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中国の圧力戦術を象徴する中印国境紛争

FORUMスタッフ

複数のインド報道機関によると、2020年5月上旬、ヒマラヤ地方の中印国境で再び緊張が高まった。

ザ・タイムズ・オブ・インディア紙が報じたところでは、従来から中国人民解放軍(PLA)が建設プロジェクト前に実施している戦術に従い同紛争地域で一時的な駐屯を開始したことが発端となり、3,448キロに及ぶ実効支配線(LAC)に沿って中印両軍の間で衝突が2度発生した。

1962年に中印国境紛争が発生して以来、各国の長年にわたる領有権争いにより国境線が曖昧となっているチベット周辺地域は常に「引火点」となっているが、同紙によると、殴り合いや石の投げ合いなどの乱闘の末に負傷者が発生したことで、両軍共に同地域の部隊を増員する事態に陥っている。(写真:インドと中国を隔てる実際支配線近辺に所在するアルナーチャル・プラデーシュ州西端のタワング(达旺地区)の一地域)

軍指導者等は小競り合いを直ちに鎮圧したが、一部のアナリストは今回の緊張の高まりはより広範な問題に起因している可能性があると主張している。この要因として、台湾統一問題において中国がインドに中国共産党(CCP)と歩調を合わせることを強く要請している事実、または予定されている国際社会のコロナウイルス対応に関する調査、あるいは中国経済悪化から注意を逸らしたい中国の思惑が考えられる。

インド当局によると、2019年には中国からの違法越境が2018年比50%増となる490件近くに上ったと、ブルームバーグニュースが伝えている。オンライン雑誌のザ・ディプロマットが報じたところでは、中国側はインドからの違法越境に関するデータを公表していない。

 インドのニュースウェブサイト「ファーストポスト(Firstpost)」に掲載された記事で、インドのスリーモイ・タルクダル(Sreemoy Talukdar)アナリストは、2020年5月22日の年次総会で世界保健機関が発表した執行理事国の中にインドが含まれていたことが今回の緊張高まりに繋がったとの見解を示している。

5月14日に掲載された同記事には、「国境における突然の中国との衝突は、インドが世界保健機関で大きな役割を果たす執行理事国に指名された時期と一致している」と記されており、同アナリストは今回の中国の行動をインドのナレンドラ・モディ(Narendra Modi)政権への「挑戦」と表現している。

また、「パンデミック調査が実施されることになり、台湾への支持も高まっていることから、インドが中国に対して影響力を行使する機会が与えられたこの時期に、衝突が発生したのは単なる偶然ではない。中国政府は中国がインドの安保状況を複雑化させ、国境の安定維持費を高騰させられる立場にあることを強調し、インド政府がその影響力を過信しないようにすでにいくつかの根回しを開始している」とも記されている。

アナリスト等の主張によると、インドはこの圧力に抵抗するべきである。ニューデリーに所在するジャワハルラール・ネルー大学(JNU)国際問題研究院(SIS)のラジェッシュ・ラジャゴパラン(Rajesh Rajagopalan)教授がオンライン新聞のザ・プリント(The Print)で発表した記事には、「インドにとってその提携国を支持することも重要ではあるが、中国が世界保健機関に対して不相応な影響を及ぼさないようにすることがインド政府の関心事である。これがインドの利益にも影響を与えるためである」と記されている。

中国の攻撃的な態度はインドに対してだけではない。ここ数ヵ月にわたり、南シナ海や東シナ海などの海域において中国による挑発的な行動が発生する頻度が高まっており、他国の漁業者や船舶への嫌がらせ行為および中国人民解放軍による接近飛行、軍艦の航行、軍事演習の回数が増加しているだけでなく、同国は香港や台湾での民主化運動の抑制にも力を入れている。

タルクダル・アナリスト著のファーストポストの記事には、「中国政府内の権力均衡の崩れ」が「前年同期比6.8%減と報告されている2020年第1四半期の中国のGDP[国内総生産]低下と直接的に関連している」と記されている。

また、「中国経済の低迷に伴い、権威主義体制を取る中国共産党の政治的正当性が衰退し、これが党内の亀裂を広げることになる。一見無害に見える事件と繋ぎ合わせて考えることで、目から鱗が落ちるように、不動と思われた[中国共産党中央委員会総書記を兼任する]習近平主席の権威と中国の政治的安定が脅かされている状況が見えるようになる」とも記されている。

ビジネスインサイダーのウェブサイトによると、中国側は国境での暴力沙汰と緊張の高まりをインドのせいにするという手段に出た。中国と関係のある某アナリストは中国共産党機関紙である人民日報傘下の「環球時報」の英語版「グローバル・タイムズ」に対して、「新型コロナウイルス感染症パンデミックにより自国経済に影響が発生しているため、インドは単に国内の注意と圧力を外に逸らすことを求めているだけである」と語っている。

インドのビジャイ・ゴーカレ(Vijay Gokhale)元外務次官は、党内で習主席への支持が低下している可能性を示す兆候があると明言している。

2020年5月7日、オブザーバー研究財団(ORF)のウェブサイトに掲載されたゴーカレ元外務次官著の記事には、「おそらく習主席は水面下で『権威喪失の危機』という別の緊急事態に備えているのかもしれない。最近開催された会議に関する報道では大々的には取り上げられなかったが、同首相は「安定性は大局である」という言葉を使っている。同政権は脅威を感知したときにこの言葉を使用する傾向がある」と記されている。

ワシントンDCに所在するヘリテージ財団のジェフ・M・スミス(Jeff M. Smith)研究員は、2020年5月15日にザ・ディプロマットに掲載された記事の中で、近年の国境における中国の攻撃的な行動により、インドが米国との交流を深めることになった。

ブータンと中国が領有権を主張するドクラム高地で中国が道路建設を開始したことに端を発する2017年の睨み合いにより国境の状況が悪化した際も、米国はインドに情報を提供している。2018年に米印間で締結された通信互換性保護協定(COMCASA)により、インドと米国の軍事情報や資産の交換が推進されることとなった。

米国はまた、インド軍による米国製の攻撃ヘリコプター、偵察機、大型輸送機、大砲の購入を支援している。スミス研究員著の記事には、「ドクラム危機のような長期的な国境での睨み合いや不慮の衝突が発生した場合は、インドは再び米国に外交支援と情報支援を求め、それに応じてインド太平洋戦略を調整すると考えられる」と記されている。

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