特集

政治 戦争

中国は外国政府に影響を与え、自国の政治・軍事目的の達成を目論む

クライヴ・ハミルトン博士

絶 え間なく拍車がかかる中国共産党(CCP)のプロパガンダのもと、中国の愛国者の祖国愛が、歴史的屈辱に対する復讐心に変貌を遂げようとしている。中国 (PRC) の南シナ海への侵攻や、台湾への攻撃的な表現、仕組まれた反日デモによって強い愛国心の維持を図っている。党の説明によると、2049 年までに、中国は世界で最も傑出した経済、軍事、政治権力として米国を追い抜くだろうという。習近平国家主席が掲げる「チャイナドリーム」は、中国が米国を抜いて世界一の大国になることである。かつて、シンガポールの実力者だったリー・クアンユー氏の言葉を借りれば「世界最大の大国になろうとする中国の意図」である。

中国共産党指導部は、公には中国が多極的な世界の一極になると言っている。しかし、ハドソン研究所の戦略アナリスト、マイケル・ピルズベリー(Michael Pillsbury)氏によると、 「多極的世界は、中国だけが頂点に立つ新しい世界階層への単なる通過点にすぎない」と述べており、おそらく真実に近いのではないだろうか。

中国の指導者たちは、政治的にも道徳的にも疲弊した西側諸国は衰退の一途であると考えている。2008 年の金融危機は、米国の腐敗した制度がもたらしたものであり、中国主導の世界秩序が必要となる転換点となったという。

戦火の中の政党

マルクス・レーニン主義に染まった共産党指導部は、自分たちが永遠の闘争に巻き込まれていると信じている。トーマス・マーンケン (Thomas Mahnken)、ロス・バベッジ (Ross Babbage)、吉原俊による2018年の論文 「包括的な強制への対処:権威主義的政治戦争に対する戦略(Countering Comprehensive Coercion: Competitive Strategies Against Authoritarian Political Warfare)」では、次のように明記されている。「 党は、明らかに西側との戦争に直面していると考えている。[党の]書籍には、政権を倒しかねない危険なイデオロギー勢力との死闘が描かれている」中国の指導部は被害妄想に陥ってる。外の世界、特に西側諸国を、スキあらば党を弱体化させようとする敵対勢力とみなしている。したがって、党指導部は常に警戒を怠らない。対策を講じては攻勢に出なければならない。このような心理状態は、歴史の中でも平和が通常の状態であり、時折戦争によってその平和が壊されるという西洋の従来の考え方とは対照的である。

再選を果たした後、2018 年 3 月 17 日に北京の人民大会堂で就任宣誓を行う中国の習近平国家主席。AFP/GETTY IMAGES

中国の戦力投射のバランスを取ろうとする平和主義の国々は、中国のように戦火の真っ只中にいるかのように振る舞う敵対勢力と対面した場合、不利な状況に立たされる。これらの平和主義の国々は、中国を普通の外交相手と考えている限り、戦いに敗れるであろう。中国は既に軍隊を動員している一方で、平和主義の国々はまだ状況を見守っているだけだからである。

「戦争」という言葉は強すぎるかもしれない。しかし、共産党指導部が自分たちの置かれている状況見ていると認識する必要がある。つまり彼らは戦争と考えている。これは比喩ではなく、敵を制圧する手段としての戦争に対する異なる理解である。この問題に取り組み、どのように対応するかを考えるためには、戦争の概念を再度見直し、この戦争にどう関わっていくかを考える必要がある。中国は既に
そうしている。

中国の戦略に必要不可欠なのは、自国の軍隊、つまり人民解放軍 (PLA) の役割を再構築することである。人民解放軍を情報戦、サイバー戦、心理戦に精通させたうえで、通常の軍事的圧力に統合する。

そして、政府機関が実施する種々の他の戦力投射に織り交ぜていく。他の戦力投射とは、統一戦線工作部の活動、プロパガンダ活動、経済政策、通常の外交、ますます強気になる中国の外交などがある。

オーストラリアと米国は、その是非はともかく、中国との間で政治戦争という新しい戦争を展開している。この手の戦争は、動きがあまりない、また今後大きな動きが出るとも考えにくいが、相手の狙いは同じである。オーストラリアと米国を制圧して、中国が継続的な拡大と地政学的支配に抵抗しないようにすることである。

もし中国の政治的戦争に歯止めをかけなければ、オーストラリアは今後 10 年から 20 年に亘って、米国との同盟関係を維持することが困難になるであろう。少なくとも公的には。中国共産党の副次的な目的には、中国企業がオーストラリアの天然資源を自由に利用できるようにすることや、資本と労働の自由な移動を保証することが含まれている。

政治戦争の定義

政治戦争の最も有用な定義は、安全保障シンクタンクであるプロジェクト 2049 研究所のマーク・ストークス(Mark Stokes)とラッセル・シャオ(Russell Hsiao)によって提供されている。「政治戦争は、自らの政治的・軍事的目的に有利な方法で、外国の政府、組織、集団および個人の感情、動機、客観的な推論および行動に影響を与えようとするものである」これは「友を鼓舞し、敵を挫く技術」と考えることもできる。

1920 年以降、中国共産党は目的を達成するために、西側が使用したことのない、または、理解も及ばない各種非軍事的手段を開発してきた。行動を変化させる非軍事的手段は、本質的に説得力があり且つ威圧的であるが、非軍事的手段、軍事的手段の境界線は曖昧である。共産党も人民解放軍も、西側が行うような(外交と政治)軍事と非軍事手段の境界線を引いていない。

心理作戦は武器であり、その標的は決して相手側の指揮官に限定されない。軍事上の重要な決定を下すのは結局の所、全て政治家である(航行の自由作戦を例に考えてもらいたい)。政治家の思考と感情は、軍事顧問、政治顧問、党の仲間、学術専門家、マスコミ、ロビイスト、実業家、同盟者、家族、一般市民など多岐にわたって影響し、影響力の大小で適切に分類されている。

2018 年 11 月に北京で行われた中国の王毅外相との記者会見で
語るオーストラリアのマリセ・ペイン(Marise Payne)外相 (左) 。ロイター

他の地域と同様、オーストラリアではこれらすべてが、人民解放軍の一般政治部門である中央軍事委員会政治工作部の渉外部によって実施される心理作戦を含む、中国の政治戦争の標的となっている。これには、自由民主主義諸国で入手可能な資源よりも幅広い資源を必要とする。

中国とは異なり、民主主義政府のもとでは、経済主体を国家の利益のために動かし、政治的目的のために経済力を武器化ことはできない。

経済力がどのように兵器化されているかを理解するには、中国共産党が開発してきた説得、干渉、および強制の大きく複雑で高度な装置を各国政府が理解する必要があるだろう。通常の戦力が外部からの圧力を加える一方、中国共産党は多数の政治的・心理的兵器を配備し、敵の抵抗力を内部から削ぎ落とす。

したがって、政府と軍は紛争に対する理解を再定義し、中国(場合によってはロシア)の今日の戦争に対する考え方と一致させる必要がある。端的に言うと、21 世紀の戦争は、相手の戦闘能力に対抗する
ことよりも、相手の戦闘意欲を弱めることに重きが置かれる。新しい技術に助けられた高度な非動力学的作戦は、敵の政治システムに影響力を及ぼす能力が増大し洗練されるにつれ、戦う能力と戦う意欲との繋がりが弱められていく。

最も重要な影響力の媒介者はエリートである。

政治戦争の標的は、何よりもまず影響力のある個人である。だからこそ、自身の著書沈黙の侵略:

  • オーストラリアにおける中国の影響力(Silent Invasion: China’s Influence in Australia)の中で、中国の主張を論ずるように、当意即妙に説得された
  • 人物を特定しようとしたのである。(しかしこれは、名誉毀損になる恐れがある)使用される方法は多様で巧妙である。全てではないが、以下のものが挙げられる。
  • 資産家を利用して政治家を買収し、彼らが中国政府の立場に倣うようにする。
  • 政治顧問や上級官僚との良好な個人的関係を構築する。
  • 親中を主張するビジネスリーダーを採用し機嫌を損ねないようにする。
  • 元政治家や軍高官を、高給の取締役や最高指導者へのアクセスを含む様々な手段で影響力を持つエージェントとして採用する。
  • 学会への招聘や研究協力によって研究者を育成する。

社交の場を通じて編集者、ジャーナリスト、メディア解説者との関係を広め、中国訪問を促す。

資産家の代理人を使ってシンクタンクを支援し、大学の経営者やビジネスや政治のエリートたちに取り入る。

エリートに対する心理学的作戦は、政治闘争、経済的説得、強制といった中国政府の最も強力な武器を補完するものである。最近では、オーストラリアからの輸入に対して現実的だが拒否できる制限を加えたことで、業界団体が政府にもっと親中になれと圧力をかけてきたのを目にした。この戦術は、台湾ではイーシャンビーヂォン(Yi Shang Bi Zheng)(経済による政治的強制)と呼ばれている。

2017 年 3 月、オーストラリア・キャンベラの国会議事堂で行われた公式歓迎式典に先立ち、中国の李克強首相の訪中を成功させるため、横断幕を掲げる親中派の支持者。ロイター

中国政府が見ているように、オーストラリアにいる華僑は中国共産党の影響力を行使する最も効果的な手段の一つだ。習近平国家主席は、統一戦線部の取り組みを強調し、資源を増強した。このため、統一戦線は、中国に好意的な人々を地域社会の正当な代表者として宣伝し、彼らに政治的関与を奨励することを強く求めている。党に反対する中国系オーストラリア人は沈黙させられ、疎外されている。

心理作戦:新たな種類の戦争

国家が戦争状態にあると思う時が戦争なのであろうか、それとも敵が敵対行為を始めたときが戦争状態なのだろうか? 過去には、大きな違いはなかった。今日、敵を抑える武器は、相手に感づかれることなく配備することができる。この思わず否定してしまいそうな戦争において、敵は敵対行為を認めることはなく、平和維持に取り組んでいる、または、中国共産党のスローガンである「調和のとれた世界秩序」と「ウィン-ウィンの協力」が望みだと、説得してくるだろう。

孫子の正典兵法の中で、戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なりとある。政治の指導者が軍事力を動員しても意味がないと確信すれば、その降伏は軍事的敗北にも等しい。要するに、強制するよりも説得するほうが好ましいということである。この点についてはよく理解できている。

斬新な点は、状況に対する人々の理解を形成するために中国が用る方法の多様性とその威力である。

マーンケン氏、バベッジ氏、吉原氏の言葉を借りれば、中国共産党は「西側諸国をはじめとする民主主義国家の意思決定をミスリードさせ、妨害し、混乱させ、その一貫性を損なわせることが可能な、さまざまな強制的手段を発展させ洗練させてきた」。

非常に効果的であるため、オーストラリアの政治家、官僚、ビジネスや学会のエリート層に属し、影響力の大きい者や意思決定を行う者は、自身の認識が中国政府によってコントロールされたこととは気づかず、中国政府のメッセージを繰り返している。

中には、オーストラリア国立大学 (ANU) の経済学者、ピーター・ドライスデール(Peter Drysdale)氏のように、中国の台頭はオーストラリアにとっていいことばかりであり、「自由民主主義と全体主義といった 2 つに1 つという認識をもつ」ことは誤りと確信する者もいれば、抵抗は無益である、あるいは、抵抗すべきものは何もないとオーストラリア人を説得しようとする者もいる(中国に取ってはさらに好都合)。(例えば、オーストラリア国立大学のヒュー・ホワイト(Hugh White)戦略研究教授は、「中国の価値観」がオーストラリアにとって良いことかもしれないと論じた。)

2018 年 6 月、中国共産党創立 97 周年を記念して、1,000 人
以上の幹部や労働者が集まり、黄河協奏曲 を合唱した。GETTY IMAGES

中国共産党の政治闘争の究極のゴールは、オーストラリア国民に中国の覇権を受け入れさせることである。政治的左派の一部は、オーストラリアにおける中国の影響力行使に独自性はないと主張する。中国共産党の政治戦争の活動を厳しい目で見ることは、アジアによる侵略論の幻想で危機感を煽ることになるとのこと。本来アジアにおける米国帝国主義こそ非難すべきなのだが。

心理作戦については、紛争中の南シナ海の主要な領域で行われているようだ。南シナ海は失われ、中国の勢力圏の一部になったとの見方が広がっている。中国による島の建設および軍事化、国際法の一部に対する非難、東南アジア諸国連合での分割統治戦術、国際水域でのオーストラリアと米国の船舶に対する攻撃的な挑発行為などを目の当たりにするなか、政府、大学、メディアの影響力のある声が、1947 年に国民党政府が地図に描かれた「九段線」のすべてを中国が併合するのを阻止するには遅すぎると判断した。

しかし、それは失われたのか、それとも地域がそれを放棄するように説得?南シナ海における中国の戦略は、本質的に軍事作戦であったのか、それとも心理作戦であったのか?

中国の南シナ海支配が既成事実であると説得されてきた人々は、中国が違法に領土を占拠したことを認めるのは居心地が悪いため、それを中国に譲歩する言い訳が必要である。理由付けとしては以下のものがある。

  • 南シナ海はそもそも歴史的に中国のものであり、中国はその地域におけるかつての支配的地位を取り戻しつつあるにすぎない (1990 年にオーストラリアの首相を務めたポール・キーティング(Paul Keating)氏は、中国共産党の公式見解をこのように述べている)。
  • 中国が南シナ海を支配している可能性はあるが、商業目的の海運を妨害する可能性はなく、オーストラリアにとっては商業目的の海運が非常に重要であるため、問題にはならない(ビジネスアナリストの間で主流の見解)。
  • 中国をなだめることがオーストラリアの経済的利益になり、オーストラリアは報復に対して脆弱である(オーストラリア外交通商省の基本姿勢)。
  • 米国は事実上撤退したし、中国と対立する国を支援しには来ない。そのため抗うことの意味はどこにある? (ANU のヒュー・ホワイト) 中国はもちろん、抵抗を弱める手段としてこの主張を広めてきたし、影響力のあるオーストラリア人の多くは、この新しい強硬な力に直面して、ある種 「 学習無力感」に屈服している。

数年前、ハドソン研究所のマイケル・ピルズベリー(Michael Pillsbury) は中国について次のように書いている「ゲームに負けているのかどうかも分からない。実際、私たちはゲームが始まったことさえ知らない」今では、少数ではあるがより多くアナリストやオブザーバーが中国共産党のゲームを理解し始め、オーストラリアがこのゲームに敗北していることを理解し始めている。オーストラリアとその同盟国および提携国が、この新しい巨大な力にどう対応するかについて考え、行動を開始する必要があることに気づいた。

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