特集

インド太平洋 における オーストラリアの役割

地域全域の繁栄を促す基盤の構築

ジェーン・M・ハーディ大使/在ホノルル・オーストラリア総領事館

2016 年国防白書と並行してオーストラリア政府が発表した 2017 年外交政策白書により、同国の将来的な見通しが明らかとなった。2017 年の白書では、強力な国内、外交、防衛、国家能力、および安定かつ繁栄した世界の実現を目的とした海外への支援の提供といった「成功のための基盤」の構築が強調されており、

「すべての国の権利が尊重され、開放的かつ包括的で繁栄したインド太平洋地域を推進する」機会の枠組が示されている。  

同白書は今後も米国との同盟関係がオーストラリアの将来的な基盤となることを再確認するものである。さらに、同地域への米国の強力な関与がなければ、権力が移行する可能性があり、そうなればオーストラリアが求める安全性と安定性の水準を達成することがより困難になると、同白書には記されている。  

同地域にとって米インド太平洋軍 (USINDOPACOM)は、2018 年 11 月にマイク・ペンス(Mike Pence)米副大統領が述べた内容を強力に象徴するものである。「米国のメッセージはシンプルである。インド太平洋に対する米国のコミットメントは不動かつ永続的である」

同地域はシンプルや安全という表現からは程遠い状況にある。急速な変化および地経学的な重みと力の変化がその特徴である。一部のデータによると、現在、中国の生産量は米国を追い越し、インドは世界で最も急成長している主要経済国となった。インドネシアは 2030 年までに世界トップ 5 に入る経済大国になるという目標を掲げている。中国、日本、インドといった多くの国々がますます強力な軍事力を構築している。こうした諸国は自国の経済力と合うように世界的な体系に関与しようとしている。海上・陸上境界や海域・空域、また地域の経済統合を巡って競争が激化している。第二次世界大戦後に構築された国際秩序が失われつつあるのである。

マレーシアの陸軍戦闘訓練センターで実施された「エクササイズ・ボス・
リフト 2019(Exercise Boss Lift 2019)」で、オーストラリア企業・組織の幹部等にジャングルでのサバイバルスキルを紹介するオーストラリア人兵士カイル・ジェナー(KYLE GENNER)伍長/オーストラリア国防省

永続的な基本的価値観

こうした変化の中にあっても、オーストラリアの価値感は不動である。同国は世界で最も古くから存在する民主主義国家の1つであり、多文化社会として最も成功を収めている。こうした価値感とこれを支持する制度に対する同国のコミットメントにより自信と信頼が育まれる。

オーストラリアは明確かつ公正な規則に基づき、すべての国に多くの機会が与えられるような強制のないインド太平洋地域を形成することを目指している。こうした価値感に基づき、同国は地域の提携国と実用的かつ長期的な活動を強化している。

以下に概説する新しいオーストラリアのイニシアチブは、同国が近隣地域で実施してきた数十年にわたる取り組みに基づくものである。本章には、哨戒艇やインフラから戦略的対話、スポーツ、教育、サイバーに至るまで、複数の分野に関する内容が含まれている。二国間、多国間、政府、非政府、共通の利益を持つ地域社会など、多くのチャネルを通じた提携が関与している。

2018 年 11 月、地理的にオーストラリアに最も近いパプアニューギニア(PNG)に世界的な注目が集まった。加盟国 21 ヵ国によるアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議がポートモレスビーで開催されたのである。アジア太平洋経済協力の設立は、1989 年のオーストラリア首相の発案および韓国とシンガポールによる賛同が誘因となった。設立以来2倍の規模に成長したアジア太平洋経済協力フォーラムの参加国・地域は、世界の国内総生産の半分以上を占める量を生産している。  

30 年以上にわたりオーストラリアは、ASEAN (東南アジア諸国連合)加盟国や提携諸国と共に、東アジアサミット、ASEAN 地域フォーラム、ASEAN 国防相会議(ADMM プラス)、また環太平洋やインドを含めた他の主要貿易協定など、主要な地域的体系を構築してきた。こうした体系は地域固有の歴史、地理、多様性を反映するものである。また、同国がインド太平洋地域で開発している無数の新しい
イニシアチブも同様である。

インド太平洋全域のエンゲージメント

長期にわたりインドの経済力の高まりを認識していたオーストラリア政府は、最近、二国間の経済的関与を変革するための青写真を発表し、インドと定期的に豪印外務・防衛閣僚協議(2+2)や海上対話、および他の安保関連協議を開催している。  

オーストラリアは地域外交の重要部分となりつつあるインド、米国、日本とも対話を確立している。2019 年、オーストラリアの主要海事活動 「IPE19(Indo-Pacific Endeavour 2019)」はインド洋に焦点を当てている。IPE は地域的体系の支援といったオーストラリアの防衛優先事項を促進し、地域提携国との海上安保協力体制強化に向けた取り組みを推進することを目的とした共同軍事活動である。

朝鮮戦争に参戦し、戦後の状況改善にも関与したことから、オーストラリアは韓国と緊密な経済的・戦略的提携関係を確立している。北朝鮮の核兵器や発射装置の開発によりもたらされる脅威を管理する取り組みにおいて、オーストラリアは韓国に外交的かつ実質的な貢献を続けている。北東アジアの安定と安保を確立することが、依然としてオーストラリアのインド太平洋戦略における重要目標となっている。

日本とオーストラリアは特別な戦略的提携を結び、その他にも複数の二国間、三国間(日米豪)、多国間イニシアチブを確立している。

中国の動きがインド太平洋地域の安定と繁栄の重要な決定要因となり、同地域における将来的な戦略的輪郭を形成することは極めて明らかである。豪中関係はオーストラリアにとって最も重要な要素の 1 つである。  

いくつかの問題が明確に浮上しているとは言え、オーストラリアは機会と課題を明敏に捉えようとしている。法治に基づく秩序を維持し、地域の安定性に貢献するイニシアチブにより、中国と協力することをオーストラリアは目指している。  

オーストラリアは中国と肯定的な防衛関係を結び、相互理解と透明性を促進し、信頼性を構築することに高い関心を抱いている。そのため、他の提携国と共に中国はオーストラリアの二国間・多国間軍事演習に参加しているのである。

西オーストラリア州ヘンダーソンに所在するオースタルの造船所で開催されたパプアニューギニア国防軍へのガーディアン級哨戒艇の引渡式典に出席するパプアニューギニア国防軍司令官、ギルバート・トロポ(Gilbert Toropo)少将とオーストラリア国防軍司令官のアンガス・キャンベル(Angus Campbell)大将クリストファー・シュムランスキー(CHRISTOPHER SZUMLANSKI)水兵/オーストラリア海軍

東南アジア全域との関係

1940 年代、オーストラリアは東南アジア全域に在外公館を設置した。現在、マレーシア、フィリピン、シンガポール、ベトナムとの関係を支える正式な戦略的提携が確立されている。ビルマ、カンボジア、ラオス、タイ、東ティモールとも対話の機会を設けている。 

最近、オーストラリアとインドネシアの二国間関係が、非同盟関係では最高レベルとされる包括的戦略提携に発展した。オーストラリアとインドネシアは緊密に協力しながら、テロと暴力的過激主義に対抗している。両国の安保協力体制は法執行機関、情報機関、そして法律と司法にまで及んでいる。 

2017 年にイスラム国(ISIS)系の過激派組織がフィリピンのマラウィ市を占拠した「マラウィの戦い」では、オーストラリア国防軍(ADF)は AP-3C オライオン海上哨戒機を派遣し、フィリピン軍(AFP)のマラウイ奪回作戦を支援した。戦闘終結後も、オーストラリア国防軍 JTF 629(Joint Task Group 629)がフィリピン軍と共にテロ対策協力プログラムに着手している。今日までに、7,000 人を超えるフィリピン軍隊員に関与し、中東から教訓を得た複雑なテロリスト戦術に関するオーストラリア国防軍の経験とアプローチを共有してきた。

オーストラリアは 8 億 2,500 万円相当(1,200 万豪ドル/約 825 万米ドル)をかけたプログラム「APP(Australian Partnerships for Peace)」を非政府の国際組織や地元組織に実装することで、フィリピンの復興と長期的な平和構築の取り組みを支援してきた。

オーストラリアは大部分の東南アジア友好国およびフィジー、インド、パキスタン、パプアニューギニアを含む他のインド太平洋提携諸国とテロ対策に関する了解覚書を締結している。

オーストラリアは ASEAN と長年にわたり域外対話を図ってきたことを誇りに感じている。2018 年に開催された ASEAN・オーストラリア特別サミットでは、オーストラリアと ASEAN が民間による海上・国境保護、海洋状況把握活動、海洋法とその適用、および地域の漁業資源の保護を強化するための一連のイニシアチブを実施する計画が発表された。

2018 年 11 月、オーストラリアは地域における次の成長段階を促進するための東南アジア経済ガバナンス&インフライニシアチブ(Southeast Asia Economic Governance and Infrastructure Initiative)を発表した。オーストラリアの大メコン圏水資源プログラム(Greater Mekong Water Resources Program)により、より公平かつ効果的な水資源管理が可能となる。オーストラリアはまた、ASEAN 加盟 10 ヵ国すべての若年層を対象としたプログラムにより、創造的および教育的な繋がりを深化する構えである。

太平洋イニシアチブ

オーストラリアは最近、同国の関与の度合いをさらに引き上げるため、南西太平洋地域における一式のイニシアチブを発表した。南西太平洋はオーストラリアの外交政策と戦略的展望の前線であり、中心である。すでに太平洋地域の取り組みにおいて極めて重要な役割を果たしているオーストラリア国防軍は、今後数年間で一層大きな責任を担うことになる。 

オーストラリアの太平洋海事安全計画(PMSP)に基づき、同軍はより高性能な哨戒艇と空中査察機能を駆使することで、情報共有を強化して、麻薬密売、密輸、違法漁業を追跡する構えである。太平洋海事安全計画では向こう 30 年間で 1,300 億円相当 (20 億豪ドル/約 13 億米ドル)を支出することを約束している。これには、太平洋島嶼国へ 19 隻、東ティモールへ 2 隻、合計 21 隻のガーディアン級哨戒艇の提供が含まれる。

オーストラリアはソロモン諸島と二国間安全保障条約、ツバルとナウルとは安保に関する了解覚書を締結している。最近、オーストラリアとバヌアツは安保に関する強力体制を強化すると発表した。これには、オーストラリアがバヌアツ警察の新人警察官に訓練を提供する計画および二国間安全保障条約について交渉する計画などが含まれる。

オーストラリアはフィジーとも提携し、ブラックロックキャンプ(Blackrock Peacekeeping Humanitarian Assistance and Disaster Relief Camp)を開発して、警察と平和維持訓練の地域拠点にするプログラムを進めている。

オーストラリアとパプアニューギニアは、マヌス島にあるロンブラム海軍基地に関する主要な共同イニシアチブを発表している。アジア太平洋経済協力首脳会議において、マイク・ペンス米副大統領は
米国もこの取り組みに協力すると発表している。ロンブラム海軍基地の開発により、両国の相互運用性がさらに強化され、海上安保協力体制が深化するだけでなく、オーストラリアの太平洋海事安全計画も補完される。

アジア太平洋経済協力会議の準備に乗じて発生した勢いに乗り、オーストラリアとパプアニューギニアの警察が協力して、パプアニューギニアの地域社会における警察の業績改善に取り組む運びとなった。

オーストラリアは永続的な輪番制の ADF 太平洋機動訓練部隊を設立する予定である。オーストラリアに拠点を置くことになる同部隊は、太平洋を渡って招待を受けた国に赴き、他国部隊と関与して訓練を提供する。

オーストラリア海軍は太平洋での展開を拡大し、新しいガーディアン級哨戒艇に関する演習を含め、近隣諸国と共に海上訓練・演習を実施することになる。

提携の強化

こうしたイニシアチブを通じてオーストラリア国防軍は提携諸国と緊密に連携し、工学、医療サービス、通信、監視、物流、海上支援、計画の相互運用性を構築していく予定である。 

オーストラリアは新たにクック諸島、仏領ポリネシア、マーシャル諸島、ニウエ、パラオの5ヵ国に完全な在外公館を設置することを計画している。これが実現すれば、オーストラリアは太平洋諸島フォー
ラム(PIF)を構成する 18 の島国と地域すべてに外交官を常駐させる世界初の国となる。

オーストラリアは南西太平洋固有のインフラ課題に対処することで、同域諸国の経済発展支援を深化している。

太平洋諸島地域のためのオーストラリア・インフラ融資ファシリティ(AIFFP)により、同国は電気通信、エネルギー、輸送、水などの分野のプロジェクトにおいて 1,300 億円相当(20 億豪ドル/約 13 億米ドル)の助成金と融資を動員する予定である。これに加えて、豪輸出信用機関(EFIC)に 650 億円相当(10 億豪ドル/約 6 億 5,000 万米ドル)の請求払資本、および投資をより柔軟に支援できる権限を提供することを提案している。

オーストラリアと太平洋隣国との個人的な繋がりは、根深い共通のこだわりにまで及んでいる。南太平洋地域を訪れる人々は皆、同地域のスポーツへの情熱を目の当たりにすることであろう。新しいオーストラリア・太平洋のスポーツプログラムにより、スポーツを通した協力が拡大し、人的交流が深まる。

新たな教会の提携プログラムにより、太平洋地域の教会とオーストラリアの教会の間の繋がりが強化される。

経済的展望の改善という観点から高品質な教育の重要性を理解しているオーストラリアは、新しい中等教育奨学金制度に資金供与して、太平洋地域の学生がオーストラリアの学校に入学できる機会を促進する。

また、人材流動と経済的機会を推進するため、太平洋地域の労働力構想と季節労働者プログラムを強化している。  

2018 年 9 月、太平洋諸島フォーラムは地域安保に関する「ボイ宣言」に合意したが、これを支持するオーストラリアはサモアの太平洋越境犯罪調整センター(PTCCC/Pacific Transnational Crime Coordination Centre)やソロモン諸島の太平洋諸島フォーラム漁業機関・地域漁業監視センター(FFA-RFSC/Forum Fisheries Agency Regional Fisheries Surveillance Centre)などの既存の地域安保構造を補完する情報技術共有センター(Pacific Fusion Centre)の新設を発表した。

また、南西太平洋地域の幹部等の能力とネットワークを強化するため、オーストラリア太平洋安全保障大学(APSC)の開設に取り組んでいる。

協力体制の促進

オーストラリアとニュージーランドは、地域の提携諸国と協力してサイバー回復力を強化する予定である。地域全域にわたるパプアニューギニアとのサイバー協力提携「サイバー協力プログラム(Cyber Cooperation Program)」や他のプロジェクトを通じて、オーストラリアは 2022 年までに 26 億 3,700 万円相当(3,840 万豪ドル/約 2,637 万米ドル)を投資することを計画している。これにより、サイバー犯罪の防止、訴追、協力体制だけでなく、サイバーインシデントレスポンス能力が強化される。 

ボイ宣言では、太平洋諸島フォーラム加盟国・地域における最大の安保上の課題として気候変動が強調されている。同地域の気候変動と防災対策支援において不動の提携国であるオーストラリアは、205 億 9,800万円相当(3 億豪ドル/約 2 億 598 万米ドル)の 4 年間地域支援策を含め、5 年間にわたり発展途上国の気候変動対策に少なくとも 650 億円相当(10 億豪ドル/約 6億 5,000 万米ドル)を支出することを約束している。

オーストラリアはインド太平洋地域に利害関係のあるすべての国に協力を求めている。オーストラリアの課題は、努力を重ねることで、安全で安定性があり、開かれて繁栄した地域を確実に実現することである。これがオーストラリアの価値観である。

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