー(The Barents Observer)」が 2016 年 10 月に報じたところでは、これを中国による戦略的動きと見なしたノルウェー政府は政府が土地を購入することでその入札を中止し、この重要な戦略的エリアの開発を完全な管理下に置いた。

アラスカ州グレイシャーベイ国立公園の氷河を抜けて航行する米国沿岸警備隊のハミルトン級カッター「マンロー(USCGC Douglas Munro)」トレントン・ハーシー(TRENTON HIRSCHI)三等兵曹/米国沿岸警備隊

北極評議会(AC)の常時参加者としての資格を申請した中国は、自国は「北極近隣国」であると主張している。1993 年頃のことになるが、中国は砕氷船「雪竜(Xue Long)」を購入した。これにより北極海での航行が可能となった中国が2016年に独自に設計・建造した砕氷船「海氷722Haibing 722)」にはヘリポートが設けられ、ヘリコプター 1 機の発着が可能な構造となっている。2018 年 9 月、中国は上海の造船所で自国初の国産極地科学調査用砕氷船「雪竜(Xue Long2 号」を発表した。ポピュラーメカニクス誌が伝えたところでは、中国政府は海氷722を中国人民解放軍海軍(PLAN)の北海艦隊に引き渡している。これは、近海防衛から遠洋防衛への移行を宣言した 2008年中国国防白書に示された同国の戦略に適合する動きである。ネーバル・ウォー・カレッジ・レビュー(NWCR)の 2013 年春季号の記事によると、2010 年に中国人民解放軍海軍少将が、「当国の経済的関心の拡大に伴い、当海軍は国の輸送航路と主要な海上交通輸送路の安全性をより高めたい」と述べている。北極沿岸国からの反発を回避するため、中国の北極戦略では対立よりも協力が強調されている。2010 年 3 月には、中国人民解放軍海軍の尹卓(Yin Zhuo)少将が、「北極圏は世界中のすべての人々に属し、どの国にも主権はない」と宣言している。これは北極海沿岸諸国にとって、北極圏シーレーン乗っ取りの試みはないであろうという示唆となった。

中国の野望

中国人民解放軍の北極進出は 2015 年に実現した。当時のバラク・オバマ(Barack Obama)米大統領のアラスカ訪問中、中国人民解放軍海軍の艦船 5 隻がアラスカ沖のベーリング海を航行した。同海域で中国軍艦の航行が確認されたのは史上初めてである。中国軍艦はアラスカ半島から伸びるアリューシャン列島周辺の米国領海 12 海里内を通航している。CNN ニュースが報じたところでは、中国軍艦は、国連海洋法条約(海洋法に関する国際連合条約/UNCLOS)に基づき、航行の自由の権利を行使して哨戒活動を実施したに過ぎない。同条約は無害通航の場合は沿岸国への通知は義務付けておらず、中国人民解放軍海軍も事前通知は提供していない。

これは明らかに、中国が北極圏シーレーンと中国の経済的利益を確保するために軍事展開を進めることができるということ、そして同国がそれを実施するということを米国と北極沿岸国に知らしめる中国の牽制である。中国および他のアジア諸国から北極圏への通路となるベーリング海峡周辺を中国軍艦は航行している。この海洋チョークポイントは北極海航路と北西航路両方の終端であり、北極圏を通過するエネルギー輸送船や貿易船はすべて同海峡を通過しなければならない。今回の中国海軍の航行は、海洋における覇権力と同海域を強制的に保護する能力を同国が備えていることを実証するものとなった。

ベーリング海峡とその周辺には主要な米国軍事拠点は存在しない。米国沿岸警備隊(USCG)司令官のポール・F・ズーカンフト(Paul F. Zukunft)大将は、中国は米国の基線から 200 海里の排他的経済水域のすぐ外側に調査船を派遣したと述べている。ズーカンフト大将の見解によると、これは大陸棚境界内とも主張し得る海域である。航行の自由に基づくアラスカ沖の哨戒活動で実証されたように、中国は対立が発生した場合には米国に圧力をかけ得るという戦略的に有利な立場を構築している。現在では「ベーリング門」と称されようになったベーリング海峡で中国が戦略的な動きを取る可能性がある。

戦力投射

2018 年、中国は初めてロシアの軍事演習「ヴォストーク 2018Vostok 2018)」に参加した。同演習には30 万人近くに及ぶロシア連邦軍兵士が参加し、中国は 3,200 人の兵士、1,000 台の軍用車両と設備、30 機の固定翼機と回転翼機を派遣した。同演習では、ロシア東部領土と北極海航路の防衛に備える訓練として、ロシア海軍艦艇がベーリング海峡を通峡している。自国軍隊の地上戦能力を実証することを希望していた中国にとって、これは敵対する国家と地域に対して、中国人民解放軍が馴染みのない地域、特に北極圏でも問題なく作戦を実行できるという明確なメッセージを送る絶好の機会となった。

米インド太平洋軍(USINDOPACOM)空母打撃群司令官のスティーブ「ウェブ」ケーラー(Steve Web Koehler)少将は、影響力を競うには軍事展開が必要だと述べている。北極圏で不足している米国の重要な要素は軍事拠点である。前述のように、他の北極沿岸国だけでなく、圏外に存在する中国も北極圏に展開している。

「トライデント・ジャンクチャー 2018」演習中、ノルウェーのアルヴァンドの海浜に乗り上げる米国海軍のエアクッション型揚陸艇 ナポリ統連合軍司令部(JFC-Naples)

米国は北極圏に恒久的な資産を確保していないため、アラスカに駐留する米国空軍と陸軍部隊の北極圏における作戦実施能力の強化を図っている。さらに、米国海兵隊部隊は北大西洋条約機構のトライデント・ジャンクチャー(Trident Juncture)」などの合同演習に参加することで、北極圏における能力を継続的に強化している。北極海に最も近い米国沿岸警備隊の基地はアラスカ州コディアックに位置している。米国国防総省が 2013 年に発表した「北極戦略」には、「北極圏における目標を達成するため、革新的かつ低コストで小規模なアプローチを模索する」と記されている。

2014 年に発表された「米海軍北極ロードマップ」では、不確実性を抑制して永続的な国益を保護するため、北極圏における戦闘能力に的を絞った投資を行うと述べられている。2013 年の北極戦略の中で、米国は北極圏については戦略的に考察し、同地域で行動する必要があると、米国沿岸警備隊は述べている。また、同戦略では、ベーリング海峡の重要性の高まり、現在の米国の海洋領域認識(MDA)不足、米国の領土と資源、並びに航行の自由を保護するための地上展開の必要性が強調されている。さらに、沿岸および海上における効果的な展開により、海洋領域認識を高め、同地域における最も高いリスクと脅威に米国の資源を集中させることができると同戦略には記されている。現在、最も近い深海港と米国沿岸警備隊基地が約 1,600 キロも離れていることを考えると、北極圏における米国の拠点は明らかに不足している。同戦略では、効率を高めて無駄を排除することを目的として、省庁間の協力と政府全体による解決策が強調されている。

米国による港湾建設提案

北極圏に対する中国の野心に対抗するために検討されている解決策として、北極圏での深海港の建設が挙げられる。これにより、前述の北極戦略の意図すべてが満たされ、存在感を確立し、そしてこの重要なグローバル海事チョークポイントに進出するインド太平洋地域の同盟国と共に使用できる重要なインフラの不可欠要素を構築することが可能となる。この深海港建設の概念を研究したのは米国陸軍工兵司令部である。米国沿岸警備隊のカッター(巡視船)と砕氷船は喫水が 10〜 12 メートル、米国海洋大気庁(NOAA)の調査船は喫水が 4.5 〜 9.5 メートルある。この類の船舶には北極圏外に母港が必要となる。米国陸軍工兵司令部の研究により最有力候補に挙がったアラスカ州ノームは、両組織の船舶に最も適した港湾の 1 つと考えられる。

同工兵司令部の研究では、この種類の港湾は作戦拠点として機能させることが可能で、ベーリング海峡に近いことから最適であると結論付けられている。将来的な運用場所については、米国海軍と米国同盟国の必要性に応じて資産を展開できる。同港湾は米国沿岸警備隊の砕氷船の恒久的な拠点となる可能性がある。ノームには米国空軍と同盟国の航空機の前方展開作戦を支援することを目的として改善できる適切な飛行場も存在する。

これにより、中国がその野望を追求して存在感の強化作戦に出た場合、米国とインド太平洋地域の同盟国が連携して中国に対抗することができる。米インド太平洋軍司令官のフィリップ・S・デービッド
ソン(Philip S. Davidson)海軍大将の言葉を借りれば、この重要なインフラを開発することで、米国とその同盟・提携諸国は「戦わずして勝つ」ことができるのである。

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